【阪急を支えた左腕・梶本隆夫6】(後編)

 手のひらは22センチと人並み外れた大きさ。投手として大きな武器だ。身長は186センチ。恵まれた体だった。

 ただ、日常生活では不自由なことが少なくなかった。中でも困ったのは遠征に行くときの寝台列車。大きな体のため、あちこちで頭をぶつけた。

 デビューしたこの年、梶本は高卒ルーキーながら55試合に登板、20勝12敗、防御率2・73の好成績を残した。

 この成績なら新人王に輝くことになるだろう。関係者の誰しもがそう思った。

 ところが、強力なライバルがいた。南海ホークスの宅和本司である。梶本を上回る26勝をマークしていた。結局、タイトルは宅和に輝くことになる。

 梶本は「ああ、だめだったか」とつぶやいただけだった。20勝以上して新人王になれなかったのは梶本ただ一人だ。

 巡り合わせの悪さ、運の悪さ。プロ生活で一度しかない、このタイトルを逃した梶本は静かに語った。

 「彼(宅和)の方がたくさん勝っているのですから仕方ないですね」

 実にあっさりとしたコメントだった。(敬称略)