【阪急を支えた左腕・梶本隆夫7】(後編)

 左腕投手といえば、その頃、泣く子も黙るといわれた金田正一がいた。

 「同じ左ということで、金田さんのフォームを研究しました。ゆっくりとしたタイミングから速い球を投げる、あの間の取り方。それを盗もうと思ったのですが、とても真似できなかったですね」

 力投型速球派の投手は小柄の打者に弱い傾向がある。金田が阪神の小兵・吉田義男によく打ち込まれたのは、まさにその典型。

 梶本も同じだった。西鉄ライオンズの中西太、豊田泰光らには強かったが、小柄な高倉照幸にはよく打たれて苦手とした。

 10年目にパームボールを覚えたのはそんな苦手意識を一掃するためだった。

 パームボールは、ストレートと同じ腕の速い振りで投げるのだが、ボールは緩く、打者のタイミングを外す、チェンジアップの一種。

 親指と小指ではさみ投げる攻撃的なボールである。

 それまではストレートとカーブの2種類のボールだけで勝負してきた。この新球の完全マスターには1シーズンかかったというから大変な作業である。

 そんな根気があったからこそ20年もの期間、マウンドを死守できたのだろう。(敬称略)