【阪急を支えた左腕・梶本隆夫9】(前編)

 数々の記録を樹立した。なかでも秀逸なのは昭和32(1957)年7月23日の、あの記録だろう。そう、9連続奪三振だ。

 晴れの舞台は本拠地・西宮球場での対南海戦だった。梶本隆夫はブルペンでのウオーミングアップで「今日は、あまり調子よくないなあ」と感じていた。

 案の定、一、二回とも三振の取れない滑り出し。「いつもの立ち上がりじゃないな」とベンチは首をかしげた。

 ところが三回、投手の皆川睦雄を3球三振に仕留めると風向きが変わった。続く蔭山和夫も空振り三振。これでリズムが戻ってきた。

 四回は森下正夫、田中一朗、野村克也を3者連続三振。五回には岡本伊三美、大沢昌芳(のち啓二)、穴吹義雄を三振に切り取り、この時点で連続8奪三振。当時、金田正一らが持つ7連続を超えて日本記録を樹立した。

 南海ベンチは静まり返った。不名誉な記録を作らないように鶴岡一人監督に「バントしていいですか」と言い出す選手もいた。

 それに対して同監督は「プロ野球は見てもらってなんぼのもの。姑息なことをせず、正々堂々とやれ」とピシャリ。さすが名親分である。

 梶本は六回の先頭打者寺田陽介も三振に切り取って、ついに9連続奪三振を記録した。