【阪急を支えた左腕・梶本隆夫10】(後編)

 梶本の好きな言葉は「努力」だ。色紙にサインを求められると、必ずこの文字を添えた。生前、この好きな言葉について、こう語っていた。

 「努力って誰でも口にする言葉ですが、僕がこの文字をサイン色紙に書き始めたのは現役引退後です。ユニホームを着ていた時、自分の努力が足りなかった、とつくづく思ったからです」

 自らに厳しい姿勢がそこにあった。

 一方、豪快で気さくな人柄は誰からも愛された。当時、阪急の春のキャンプ地は四国の高知市。

 休日でチームメートと競輪場に遊びにいったところ、大勝ち。ポケットに入れたたくさんの札束で突き指したという。

 また、これもキャンプ地でのエピソード。梶本は朝起きてみたら選手宿舎と様子が違うことに気がついた。周りを見ると顔なじみの新聞記者が寝ている。そこは、報道陣用の宿舎だった。

 おそらく、報道陣と親睦を深めているうちに、そんな結果になったのだろう。

 梶本をめぐる豪快な、それでいて微笑ましいエピソードは枚挙にいとまない。

 「豪放な行動を取る一方、ナインへの気遣いは中途半端ではなかった」と、チームメートは口をそろえた。ナインから“兄貴”と慕われた理由もそこにあった。(敬称略)