北朝鮮海軍の警備艇が8月、金正恩党委員長が直轄する外貨稼ぎ機関、朝鮮労働党39号室が密貿易に使っていた船を、そうと知らずに「撃沈」してしまったと、脱北者で韓国紙・東亜日報記者のチュ・ソンハ氏が自身のブログとユーチューブ・チャンネルで伝えている。

船は中国から来た貿易船で、北朝鮮が密輸出した干しイカを積んでいたとのことだ。大雨や台風による度重なる被害からの復旧事業のため、そして10月10日の党創建75周年を盛大に祝うため、金正恩氏は外貨がいくらあっても足りない状況だろう。

知らなかったとは言え、そんな重要な船を撃沈してしまったとは、警備艇に乗っていた軍人たちはどうなってしまったのか。チュ氏は言及していないが、非常に気になるところだ。

核・弾道ミサイル開発に対する長期にわたる経済制裁に加え、新型コロナウイルスの流入を防ぐための貿易停止が、北朝鮮経済に大きな打撃を与えている。外貨事情もひっ迫していると思われる。

共同通信の5月11日付の報道によれば、タイの北朝鮮レストランの常連客だった日本人らが昨年春、女性従業員に紹介された「北朝鮮外務省のディレクター」を名乗る男性から北朝鮮産アサリを中国産と偽装し密輸しないかと持ち掛けられていたという。

海産物は北朝鮮の主要な輸出品のひとつだが、2017年の国連安全保障理事会の制裁決議で北朝鮮産の海産物輸出が禁じられている。

また、例年ならイカの漁期となる6月以降、日本海の好漁場・大和堆周辺では大量の北朝鮮漁船が違法操業し、問題となってきた。ところが今年は7月末までに海上保安庁による退去警告はゼロで。水産庁の漁業取締船による警告も1隻のみだった。国内に新型コロナウイルスが流入するリスクを極限まで減らすため、外部との接触可能性を最大限、回避しているためと思われる。

しかしチュ氏によれば、そのよう中でも39号室はイカ漁を続け、中国への密漁により金正恩氏の金庫に直接納める外貨稼ぎを続けていたわけだ。

それがなぜ、軍の警備艇に沈められてしまったのか。干しイカなど海産物の輸出は従来、主として海岸を持たない中国の吉林省や黒竜江省に、陸路で運ばれていた。だがこのルートは、米国などの厳しい監視下にあり、密輸が発覚するリスクが高い。そこで39号室は、東海岸で水揚げされたイカを西海岸沿いにある黄海北道(ファンヘブクト)の松林(ソンリム)市に運び、中国の船舶会社の船を呼び寄せて大連に運ばせていたという。チュ氏によれば、この船舶会社の実質オーナーは中国政府の大物だということだ。

こうして行き来していた数隻の船が、干しイカを満載して南浦(ナムポ)沖の椒島(チョド)あたりを通過中に、北朝鮮海軍西海艦隊第9戦隊に所属する警備艇に停止させられた。軍人らは当然の任務として許可証の提示を求めたわけだが、中国船側は「誰の荷を運んでいると思っているのか」とでも応じたのか、口論から乱闘に発展。警備艇に体当たりされた1隻が沈没したという。

人命被害はなかったものの中国側は激怒し、金正恩氏の外貨稼ぎにも支障が出たという。

海軍が干しイカ密輸を知らなかったのは、39号室がそれほど極秘裏に動いていたからだろう。だが、堂々と貿易ができる環境さえあれば、こんな損失は生じずに済んだ。北朝鮮は敵に内情を探られないよう、徹底的な秘密主義を取っているが、それは決して合理的とばかりは言えないものなのだ。