米国務省は3日、ボイス・オブ・アメリカ(VOA)の取材に対して、対北朝鮮外交で人権問題を重視する方針を明らかにした。

同省報道官室は「バイデン政権は北朝鮮の深刻な人権実態に関する記録を検討していて、閉鎖された国家の中で人権尊重を促進する案を慎重に検討するだろう」と言明。続いて「北朝鮮の政治犯収容所と労働教化所の(人民監視)ネットワークについて深く憂慮している」と述べている。

バイデン政権が本当にこのとおり行動するなら、金正恩総書記にとってはきわめて厄介なことだ。正式には「管理所」と呼ばれる政治犯収容所では、あらゆる人権侵害が横行している。公開処刑も日常茶飯事だ。その実態はあまりにひどく、改善や閉鎖が果たして可能なのかと思ってしまうほどだ。

脱北者で東亜日報記者のチュ・ソンハ氏は最近、自身のブログで咸鏡北道(ハムギョンブクト)の穏城(オンソン)郡にある第12号管理所で1987年5月に起きた囚人暴動について伝えている。

暴動は、管理所の敷地内にある炭鉱で起きた。ある日、看守である保衛員の激しい殴打に耐えかねた囚人が反撃し、相手を殴り倒した。囚人はその場で射殺されたのだが、激怒した仲間たちが保衛員らを襲って殺害。「ここまでやってしまったら、どうせ生きてはいられない。殺されるなら報復してから死のう」と、保衛員の居住区を襲ったという。

だが、そのように立ち上がったところで、管理所当局に力でねじ伏せられるのも時間の問題だった。ある者たちは射殺され、ある者たちは逃げ出した。保衛員たちは「人間狩り」でもするように彼らを追いかけ、殺し続けた。その様子は凄惨極まりないものだったという。

チュ・ソンハ氏によれば、この事件の犠牲者は700人に上り、囚人はそのうち500人を占めるという。

言うまでもなく、管理所は北朝鮮でも監視と抑圧が最も激しいところだ。権力への反抗は即、死を意味する。そんな環境下で囚人たちの怒りを爆発させるとは、日ごろの虐待がいかにひどいかを物語っている。

北朝鮮国内にはこの種のエピソードが、今も語られないまま数多く隠れている。外部との交流が進めば、それらも自ずと漏れ伝わる。そんな状況を背中に感じつつ、米国や諸外国との外交に取り組むというのも、簡単なことではないような気がする。