韓国統一省の趙明均長官(当時)は2018年11月、北朝鮮で使われている携帯電話の台数は600万台程度だと、国会答弁で明らかにしている。これ以降、新たに明らかにされた数字はなく、現在はどれほど増えているかわからないが、チャンマダン(市場)世代と呼ばれる若者の間で、スマートフォンは必須のものとなっている。

途上国では、月収の何ヶ月分に相当する金額を投じてでもスマートフォンを買う傾向があるが、北朝鮮も同様のようだ。

このように、北朝鮮においても、最新のデジタルデバイスの普及が進んでいるが、デバイスと音楽の消費のあり方の変化に注目した論文が発表された。韓国の北韓研究学会報の最新号に掲載された、東国大学北韓学研究所のハ・スンヒ教授の「金正恩時代の北朝鮮の新世代の音楽聴取」だ。

論文は、2010年代に脱北した20〜30代の脱北者5人を対象にしたに行ったインタビューをベースにしている。

咸鏡南道(ハムギョンナムド)出身で、2019年に脱北した20代女性のBさんは、カセットテープは2000年ごろ、ビデオテープは2003年ごろまで使われていたとし、平壌出身で、2013年に脱北した20代男性のAさんは、テープの類はすでに使われておらず、MP3プレイヤーやUSBメモリ、外付けハードドライブを使うようになったと証言。

一方で、平壌出身で、2015年に脱北した30代女性のCさんは、MP3プレイヤーはすでにあまり使われなくなっており、「Dカード」と呼ばれるSDカードをガラケーやスマートフォンに挿入して音楽を聞いていたと述べた。

北朝鮮で韓流コンテンツの視聴は違法で、取り締まりが行われているが、保衛部(秘密警察)はターゲットの家の電気を遮断し、プレイヤーからCDやDVDを取り出せないように「証拠保全」を行った上で、踏み込む手法を用いる。

これについてAさんは、停電になっても、プレイヤーの特定箇所をつっつけばCDやDVDを取り出せる針が市中に出回るようになったとしつつも、すぐに隠せて摘発されるリスクが低く、CDやDVDのように、流通過程で傷ついても音質が落ちることのない、USBメモリを多く使用したと証言している。

北朝鮮の若者、特に男性はデジタルデバイスを駆使する能力に長けているとするBさんは、取り締まりを恐れて再生履歴やファイルを削除しても、それを復元するプログラムを購入して使用すると述べた。

それに合わせて当局の取り締まりも巧妙化し、ユーザーからスマートフォンを取り上げて、SDカードスロットを封印した上で返却したり、基地局に識別する信号を設置して、封印済みの電波を受信すれば青、未封印のものは赤の信号が灯り、取り締まりをしやすくするなどの作業を行ったとCさんは証言した。ただ、スマートフォンの場合はこのような方式は使えず、そもそも最初からSDカードを認識できないようにしてあるとのことだ。

さらに、両江道(リャンガンド)出身で、2018年に脱北した30代男性のDさんは、北朝鮮製のスマートフォンには、映画や音楽のファイルが保存されているSDカードを挿入すると、自動的に初期化してしまう機能が搭載されているが、ハッカーやデバイスに強い若者が、それを無効化するソフトを製作、販売していると証言した。

また、海軍に勤務していたDは、周囲の兵士の多くが同様のソフトを使用していて、韓流コンテンツに接しているとも述べた。

これに関連して、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の軍関連の情報筋の話として、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)総政治局が今年2月、幹部を除いて所有が禁止されている携帯電話が、兵士の間に広がっているとして、3月末までにすべて回収せよとの指示を出したと伝えている。

軍に入った息子の声が聞きたい親が買い与えたもので、軍幹部も見て見ぬ振りをしているとのことだ。また、平安北道(ピョンアンブクト)の軍関連の情報筋は、軍内部でワイロを使ってSIMカードのやり取りが行われており、摘発、回収されても、ワイロを渡して取り戻すケースが多かったと述べている。

平壌出身で、2018年に脱北した30代男性のEさんは、2005年ごろからヘッドホンが登場し、公式に携帯電話の販売が始まった2009年からは、イヤホンとセットで販売されるようになったと証言している。

スマートフォンとヘッドホンを使って、音楽を聞き歌を歌う北朝鮮女性。(動画:北朝鮮対外宣伝YoutubeチャンネルNew DPRK)

ただ、他の国とは異なり、路上で使用していると、取り締まりのリスクがあるため、自宅で、韓流や中国製のドラマ、音楽などを視聴する際に使用すると、いずれの人も証言している。一方で、見栄っ張りで新しもの好きの20代男性は、Bluetoothイヤホンを見せびらかすように使用しているとのことだ。

論文は、公共のスピーカーや国営のテレビ、ラジオから流され、皆が共に聞くものだった音楽が、デバイスの発達に伴い、個人が密かに聞く音楽と分化したと指摘している。

また、集団主義が当たり前の北朝鮮で、若者たちは、様々なデバイスを時代に合わせて変化させつつ使用、音楽消費にとどまらず、社会生活全般において、個人の領域を広げていく様相を呈しているともしている。その一方で、新しいメディアの使用は男性主導で行われるなど、この分野においても、ジェンダーギャップが存在するとも指摘している。