かつて、北朝鮮は中国人観光客で溢れかえっていた。陸続きで手軽に行けて、昔の自国の姿を彷彿とさせる光景が楽しめるとあって、北朝鮮を訪れる人が急増。韓国貿易投資振興公社(KOTRA)は報告書で、中国国家旅游局の資料として、2018年に北朝鮮を訪れた中国人は120万人で、前年比で5割増だったと明らかにした。

国連制裁に抵触せずして、多額の外貨が転がり込んでくる観光業に目をつけた北朝鮮は、主に中国人客の誘致に力を入れたのだが、その狙いが大成功。一時は、キャパシティを超えてしまい、受け入れを制限するほどだった。ちなみにKOTRAの試算によると、2018年の北朝鮮の観光収入は、GDPの1%近い400億ドル(当時のレートで約4兆3200億円)に達した。

北朝鮮は、様々なレジャー施設の建設にも力を入れた。金正恩総書記は深夜にマイカーを運転し、建設現場を視察する熱の入れようだった。

2013年末にオープンした馬息嶺(マシンリョン)スキー場がその代表例だが、2020年1月10日には、平壌の東にスパリゾートの陽徳(ヤンドク)温泉文化休養地がオープン。しかしその直後、状況が一変した。

中国での新型コロナウイルスの感染拡大を受け、国境を封鎖。同月22日から外国人観光客の受け入れを停止し、自国民の帰国すら許さないこととなった。

閑古鳥の鳴く各地のリゾート施設だが、当局は、自国民にそのチケットを押し売りすることで、収入を確保しようとしている。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、「地域別に休養地利用券を発給し住民を夏に休暇に行かせるようにせよ」との朝鮮労働党と内閣の共同指示文が、今月9日に各道、直轄市、特別市の党委員会と人民委員会(道庁、市役所)に下されたと伝えた。

首都・平壌の場合、紋繍(ムンス)プール、万景台(マンギョンデ)遊戯場で休暇を過ごせとの指示とともに、市内の単位(職場)に利用券が送りつけられてきた。タダ券ならお得かもしれないが、費用は月給から差し引くというのだ。

ちなみに、北朝鮮の一般的な労働者の月給は3000北朝鮮ウォン(約60円)だが、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)の情報筋は2014年1月、プールの入場料は2万北朝鮮ウォン(当時のレートで約300円)だと伝えている。今のこの料金なら、半年間にわたって給料がもらえないことになる。

日本海に面していて海水浴場やホテルが多く存在する咸鏡北道でも、休養地利用券の押し売りが行われている。情報筋は、当局の目論見を次のように見ている。

「伝染病(コロナ)事態が好転したという発表に続くプロパガンダだ」

国境を閉鎖したことで深刻な食糧と物資の不足に苦しめられている現地住民からは、「一日一食すらままならず大騒ぎなのに、なんと理不尽な」との不満の声が上がっている。実際に行くとなれば、10日以上飲まず食わずで費用を支払わなければならないが、「党の配慮」として命令が下されただけあり、行かないわけにはいかず、困り果てているという。

また、コロナの抑え込みに完全に成功したわけではないのに、こんな「密」になって遊んでもいいのかと疑問を呈する人もいれば、ちょっとした集まりや移動も厳しく制限されてきたのに、急に真逆の指示を下されて混乱する人もいるとのことだ。

「最大非常防疫体系は解除されておらず、毎日のように衛生防疫事業で締め付けているのに、こんな指示が下され、住民は泣くに泣けない状況だ」(情報筋)

喜んでいるのは、2年以上客が来なくなり、苦境に喘いでいたホテルなど観光施設の従業員だけかもしれない。