今年2月1日より、通常料金を「1080円」から「1200円」に変更したQBハウス(いずれも税込価格)。代名詞の“1000円カット”が事実上消滅するとあって、この値上げはメディアでも大々的に報じられた。発表当初は、客足への悪影響も予想されていたが、蓋を開けてみれば、前年比プラスの数字だという。しかし……。

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 シャンプーなし、セットなし、わずか10分でカットし、掃除機で吸い取ってはい終わり――。1996年にスタートしたQBハウスは、“1000円カット”のパイオニア的存在である。実は同社の値上げは初めてではない。最初は税込みで1000円だった価格が、14年の消費増税時に税別1000円に値上げしている。とはいえ、割合にして8%だった前回と違い、今回はおよそ11%もの値上げである。

 そんなQBハウスを経営する「キュービーネットホールディングス株式会社」(以下「QB」と表記)は、3月4日に「2019年6月期 国内店舗売上高の前年比(速報)」のIR資料を公表した。それによると、値上げをはじめた2019年2月の前年比売上高は、「全体」で112.2%。前期から今期まで続けて稼働する「既存店」でも109.6%だったという。

 同じ資料にある値上げ前の期間(18年7月〜19年1月)の前年比の平均値は、「全体」で104.4%、「既存店」で102.7%だから、むしろ2月は平均より好調だったとすらいえるかもしれない。これは別事業の“2000円ヘアサロン”「FaSS」をあわせた数字で、かつ昨今積極的に展開している海外店舗を除いた数字であるとの断りはあるものの、QBハウスの値上げは、それほど悪い結果を生まなかったように見える。

 早速「QB」に話を伺うと、

「今働いているスタッフへの教育、また将来的な待遇の改善を目指し、料金を値上げさせて頂きました」(広報)

 と、1200円になった理由についてはコメントするものの、“前年比プラス”という今回の数字については、なんだか歯切れが悪い。

「まだ当社でも分析はできておらず、現時点では何もお答えできません」(同)

 てっきり喜びの声が聞けると思ったのだが……。この反応について、

「QBが『答えられない』というのは、当然だと思いますよ」

 と解説するのは、『定年破産絶対回避マニュアル』(講談社+α新書)などの著書がある経済評論家の加谷珪一氏だ。

初の赤字となった鳥貴族

 QBが口をつぐむワケを、加谷氏はこう見る。

「ひとつには、昨年3月に東証1部に上場したQBの株主にあると思います。同社の株主構成を見てみると、投資ファンドが占める割合が大きいことがわかります。QBとしては、値上げにあたっての投資家の反応がものすごく気になるわけです。だから、楽観的であろうと悲観的であろうと、何かしら会社の考えをメディアに答えれば、株価に影響してしまう。だから慎重になるわけです。もうひとつの理由には、値上げについての見解を明かせば、それが出店戦略に結びついてしまうからです。『値上げはまったく影響ない』というのならば、他社の1000円カットが出店している地域にも進出するということになる。『お客様は値上げに敏感です』といった反応を示せば、今後は出店ペースを落とすと分析され、他社を勢いづかせてしまうかもしれない。ですから、『答えられない』ということになるのです」

 QBの株価を簡単に説明すると、値上げを発表した昨年8月13日時点で1993円だった株価は、その後上下を繰り返し、昨年12月26日には1693円にまで下がった。それが2月1日の値上げ以降は、3月18日現在まで、右肩上がりを続けて2184円をつけている。

 なぜ、値上げをしてもQBにダメージはなかったのだろうか。たとえば焼き鳥チェーン「鳥貴族」は、人件費の高騰などを理由に、17年10月にそれまでの「全品280円」から「298円」への値上げ(税別)を行った。そしてこの3月8日に発表されたのが、“東証1部上場後はじめての赤字”という結果である。〈価格改定を2017年10月に実施したこと等から客数が減少し店舗の収益力が低下するという結果となりました〉という同社の報告書にはあるが、こちらはシンプルで分かりやすい。先の加谷氏が続ける。

「モノやサービスは、値段が売り上げに影響しますが、その影響度合いはモノやサービスの種類によって異なります。例えば、シャンプーのような生活消費財が2割値上げすれば、同じ商品を使い続けようとする人は減り、他のシャンプー商品を買います。あるいは、飲食店である牛丼チェーンを考えて頂けると分かりやすいかもしれません。こちらも値上げすれば他の牛丼チェーンに客足は移りますし、そもそも牛丼以外のコンビニ弁当やファストフードにもゆく可能性があります。つまり選択肢は他があるわけです」

 居酒屋である鳥貴族にも、この法則はあてはまるだろう。一方「QBハウス」はヘアカットというサービスだが、

「まず、飲食店と違って、QBは月1〜2回と利用するペースが低い。加えて、同じエリアに1000円カットがそう多くあるわけではありませんから、値上げしたところで、飲食店のような“他”がない。4つ先の駅に1000円の床屋があっても、わざわざ行こうとは思わないでしょう。ヘアカットは、一度行った店へ再び行く『経路依存性』が強いサービスでもあります。そのあたりはQBも分かっているからこそ、1200円に値上げしたのだと推測します」

今後は「1000円カット」そのものがなくなる!?

 加谷氏は、その先駆けである“QBハウス”のブランドの強さも理由に挙げる。

「老舗ならではの安心感はもちろんあります。まして自分の容姿に関わってくるサービスですから、失敗をおそれ余所へ“浮気”する確率は低いでしょう。あるいは、ブランドという点でいえば、コンビニ業界の『セブン-イレブン』(以下、セブン)の例をみると分かりやすいかもしれません。業界の先行者であるセブンは、同一エリアであっても、良い立地には何店も出店する戦略を取ってきました。良い立地であればお客さんも多く来るわけで、品揃えも常に良くしておく必要がありますよね。結果、セブンは“便利な場所にあって、いつ行ってもお弁当が揃っている”というブランドを築くことができたのです。これと同じことを、1000円カットの先行者であるQBもできているわけです。コンビニより広いエリアの単位で、やはり立地の良さをQBはおさえられています」

 ただし、QBのその後を特に楽観視しているかといえば、そうではないようだ。“立地”でいえば、東京・新宿エリアには4店のQBハウスが店を構えるが、周辺には1000円カットの「AVANTI新宿御苑店」や「理髪一番 新宿店」などなどがある、超激戦区だ。

「そうした密集エリアでは、値上げの影響が出ているかもしれませんね。いちど他の1000円カットに行って満足すれば、1200円のQBに行く理由がなくなりますから。ただ、QBが人件費を理由に値上げしたとなると、余所も1000円を維持するのは難しくなるはずです。QBには、大手ゆえのコストパフォーマンスの高さがある。たとえば新店の看板を発注するにあたっても、一度にすれば安く済むわけですからね。そのQBですら1000円を維持できなかったわけですから、他店も厳しい状況で、いずれは価格に響いてくるはずです。もっとも、長くデフレが続く日本に住んでいると分かりにくいのですが、モノの値段が時代によって変わるのは珍しいことではありません。日本でいうと百円均一のような店は米国にもあって、最初は『ダイム(10セント)ショップ』だった。それが50セントになり、『1ドルショップ』になり、そろそろ1ドルを維持するのも怪しくなっているわけです『○円ぽっきり』は変化して当然といえば当然なのです」

 将来的には“1000円カット”そのものもなくなるから、QBハウスは安泰ということだろうか。だがあまり値上げしすぎると、今度は「バリカン」がライバルになってきそうな……。

週刊新潮WEB取材班

2019年3月19日 掲載