災害時の情報収集は大丈夫なのか?

 ジャパンタクシーという車をご存じだろうか。写真をご覧いただければ、「あ、あれか」と思い当たる方も少なくないかもしれない。トヨタが発売している最新式のタクシー車両だ。ずんぐりむっくりとしたデザインは、なかなかインパクトがある。

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 これまで少数の例外を除けば、タクシーといえばセダンだった。それが今回のジャパンタクシーはトールワゴン型になる。プラットフォームとして利用しているのはコンパクトミニバンのシエンタだそうだ。乗った方なら誰でも驚かれたに違いないが、屋根の高さは相当なものがある。担当記者が言う。

「タクシーの変化から日本の現状が浮き上がる、と言えば大げさに聞こえるでしょうが、それほど設計の根幹が変わっています。この広さと高さは、車椅子を使っておられる方が、降りずにそのまま乗車できることを可能にします。高齢化社会が進行する日本で、タクシー業界に求められる最大のニーズに対応していることは間違いありません。車内空間のゆとりは、荷物の多いお客さんにも喜んでもらえます。外国人の訪日観光客も意識しているんでしょう。大きなスーツケースはセダンタイプのタクシーだと積めない場合もあります。首都圏は2020年に東京オリンピック・パラリンピックの開催を迎えますから、その直前を1つのヤマ場として、急速に普及していくはずです」

 まさにオールラウンドな「おもてなし」のタクシーというわけだが、先日に乗った男性会社員は首を傾げる。

「私はタクシーに乗ると、いつもラジオをつけてもらいます。先日、ジャパンタクシーに乗った時も、運転手さんにお願いしました。ところが、『すいません、この車にはラジオがついていないんです』と謝罪され、運転手さんが私物のスマホでラジオアプリの“radiko”をつけてくださいました。最近は広告動画を流すタブレットが前部座席のヘッドレスト裏などに装着されており、視界にCMが飛び込んでくるので、余計にラジオのない車に違和感がありましたね。正直言って、地震などの災害時はどうするんだろうと不安になりました」

 タクシー運転手も、ラジオがないのは頭痛の種だと打ち明ける。

「プロ野球の中継を聞きたいというラジオ好きのお客さんは、まだまだ多いんです。『ラジオはついていません』と謝ると、何人ものお客さんに叱られました。私のスマホにはradikoが入っているので、『これで再生します』と謝るんですが、『そんな小さいスピーカーなら聞きたくない』と一蹴されることも少なくないです」

 ラジオを異常な大音量で鳴らしたりイヤフォンで聞いたりすると、道交法違反となる。だが、ラジオがない車を運転したとしても、何かの法律に違反するわけではない。

 とはいえ、少なからぬタクシー会社は、「地震などの災害時はラジオを使って情報収集に努めよ」とマニュアルに定めている。また災害時でなくとも、高速道路などのトンネルで「ラジオをつけよ」との掲示が表示されているところもある。運転中にラジオが必要とされる場面は、まだまだ多いのだ。

ラジオの価格は1万8706円

 実は先の男性会社員が乗車したタクシーは、日本国内のタクシー業界で最大手の1つである日本交通(東京都千代田区紀尾井町)の車両だった。日本交通も災害時対応マニュアルには「社内ラジオをオンにして、各自情報収集に努める」と規定しているという。

 なぜラジオをつけていないのか取材を申し込むと、「ラジオはオプションですので、装着されていないタイプを購入しています」との回答が返ってきた。とはいえ、この回答では「なぜオプションを行使しないのか」の疑問が残る。

「もちろん現場でタクシーを運転する社員やお客さまから、『ラジオは必要だ』という要望が多数を占めた場合は装着を検討させていただきます。ですが少なくとも現時点で、そうした声やご要望は届いておりません。地震などの災害に関しましては、弊社の場合は専用のタブレットをドライバーに渡しております。このタブレットには、24時間、365日、弊社の担当者がドライバーに音声情報を伝えることが可能です。災害発生時には、こちらの使用を想定しております。さらに今は、ドライバーの1人1人が私物のスマホを持っている時代です。災害情報の収集も、様々な方法が整備されています。そうした観点から、ラジオは絶対に必要不可欠なものではないと考えております」(日本交通・管理部)

 しかし同社の組合は問題視しており、「会社に対して質問を行う予定」だという。

「現場の実感では、ラジオを望まれるお客さんに『ラジオはありません』と回答することは、接客の観点から考えて問題があると思います。さらに災害時は、両手でハンドルを握っても必要な情報を入手できるラジオは、極めて有益なツールだと考えています。会社の経営は良好で、本当はラジオ代をケチる必要はありません。それでも人件費さえ不当に低く抑えられていますことから考えて、会社側がラジオの経費削減を目的としている疑いは極めて高いと言わざるを得ません」(組合関係者)

 ネット上では、日本交通の組合支部で、機関紙の記事を紹介しているサイトがある。ここに、

《すべての同業他社がジャパンタクシーにラジオを付けるなか、弊社だけが付けなかったのには理由がある。
 それは、客席に設置してあるタブレットの動画広告の再生回数を増やし、広告収入と広告主を獲得しようという思惑と、経費削減の2つだ。》

 との興味深い指摘がある。

 先に紹介した会社側の理路整然とした「ラジオ不要論」の説明も、「同業他社はラジオをつけている」という事実の前には色あせてしまう。「ラジオに集中されてタブレットの広告動画に反応してくれないのは困る」、「ラジオの購入費は削減したい」――というのが本音ではないかと疑われても仕方ないだろう。

 取材に対して日本交通側は「コストカットが目的ということはありません」と断言する。そこでトヨタの公式サイトを見ると、確かに「AM/FMチューナー」はオプションとなっており、価格は税込で1万8706円となっている。

 もちろん大量に一括購入すれば割引があるのかもしれないが、「塵も積もれば山となる」という諺の通り、ラジオがないことで浮く予算は無視できないのではないか。ネット上には「トヨタ側が標準装備とすべき」という意見も掲載されているが、タクシーにラジオは必要か否か、意外に乗客の議論を呼ぶテーマかもしれない。

週刊新潮WEB取材班

2018年8月13日 掲載