年明け早々、4年8カ月ぶりとなる朝鮮労働党大会が開かれた北朝鮮。そこで金正恩総書記は、これまでの経済政策の失敗を率直に認め、同国を根本的に変えていくとする踏み込んだメッセージを発信した。果たして北朝鮮は変わるのか。日朝関係に動きはあるのか。北朝鮮問題の泰斗が分析する。

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佐藤 武貞先生はアントニオ猪木氏と北朝鮮を何度も訪問され、現地で数々の要人と会われるなど、彼の国の事情に精通されています。先月、4年8カ月ぶりに開かれた第8回朝鮮労働党大会は、どのようにご覧になりましたか。

武貞 アメリカの大統領選が終わり、これから時代が変わっていくことを見越して、北朝鮮が対米政策はもちろん、軍事、経済で非常にしたたかな政策を練っていることが垣間見えた8日間でした。

佐藤 新年5日からの労働党大会に先立ち、金正恩(キムジョンウン)総書記は「親筆書簡」という年賀状を全国民に宛てて発表しています。そこでは軍事のことを語らず、国民生活、経済のことだけが書いてありました。

武貞 労働党大会でも金正恩総書記は「人民大衆第一主義」と言って、人民に寄り添う、国民のことをまず考えると強調しています。逆に言えば、内部にいろいろ問題を抱えているわけです。昨年は、新型コロナウイルスの感染疑いのある人が数多く出てきた上に、台風の被害も非常に大きかった。さらにコロナや経済制裁で中国との貿易まで細ってしまいましたから、経済的にはかなり厳しい状況にあります。

佐藤 だから親筆書簡の「全国の全ての家庭の大事な幸福がより素晴らしく花開くことを切に願う」といった文章は、人々の心の琴線に触れるでしょうね。

武貞 金日成時代から、政治分野では指導力とともに表現力と言いますか、ポエムがきちんと書けないと尊敬されないところがあります。もちろん本人が全部書いたかはわかりませんが。

佐藤 労働党大会の金正恩委員長による開会演説は、自画自賛かと思ったら、かなり厳しい自己批判をしていて、これには驚きました。

武貞 2016年の労働党大会で発表した国家経済発展5カ年戦略の成果が、ほとんどなかったんですね。対外的な輸出は伸びなかったし、外国から投資を誘致しようとしたこともうまくいかなかった。また外貨稼ぎのため外国からの観光客を呼び込むことも目玉の一つでしたが、これもだめでした。

佐藤 厳しい経済制裁の中にありますからね。

武貞 いまや北朝鮮の人民にもさまざまな情報が入ってきますから、計画がうまくいかない、食糧増産もなかなかうまくいかないという現実を隠しておくことはできません。

佐藤 北朝鮮のサイト「ネナラ(我が国)」にも、「国家経済発展5カ年戦略の遂行期間は昨年までに終わりましたが、ほとんど全ての部門で掲げた目標を甚だしく達成できませんでした」と、日本語に翻訳までして載せてありました。

武貞 今年は次の5カ年計画の出発の年になりますから、前の計画をきちんと総括しないわけにはいかないのです。

佐藤 私は意外と北朝鮮はウソをつかない国だと思っています。

武貞 その通りです。経済がうまくいっていないことは、突然言い始めたわけではありません。5、6年前から現地指導した工場がうまくいっていなければ厳しく叱責し、それは報道もされています。

佐藤 それは祖父である金日成主席を彷彿とさせる話ですね。金日成著作集にレストランを指導する話が出てきます。平壌冷麺で知られる名店・玉流館で、タレが美味しくないとか、ボラのスープに大量の唐辛子が入っているのはよくないとか、細かく指導している。

武貞 金正恩総書記には、建国の父である金日成主席のような経験がありません。だから祖父と同じような行動をするのはとても重要なことです。その容貌がそっくりであることも大きなポイントになっている。

佐藤 あの体型を維持しておくのも大事なことですね。よく現地指導で農場や工場に行ってシャツ一枚になっている姿がありますが、あれも金日成主席と同じですよね。

武貞 そうです。直接、人民に話しかけるスタイルですね。スピーチにおいて、失敗は失敗、問題は問題と認めることも、祖父を意識していると思います。

金正恩の経済構想

佐藤 開会演説では、「欠点の原因を客観にではなく主観に求め、主体の役割を強めて全ての問題を解決する原則から出発して、今回の党大会では、総括期間の経験と教訓、誤謬を全面的に掘り下げて分析、総括し、それに基づいてわれわれが遂行できる、また必ず遂行すべき科学的な闘争目標と闘争課題を確定する予定です」と話しています。なかなかわかりにくい表現です。主体(チュチェ)思想の国ですから主体性を強調するのはわかりますが、これは全体として何を言わんとしているのでしょうか。

武貞 政治思想にまで分け入って、基本理念を明確にした上で改善すべきは改善してやり直しをしよう、ということではないでしょうか。

佐藤 非常にイデオロギーを大切にする国ですから、それは思い切った発言になりますね。

武貞 この2、3年の間に金正恩氏が経験したこととも、大きく関係しています。2018年6月、金正恩氏はトランプ大統領との会談のためにシンガポールへ行きましたね。その時に「北朝鮮を外資と観光客を集めるシンガポールみたいにしたい」と語ったことがありました。

佐藤 その発展ぶりをつぶさに見て、そうした発言が出たわけですね。

武貞 2019年2月、ハノイでの米朝首脳会談の際、随行員らがベトナムのドイモイ(刷新)政策の現場を視察しています。さらには中国の習近平主席との会談で「私は北朝鮮のトウ小平になりたいんだ」とも語っているんですよ。

佐藤 改革開放ですね。市場経済体制を作りたい。

武貞 それを聞いて習近平主席は大喜びしたでしょう。金正恩総書記は大胆な外国資本の導入など、現実的な利益を重視した政策に変えたいと考えている。それは政治思想の部分にまでメスを入れないと実現できません。今回の労働党大会での計9時間に及ぶスピーチは、北朝鮮を根本のところから変えてゆくという踏み込んだメッセージになっています。

佐藤 それはとても興味深いですね。金正恩氏は北朝鮮の体制の中で合理的に生き残ることを考え始めている。

武貞 しかも労働党大会の模様はすべて公開していますから、外国にまでメッセージとして発信していることになります。つまりこう考えているから、手伝ってほしいとのニュアンスが含まれている。

佐藤 北朝鮮の将来のために力を貸してほしいということですね。

武貞 金正恩総書記は、まだ37歳と若く、自分が長期政権になるということを痛いほどわかっています。国の将来のためには、経済にテコ入れをすること、外国との関係の改善が不可欠だと知っているんですね。だから北朝鮮を魅力的な国に、投資家が興味を持ってくれる国に変えようとしている。

佐藤 北朝鮮には地下資源があります。

武貞 レアアース、マグネサイト、モリブデンなど、膨大な地下資源があります。でもいままでイデオロギーや法体系が壁になって、外国の投資家たちが二の足を踏んでいました。金正恩総書記はそこを打ち破りたい。それがこの1年ほどで非常に顕著になってきたと思います。

佐藤 ただ昨年6月に韓国との共同事業である開城(ケソン)の連絡事務所をダイナマイトで吹き飛ばしています。こういうことがあると、企業としては支店を作っても一瞬でなくなってしまうと心配になります。

武貞 あれには私も驚きました。どうも金与正(ヨジョン)党第1副部長が、独断と言いますか単独の判断で爆破してしまったようですね。金正恩総書記は、対米政策と対南政策は妹である彼女に任せている。大きな裁量を与えてしまうと、時々あのようなことが起きる。

佐藤 閉鎖的で権力集中が著しい国の中では、爆破したほうが金正恩氏に喜ばれるだろうとか、権力基盤が強まるとか、過剰に忖度することも多いのでしょうね。

武貞 そうですね。金正恩総書記は、爆破に関して、沈黙を保ちました。まずかったと思ったのでしょう。開城工業団地の重要性はよくわかっている。

佐藤 今回の労働党大会では、その金与正第1副部長が政治局員候補から外れました。でも私はこれをもって、左遷されたとは見ないほうがいいと思うんです。

武貞 私もそう思います。アメリカと韓国に対する政策については、自分が統括していると、昨年、金与正氏本人が明確に語っています。今回の党大会では中央委員会政務局を廃止して書記局を復活させ、金正恩氏は国務委員長から総書記になりました。この組織改編の中で、南(韓国)担当書記局の南担当部という部署は作られていません。つまり韓国については金与正第1副部長の専任事項だから、書記局の中に部を設ける必要がないということです。

佐藤 金与正第1副部長を温存する体制作りをしたということですね。

武貞 彼女は1月12日に韓国に対する談話を出していますが、そこで文在寅大統領に厳しい言葉をぶつけています。

佐藤 それを見ても、左遷や降格でないことがわかりますね。

韓国への「上から目線」

武貞 開城連絡事務所の爆破には、韓国に対する北朝鮮の「上から目線」が背景にあります。韓国人にはあまり自覚がないと思いますが、北朝鮮の行動を見るとき、これは重要なポイントです。北朝鮮が持っている高射砲や多弾頭ロケットを夜中に一斉にソウルに向けて発射したら、韓国は危機的状況に陥ります。しかも北朝鮮はそれを単独でやれますが、韓国は米軍との関係もあり、即時対応できるわけではない。だから北朝鮮は軍事的に優位にあると考えている。それが行きすぎて、「上から目線」がいろんな局面に現れてきます。

佐藤 よくわかります。朝鮮戦争の休戦協定では、韓国の李承晩大統領が調印式に参加せず、韓国は当事者ではなくなってしまいました。協定は中国の人民解放軍と北朝鮮軍が国連軍と結ぶという構成になっています。北朝鮮から見れば、国連軍、実質は米軍との協定で、その傘下にある一国が韓国です。だからアメリカの従属国として見ている。

武貞 韓国への上から目線は、対南戦略上、マイナスに働くことがある。うまくやれば韓国から支援が獲得できる場合でも、自らその芽を摘んでしまう。韓国との関係改善を進めてトランプ大統領を出し抜くことだってできる場面がありました。でも、上から目線が過ぎ、結局、米朝交渉に集中しすぎて、南北関係も米朝関係も膠着状態になってしまいました。

佐藤 その意識はなかなか変わらないでしょうね。

武貞 北朝鮮は主義主張が一貫し、それを一つのファミリーがやってきた。このため独特のバイアスがいろいろなところに生じているのです。

佐藤 軍事についても同じことが言えそうですね。今回の労働党大会では、原子力潜水艦を保有する議論をすると発表しました。

武貞 これは、アメリカの東海岸まで潜ったまま進んで攻撃できる能力を持ちたいと言ったのと同じです。このようにアメリカを必要以上に刺激してしまうのも、北朝鮮内部にあるバイアスですね。

佐藤 実際に原子力潜水艦を造れると思いますか。

武貞 簡単ではないでしょうね。これまでは3千トン級のディーゼル型潜水艦にSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を載せる計画でしたが、まだ搭載するまでにはいたっていない。2019年に海中の発射台から発射したことはありますが、潜水艦から打ち上げた実績はありません。

佐藤 そもそも原子力潜水艦自体に、非常に高度な技術が必要です。

武貞 そうですね。原子炉を中に設置するのに時間がかかるわけで、中国だって毛沢東主席が造りますと言って10年以上かかりました。もし造るなら、中国とロシアから相当の技術が入ってこないと無理でしょう。

佐藤 ICBM(大陸間弾道ミサイル)はどういう状態ですか。

武貞 昨年10月10日の朝鮮労働党創建75周年の軍事パレードで、いままでより一回り大きいICBMを行進させています。北朝鮮としては、アメリカの主要都市を射程に収める1万2千キロまで飛ぶミサイルはすでに完成したことを誇示しています。人工衛星をつけた3段ロケットの飛翔データを検討すれば、ICBMの技術は習得していると思います。もっとも弾頭を大気圏に再突入させ目標に命中させる技術はまだ見せていませんが。

佐藤 大気圏外に出したミサイルを大気圏に再突入させる実験ですね。

武貞 弾道ミサイルの弾頭を目標物に当てる実験はしていません。そのあたりはわからないこともあります。ただ核兵器は、被害にあったのは日本だけで、撃たない限り本物かどうかわからないという性格の兵器です。核実験を終え3段式ロケットが完成していますから、相当の技術を持ってすでに配備をしている、と見ておく必要があります。

東京五輪に北朝鮮を呼ぶ

佐藤 原点に立ち戻って考えると、脅威とは意思と能力の掛け算です。能力をつけてきたらそれを物理的に叩き潰すか、あるいは攻撃の意思をなくさせるか、のどちらかになる。アメリカは日本を破壊する核兵器を持っていますが、脅威でないのは、アメリカにその意思がないからです。

武貞 バイデン政権で国務長官に任命されたアントニー・ブリンケン氏は、かつてニューヨーク・タイムズで、北朝鮮の核兵器は核放棄に重きをおいて進展しなかったから、インセンティブとしての経済支援をしながら一つずつ核を潰していく核管理の方向で行くべきだと主張していました。だからアメリカはそちらにシフトしていく可能性はあります。アメリカの民主党系の専門家には、CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)よりも、核の管理、アームズ・コントロール(軍備管理)に重きを置く人たちが多い。返り血覚悟で撃つことはしない立場です。

佐藤 北朝鮮としては、核開発を凍結して大陸間弾道ミサイルも破棄する話はトランプ政権とのものです。だからバイデン政権ともう一回仕切り直そうと考えるでしょうね。

武貞 興味深いのは、労働党大会で「並進」という言葉を使っていることです。経済建設と核戦力強化の両方をやっていくという意味です。経済を重視する一方、バイデン大統領が強く出てくるなら自分たちも強く出る、しかし善意でくるなら自分たちも善意をもって接するとまで金正恩総書記が言っている。実はバイデン大統領に秋波を送っているわけですが、世界のどこを見渡しても、そう解釈したところはないですね。

佐藤 北朝鮮が変わろうとしているなら、日本にとってもチャンスかもしれない。

武貞 北朝鮮では、平壌科学技術大学の卒業生を欧州の大学に留学させるなど、世界の考え方に通じた人材を育成しようとしています。そして彼らを通じて経済テコ入れのノウハウを注入しようとしている。これを無視し続けたら、国際社会にとってもマイナスだと思います。

佐藤 私は外務省時代から言っていますが、日本はまず連絡事務所を作ったらいいんですよ。

武貞 私も同じ考えです。イギリスやドイツは平壌の同じビルの中に大使館を置いています。イギリスはアメリカと並んで、世界で一番人権問題に厳しい国です。そこが大使館を置いている。アメリカと韓国は、朝鮮戦争の当事者ですから置くわけにはいきません。日本は掃海艇を送るなどしましたが、公式には朝鮮戦争の参戦国ではない。日本はアメリカとも中国とも意思疎通ができますし、金日成主席が「渥美清のフーテンの寅さんの映画が大好きだ」と言ったように金ファミリーは日本文化への関心が高い。だから日本には好条件が揃っているんです。

佐藤 一つの打開策はオリンピックでしょうね。北朝鮮選手団の受け入れです。その際、金与正第1副部長を団長か顧問として迎え入れる。そこで関係を作る。北朝鮮を国と認めていない状況下の平壌宣言は国家間合意ではありません。つまり金正日総書記と小泉純一郎氏との合意なので、新たに金正恩総書記と菅首相で合意を作り直すというフレームが考えられます。

武貞 菅政権は、制裁解除の前提条件に拉致問題の解決を置く発言が多いですから、なかなか難しいことではあります。

佐藤 もう一つはコロナワクチンの国際的な調達・分配の枠組みであるCОVAXです。この組織によるワクチン供給対象国に北朝鮮が含まれている。日本はワクチンを買いつけすぎて、2千万人分以上が余ります。それをダイレクトに北朝鮮に回すと国内の反発が大きいでしょうから、CОVAXを通じて回すんです。

武貞 それはいいかもしれませんね。北朝鮮ではいままでに3万3千人くらいが感染の疑いで隔離され、いまも700人くらいが隔離中だと言われています。ワクチンをひとつのきっかけにするのは非常に有意義だと思います。

佐藤 北朝鮮に関しては、極度に異常な国と見るがために、分析の目が曇ったり、適切な対処ができないことが数多くあります。その中にあって、本日はとても実情に即したお話でした。

武貞 日朝関係において、膠着状態を打開するチャンスはこの2021年にあると思います。何でも問答無用でダメというのではなく、さまざまな方策を考えていくべきです。

武貞秀士(たけさだひでし) 拓殖大学大学院客員教授
1949年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。同大学院博士課程単位取得退学。防衛庁防衛研修所に入所し、36年間勤務。その間、韓国・延世大学に留学し、米国スタンフォード大学、ジョージ・ワシントン大学では客員研究員を務める。2011年退官。同年より延世大学で日本人初の専任教授に。14年拓殖大学に移り、19年4月より現職。

「週刊新潮」2021年2月11日号 掲載