陣内の魅力があふれた「アイドルとの勝負」
お笑い界の七不思議の1つとされているのが、陣内智則の異常なまでの「若者人気」である。芸歴30年の大ベテラン芸人でありながら、いまだに若い世代から熱烈な支持を受けているのだ。「好きな芸人」について聞くような各種のアンケート調査では、陣内が10〜20代の若者から好感を持たれていることがうかがえる。
陣内は一昔前に「エンタの神様」などでネタを披露して人気を博していた。しかし、リアルタイムで当時のことを知らないはずの10代の若者たちが、いまだに陣内を支持している。陣内の公式YouTubeチャンネルの登録者数も120万人を突破している。
彼が若者に支持される理由を推測すると、わかりやすく万人ウケするネタの面白さと、どこかスキがあって親しみやすいキャラクターではないかと思う。アラフィフの芸人でありながら偉そうな感じを出さず、ときには負け顔を見せて笑っている姿が、好印象を持たれているのではないか。
そんな陣内のキャラクターの魅力があふれていたのが、2022年9月10日放送の「FNSラフ&ミュージック2022〜歌と笑いの祭典〜」(フジテレビ)だった。
この番組内の企画「生IPPONグランプリ」では、人気アイドルのSnow Manと芸人たちが大喜利で真剣勝負を繰り広げた。出場した芸人は陣内智則、後藤輝基、藤本敏史の3名。いずれも大喜利を大の苦手としている。そんな彼らが晴れの舞台に引っ張り出されて、アイドルと真っ向からぶつかることになった。
松本があきれ顔で「陣内、マジでおもんないねん」
数あるテレビの企画の中でも、プロの芸人にとって大喜利ほど厳しいものはない。真正面からお題に対して答えを出さなければならない上に、反応や評価がすぐに返ってくるのでごまかしが利かない。
実際、「生IPPONグランプリ」では、笑いの専門家ではないアイドルたちが苦戦を強いられていたし、大喜利苦手芸人たちはそれ以上にもだえ苦しんでいた。
最終的な結果としては、アイドル側が勝利を収めた。芸人側で足を引っ張っていた戦犯は陣内である。彼はアイドルを含む今回のメンバーの中で唯一、「IPPON(満点)」を獲得することができなかった。
この日の陣内の立ち回りは実に見ごたえがあった。序盤で自分の答えが立て続けに審査員全員から評価されず0点をつけられると、自分だけ特別に低い評価をされているのではないか、という不満を漏らし始めた。
松本人志をはじめとする審査員の芸人たちが、場を盛り上げるために意図的に自分を低く評価して、自分が何をやってもスベるような空気を作っているというのだ。松本はあきれ顔で「陣内、マジでおもんないねん」と返した。
その後の陣内は、焦りと緊張で表情が硬くなり、声も上ずっていった。ただでさえ大喜利が苦手だというのに、ますますウケづらい状況に自分を追い込んでいった。
最悪の結果に終わった陣内は「二度と出えへんからな!」と捨て台詞を放った。松本に「陣内、このまま負けたままでいいのか?」と問いかけられると、力強く「いい!」と返した。笑いの真剣勝負の現場からの完全撤退を潔く宣言する芸人の姿を初めて見た。
「スベリ」と共に歩んできた芸人人生
陣内は、長くテレビの第一線で活躍する売れっ子であり、実力者であるには違いないのだが、先輩芸人からはしばしば「スベリキャラ」という扱いを受けることがある。年始特番の「ドリーム東西ネタ合戦」(TBS)でも、MCのダウンタウンからそのスベりっぷりをイジられたことがあった。
ただ、言うまでもないことだが、お笑いの世界では本当に面白くない人に対して「スベっている」とは言わない。そう言われて面白くなるようなキャラクターを持っているからこそ、先輩芸人からそのような「かわいがり」を受けることになるのだ。
ただ、彼のキャリアを振り返ると、そもそも陣内という芸人は「スベリ」と共にここまで歩んできたと言える。
デビュー当時の彼は、幼なじみの相方とリミテッドというコンビを組んでいた。彼らが活動していた当時の大阪では、気鋭の若手芸人同士が笑いの真剣勝負を繰り広げていて、それぞれが芸人仲間にも観客にも厳しくジャッジされるような雰囲気があった。
そんな中でリミテッドは思うような結果を出せなかった。スベってしまうことも多く、周囲の芸人からも「面白くない芸人」という扱いを受けていた。挙げ句の果てには「リミテッドを見ると不幸になる」という噂が流れて、彼らがネタをやっている間に観客が全員うつむいてしまうようなこともあった。
リミテッドは解散することになり、ここから陣内の新たな戦いが始まった。
プライベートでも手痛い「スベリ」を経験
彼の芸人人生が好転したきっかけは、音声を使った独自の形のピン芸を作ったことだ。
これが評価されて、数多くのネタ番組に出るようになった。そこから人気が上向いていき、情報番組のMCなどを務めるようになり、一気に人気タレントの仲間入りを果たした。大物女優との結婚も果たし、彼はこの世の春を謳歌していた。
しかし、ここで陣内はプライベートで手痛い「スベリ」を経験することになった。離婚をしてしまった上に、その原因が自身の浮気であることを認めたため、大バッシングを浴びて人気は急落した。
しかし、そこからまた彼は這い上がってきた。現在はMCだけでなく、MCを支えるバイプレーヤーとしても重宝されている。
圧倒的な結果を出した上で、要所要所でスベり続けてここまで来た陣内の「負け芸」は、ベテラン芸人ならではの深い味わいがある。堂々とスベり切る陣内の姿になんとも言えない愛らしさと親しみを感じているからこそ、多くの若者が彼を支持しているのだろう。
ラリー遠田
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)など著書多数。
デイリー新潮編集部