今年2月から放送されている元ジャニーズ・稲垣吾郎(44)と香取慎吾(41)が出演するサントリーのノンアルコール飲料「オールフリー」のCM。雑踏をかき分けて高みに登った2人の背中に生える大きな白い翼、そして力一杯に叫ぶ――「生きてるーッ!」。

 このCMがジャニーズ内に、少なからぬ影響を与えているという。関ジャニ∞を脱退、さらにジャニーズの退社を発表した渋谷すばる(36)もその1人――。

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「あのCMはインパクトがありました。いきなりテレビ画面に大きく“ALL-NEW!ALL-FREE!”という文字が浮かぶ中を、2人が歩いて行くわけですからね。草なぎ剛(43)も含めた元ジャニーズの自由になった3人が、新たな道を歩んでいくことを暗示しているように見えます。とどめに『生きてるーッ!』ですからね。これまで、あのジャニーズを辞めて、無事に生きてるタレントがどれだけいたことか……。あの3人だって、いまだに3人そろっての地上波のレギュラーはありませんが、ネットの番組は評判となり、映画も作った。あの事務所を辞めてもやっていけることを証明したようなもので、関係者の間では話題になりました」(芸能関係者)

 元SMAPの3人は独立したものの、何とかやっていけている。そんな彼らに、渋谷も少なからぬ影響を受けたというのだ。

人生残り半分

 渋谷といえば、今年(2018年)4月15日に、関ジャニ∞からの脱退、さらに年内一杯でジャニーズ事務所を退社することを発表した。ケガの療養中で欠席した安田章大(33)を除くメンバー揃っての会見では、渋谷は自らその決断の核をこう説明している。

「36歳という年齢を迎え、人生残り半分と考えた時に、今まではジャニーズ事務所、関ジャニ∞というグループにありがたくも守られ、支えられ、時には甘えさせてもいただきましたが、この先は、今までの環境ではなく、全て自分自身の責任下で今後の人生を、音楽で全うするべく、海外で音楽を学び、今後さらに自分の音楽というものを深く追求していきたいと思いました」(渋谷)

 まさにALL-NEW! ALL-FREE!といったところ――。

「渋谷は15歳でジャニーズ入りし、当時のジャニーズJr.人気を牽引して“東の滝沢(秀明[36])、西の渋谷”とまでいわれていたほど。99年にはドラマ『危ない放課後』(テレ朝系)で二宮和也(34)とW主演を果たすなど、関ジャニ∞以前の10代の頃から、その貢献度は非常に高かったんです。音楽活動は自分のバンドを組んだりもともと熱心でしたが、俳優面でも15年に映画『味園ユニバース』(GAGA)で単独主演してファンタジア国際映画祭最優秀主演男優賞を受賞するなど可能性を見せていた。自分の音楽を追究したいのであれば、グループを脱退するだけでもよかったと思いますけどね」(同・芸能記者)

年明けにはロスへ

 だが、さるテレビ局の幹部はこう言うのだ。

「同じグループでもキーボードの村上信五(36)は、マツコ・デラックス(45)と組んだ『月曜から夜ふかし』(日本テレビ)や『ありえへん∞世界』(テレビ東京)など司会業で頭角を現しており、ベースの丸山隆平(34)もワイドショー『サタデープラス』(TBS)でメインキャスターを務め、ボーカル・ギターの錦戸亮(33)はNHK大河『西郷どん』などドラマで活躍、リードギターの安田章大は一人舞台もこなすほど舞台俳優としての活動が目立つなど、メンバーそれぞれが自分の道を見つけていくなかで、渋谷は本格的に音楽の道でやっていきたいと考えるようになっていったんです。そのためには海外で勉強をしたいと願うわけですが、ジャニーズ事務所にいてはなかなかそれもできない。そもそも本格的に音楽を目指そうとすればするほど、ジャニーズという看板は邪魔でしかないでしょうからね。かといって勝手に海外に留学し、挙げ句の果てに黒木メイサ(30)と“でき婚”で事務所をクビになった赤西仁(33)のようになりたくはなかった。そこへSMAP解散を経て、事務所を辞めたあの3人の活躍が見えてきたわけです。ジャニーズを辞めてもやっていけるというのは、大きな希望となっているというわけです」

 さて、脱退会見で「海外で音楽を学ぶ」と言った渋谷。気になるのは“留学先”だが、

「本人は先日、『ロサンゼルスかな』なんて言ってました。奇しくも赤西と同じというわけです。ただ、渋谷は赤西と違って円満退社に近い。ですから、将来的にジャニーズのタレントとの共演もあるかもしれませんね」(同・テレビ局幹部)

 そんななか、事務所に残った元SMAPのキムタク(45)は、娘の売り出しに一所懸命。また、TOKIOのリーダー城島茂(47)は、異例の増毛CMに登場――。アイドルも四十路を越えると大変だ。

 アイドルの高齢化が進むジャニーズ事務所にあって、36歳で〈人生残り半分〉と考え、独立して自分の道を歩もうと考えた渋谷。その選択が正解だったと言える日が来ることを祈る。

週刊新潮WEB取材班

2018年6月2日 掲載