平成ノブシコブシ・徳井健太がお笑いについて熱く分析する連載「逆転満塁バラエティ」。

 第5回目は「渡辺直美」について。

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理屈を超えた新世代

 渡辺直美というバケモノが後輩にいる。

 口パクでビヨンセのモノマネをするという規格外のネタ。いや、ネタなのかどうかすら分からない。2008年、当時の僕は本物のビヨンセを知らなかったが、直美のビヨンセを初めて見た時の衝撃は未だに忘れられない。

 後にビヨンセ本人の映像を見たが、全然似ていなかった。

 けれど、それでもやっぱり直美のネタは見る度に笑う。笑わずにはいられない。

 超ド級のパワーを放つ、理屈を超えた新世代の登場。

 どこかに既視感を覚えながらも、渡辺直美の最初の印象はそれだった。

台湾人の母が離婚、極貧生活へ

 直美の母親は台湾人で直美も台湾で生まれた。その後日本で暮らしていたものの、母は日本人の父と離婚。父親は行方知らずで食うに困るほど貧乏な幼少期を送る。その上、母親が日本語を話せなかったため、直美もずっと日本語が上手く使えなかった。勉強も苦手で中卒、アルバイトでお金を貯めながら芸人を目指した……。そんな世間一般で考えると少しパンチの効いた家庭環境も、芸人界隈ではよくあることだ。

 不幸自慢をするわけではないが、僕の人生もなかなかやばいし、僕は人間としても結構腐っていた。今でこそこうやってまともなフリをしているが、少し前まではいつ犯罪者になってもおかしくないくらい倫理観も犠牲心も公共心もなかった。

 そんな僕みたいなクズ人間が、芸人の世界には沢山いる。親がいないくらいは当たり前だし、虐待やいじめを受けて偏屈になっている人も珍しくない。国籍も多種多様だし、たまーに犯罪歴のある人だっている。

 でも繰り返すようだけれど、そんな過去は関係ないし、ハッキリ言ってどうでもいい。

 今がどうなのか、それしか見てない。だから楽屋では傍目から見れば過激なトークの応酬が繰り広げられることも日常だ。多少差別的だったり偏見からくるセリフだったりもするだろう。けどそれは、本当に心底「過去なんてどうでもいい」と思っているから言えることだし、受け止められることなのだと思う。

 一見しただけでは、そういう芸人のやり取りは時代遅れだと言われてしまうこともあるのだろうが、芸人たちの間に互いに対しての差別や偏見はゼロだと僕は思っている。

モノマネで日本語を覚える“聴力”

 渡辺直美はそんなクズ芸人の中でも、格別にクレイジーで破格に面白い奴だ。

 2010年にピースと平成ノブシコブシ、それに渡辺直美とでお芝居をやったことがある。又吉直樹くんが脚本を書いてくれた「咆号」は世界の終末がテーマだった。

 半年後に再演もされ、そこそこ人気が出たのだが、さすが後にドラマ主演を射止めるほどの「俳優」渡辺直美。その舞台での演技も上手で面白くてそして抜群の存在感だった。

 直美は当時まだ芸歴4年目、今考えると本当に肝がすわっている。いや、分厚い腹の肉の上に、肝が乗っかっているのかもしれない。

 ただ、話はこれだけで終わらない。

 この舞台のことを後に直美と喋っていたら、衝撃の事実が知れた。

 あの頃の直美はそれほど日本語が流暢だったわけでなく、台本に書かれたセリフの意味はほぼ分からないまま、ただ淡々と覚えていたらしい。しかも当時は母親から聞かされていた台湾なまりのせいもあって、自然なイントネーションが言えない。

 だがそこも、自慢の“モノマネ聴力”で矯正しつつ舞台に立っていたという。

 これはとんでもないことだ。

 英語の分からない日本人の若手俳優が、単身アメリカに行き意味の分からない英語の台本を渡され、それをそのまま、自然なイントネーションも含めて丸ごと暗記するようなもの。しかも本番はNGが許されない、生の舞台だ。そんな離れ業をたった一つの弱音も吐かずにこなしていたわけだ。

 直美は強い。

 いや、負けず嫌いなんだろうな。

 死ぬほどの負けず嫌い。

 その負けず嫌いが生まれ育った環境によって培われたものだとしたら、辛い過去も芸人にとってはある意味で養分なんだなというのは、都合のいい解釈か。

性生活のことまであけすけに…

 いずれにしても、彼女の才能と努力と忍耐は、照れくさいから口にこそ出さないものの、本当に尊敬しているし誇るべきことだと僕は思っている。

 若手時代、直美と楽屋で顔を合わせばお互いの家族のことをいじり合っていた。ギリギリまで笑わないように頑張るが、いつも僕の方が負けて笑ってしまう。

 なんでそんなに不幸なのに笑えるの?

 苦しんだり悲しんだりしている人はそう思うかもしれない。けれど多くの芸人は、信じられないような不幸の渦中にいても、そこまで不幸だなんて思っちゃいない。

 僕の母親は重度の精神病を患い、最期は自殺してしまったがそのことを自分の負の部分だとは思ったことがない。いや、思わないことは不謹慎なのかもしれないが、それを不幸だと思うことの方が不幸なことだと肝に命じて生きている。

 こんな信念のまま深く考えずに生きていた若い頃は、反倫理的な言動をプライベートだけでなく舞台でも度々してしまっていた。ネットが発達していなくて本当に良かったと思う。

 そうやって若手時代を僕らと過ごしてしまっていたせいか、直美は自身のことを隠さず、性生活のことまでもあけすけにペラペラと舞台で喋る。ものすごく生々しい内容にもかかわらず、引くどころか会場はいつも大爆笑に包まれる。

 以前アメリカへ行った時エレベーターの中で起きた黒人さんとのハプニング、インスタグラムのDMで見ず知らずの人と会った時の話、テレビの音声さんとの淡い恋、とある消防隊員との付かず離れずのランデブー……。

 詳しくは直美本人の口から聞いてもらうとして、こんなことを繰り返しているから、当然僕は直美を女性として見たことが一度もない。

 ただの後輩、ただのとびっきり面白いお肉。

相方・吉村と恋の噂に

 何年か前、相方の吉村崇と直美が噂になったことがあった。直美のマンションに出入りしているところを吉村が写真週刊誌に撮られたのだ。

 正直、これほど心の底からどうでもいいというニュースもない。

 二人をよく知る僕からしたら付き合っているわけないだろうと思ったし、例えそこに肉体関係があったとしても、僕にとってはやはりどうでもいいことだった。

 その噂より前、吉村と直美が二人きりになった際、一度関係をもってみるかとチャレンジしてみたというトークも何度か舞台上で聞いたことがある。

 これも生々しいけれど強烈に面白いので、詳しく聞いてみたい方は是非劇場へお越しください。

 そう、直美や吉村に限らず、皆さんがテレビで見て感じているよりも芸人さんというのは何百倍も面白い人たちばかりなのだ。

渡辺直美が楽屋で泣いた日

 ピース、平成ノブシコブシ、渡辺直美の「咆号」メンバーに、ハライチ、千鳥、モンスターエンジンという人気と実力を兼ね備えたメンバーが加わり、フジテレビで「ピカルの定理」というコント番組を始めることになった。

 今このメンバーを見ても、我ながらワクワクする。

 なかでも渡辺直美は「ピカル」の主人公だった。

 半分以上が彼女中心のコントだった。なぜなら直美が出るとどうしても全てを喰ってしまうから。やはり華と肉圧がすごいのだろうな、と思う。

 そんな女王・渡辺直美が、ある日「ピカル」の収録スタジオの休憩所にいた。

 ずらりと並ぶお菓子や食事、ケータリングという蜜の畑の前で立ち尽くしている渡辺直美の後ろ姿。

 養豚場で餌を待っている子豚の後ろ姿に似ていたので面白がって近づくと、なんと彼女は泣いていた。

 確かにその直前に撮ったコントでは想定よりも笑いが起きず、直美自身手応えを感じていない雰囲気はあった。だからといってこんな人前で泣くまでかと驚いたが、泣いている直美の横で僕は食べたくもないアルフォートと味ごのみを指で摘んだ。

 一言も声を掛けず、帰り際にポンと頭を叩いただけでその場を去った。

 後にそれがとてもキュンとした、と直美が言っていたのでそれもトークライブで話した。僕が暴露したことに「デリカシーがない!」とライブ中に直美は怒っていた。そしてそれもまた笑いになった。

 芸人の世界はいい。嘘がなくて、でも嘘だらけで。

「レジェンド女芸人」との共通点

 僕が言わずとも周知のことだが、渡辺直美は唯一無二の存在だ。

 と、今回直美のことをじっくり考えていたら、最初に覚えた既視感がなんだったのか、ようやくわかった。

 元祖破天荒女芸人・野沢直子さんと直美は同じ道を歩んでいるんではないかと僕は思う。

 天下無双のダウンタウンさんがウッチャンナンチャンさんと若手の頃にやっていたコント番組「夢で逢えたら」。

 そこで競うように脇を固めていたのが、清水ミチコさんと野沢直子さんだ。

 女性だから、という言い訳はせず、でもきっちりと女性芸人としての立ち振る舞いをし続けたお二人。

 野沢さんは「ダウンタウンには勝てないと思ったからロサンゼルスへ行った」と、インタビューで答えていたことがある。

 そんな伝説の野沢直子さんに、直美は似ている。

 女性でありながら、女性らしからず、女性を言い訳にしない、女性ならではの生き方。

吉本本社で談笑したおじいちゃんが実は…

 ある日、直美が新宿の吉本興業本社でぼーっとしていると、隣に白髪混じりのおじいちゃんが座った。

 誰とでも仲良く話せる直美は、そのおじいちゃんとすぐに仲良くなったそうだ。

 半分くらいは語尾にタメ口を混ぜながら、朗らかに軽やかに喋っていると、直美も知っている吉本のお偉いさんがやってきた。

 直美は反射的にパッと立ち上がり、その社員に挨拶をした。が、その社員は直美そっちのけでその白髪混じりのおじいちゃんに深々と頭を下げる。

「社長、おはようございます」

 白髪混じりのおじいちゃんというのは、あの大崎洋であった。

 吉本興業の現会長・大崎洋は、マネージャーとしてダウンタウンさんと共に芸能界のテッペンに駆け上がった。言わずもがな、我が事務所のドンだ。

 その大崎さんとは知らず、そこらの公園に寝転がっているおじいちゃんと話すかのように直美はケラケラとお喋りをしていた。そんなエピソードは、漫画くらいでしか聞いたことがない。まるで『サラリーマン金太郎』、まるで『釣りバカ日誌』、まるで『島耕作』。

 大崎会長としては、地位の高くなった自分とフランクに接してくる渡辺直美が珍しく、嬉しかったのだろうが、直美自身その時は誰と話しているかも分かっていなかったのだ。

 そりゃ、フランクにもなる。

 けれどこれも、誰とでも垣根なく楽しく接せられる渡辺直美の人間性の賜物だ。

 それから直美はことあるごとに社長に可愛がられることになる。

吉本興業の宝

 何度もご飯に行ったし、細々としたピンチも救ってもらったと聞いた。

 会長は、あの時自分に物怖じせずに接してくれたから渡辺直美を守り可愛がるのか。

 それとも、渡辺直美という才能が、吉本興業にとって有益だから可愛がるのか。

 無論、どちらもあるだろう。

 けれども僕は、直美が若かりし頃の野沢さんに似ているからだと勝手に思っている。

 ダウンタウンさんと凌ぎを削っていたあの頃の野沢さんの片鱗が、渡辺直美にはあると。

 それが吉本興業の宝と感じているから、だと思っている。

徳井健太(とくい・けんた)
1980年北海道出身。2000年、東京NSCの同期生だった吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。バラエティを観るのも大好きで、最近では、お笑い番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。趣味は麻雀、競艇など。有料携帯サイト「ライブよしもと」でコラム「ブラックホールロックンロール」を10年以上連載している。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw

2020年11月28日 掲載