コロナで苦しむ映画界にダブルパンチである。斯界のドン・東映グループの岡田裕介会長(享年71)の急逝。新聞各紙の訃報には吉永小百合の追悼文も掲載されたが、そんな二人の秘められた「逢瀬」……。

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「訃報は、『孤狼の血』の編集作業で東映の撮影所にいた時に聞きました」

 と言うのは、「凶悪」「孤狼の血」などで知られる、白石和彌監督である。

「プロデューサーが血相を変えて、“会長が亡くなりました”と。“会長ってどこの会長?”って聞いたら、岡田会長だと言う。とても信じられませんでした。だって、9月半ばにも打ち合わせ中に会長が現れて、“頼むぞー”と声を掛けてくれたばかり。お元気そのもので、今でも信じられないくらいですよ」

 監督が驚くのも当然で、亡くなった11月18日も岡田氏は平常通り出社。吉永小百合主演映画の宣伝指揮を執っていたという。が、帰宅後に倒れて救急搬送。急性大動脈解離に命を奪われた。

「東映のドン」と呼ばれた故・岡田茂氏の長男として生まれた裕介氏は、慶応大学在学中に俳優としてデビューした。プロデューサーに転身した後、東映に入社。撮影所長などを経て、社長、会長を歴任した。

 中でも吉永主演作品のほぼすべてに携わるなど、業界を代表する熱狂的「サユリスト」であったのはよく知られた話である。

戦争中だって…

「小百合さんの方も、岡田さんのことを、特別な視線で見つめていましてね」

 と回想するのは、さる古参の芸能ジャーナリスト。

「小百合さんにはスキャンダルがほとんどありませんが、その唯一と言っていいのが、岡田さんとの逢い引きを撮られたことでした」

 それを報じたのは、写真週刊誌「FOCUS」。昭和61年9月のことである。

 この日午後3時、杉並区内の駅に到着した吉永を岡田氏は車で出迎え、自宅へと誘(いざな)った。4時間を密室で過ごし、二人が再び出てきたのが夜7時。駅に送る途中の車中を捉えたのが上記の写真である。当時37歳の岡田氏は独身だったが、4歳上の吉永には夫がいた。直撃を受け、岡田氏は「出演する映画のホンを読んでほしいと頼まれただけ。吉永さんを1階に待たせ、僕は2階で台本を読んでいた」と弁明したが、

「小百合さんの慌てようはすごくて“何もないのに悔しい”“撮られて悔しい”と嘆いていたそうです。ただ、岡田さんの家に出入りするときは、毛布で顔を隠していたそうですが……」(同)

 他方の岡田氏は、

「写真を撮られた時にはさすがにまずいと動揺したのか、カメラマンに殴り掛かろうとしたとか。でも、記事発売後は堂々と記者会見を開いて関係を否定しました。その後で、お父さんからは“女優に手を付けるとは何事か!”と殴られたそうです。もっとも、吉永さんと会った1週間ほど前には別の女性が家に入る姿もカメラマンにキャッチされていますから、とにかくよくモテた人なんですよ」(同)

 生涯、独身を貫いた裏には何があったのか。

「懐の広い人でした」

 と、冒頭の白石監督。

「去年、『麻雀放浪記2020』という映画を撮ったんですが、出演者のピエール瀧さんが公開直前、コカイン使用で逮捕されてしまった。何とかノーカットで上映したいと思って会長にお願いに行ったら開口一番、“監督はやってないだろうな”。いたずらっ子のような笑みを浮かべて僕の願いを聞いてくださり、完全版で公開が果たせました」

 この4月、コロナ禍拡大で映画館は一斉に一時休館したが、「戦争中だって、パチンコ屋と映画館だけは閉めなかったんだ!」と、最後まで自粛に反対していたのも岡田氏だったという。

「映画を愛し、常に斯界の行末を考えていた人でした」(白石監督)

 そんなところに彼女も魅惑されたか。あの世でも、きっとサユリストであり続けるに違いない。

「週刊新潮」2020年12月3日号 掲載