各界で活躍する超一流アスリートは果たしてどんな食事をしているのか。彼らを支える妻たちに「勝負メシ」「出世メシ」を訊くと、健康のみならず美容にも効果的な創意工夫があった。以下の具体例を読めば、今夜から献立に役立つヒントが得られること請け合いである。

 ***

 スポーツ選手の勝負メシといえば、かつては“カツ丼”が鉄板だった。しかしそれもいまは昔――。

 例えば昨シーズン、11勝を挙げ4回目の最多勝に輝いたプロ野球、東北楽天ゴールデンイーグルス・涌井秀章投手(34)。内助の功で支えた夫人で、モデル・作家の押切もえさん(41)は、

「成績が良かったのは、本人の努力が実ったからだと思います。あくまで私はサポート役なので……」

 と、謙遜しながら言う。

「登板前で自宅にいるときは消化のよいものを食べてもらうように心がけています。本当にちょっとしたことですが、豚肉でも、消化がよくて脂質の少ないもも肉を使います。脂質は消化に時間がかかるからです」

 いま第一線で活躍するアスリートは、栄養学に基づいた食事をしていることが多い。それをキッチンからサポートしているのが妻たちである。野球、ラグビー、サッカーで活躍する3人の現役選手の妻に、それぞれの勝負メシを聞いた。

 さて、ここ数年の不調からみごとに復活した涌井投手は、登板前、どんな食事を摂っているのだろう。

「エネルギー源の糖質を摂るため炭水化物をいつもより多く食べますが、糖質を効率よく燃焼させるのがビタミンB1とアリシンという栄養素なんです。例えば、ビタミンB1を多く含む豚のもも肉と、アリシンが豊富なネギやニンニクという組み合わせです」(押切さん)

 調理法にも優しさがにじむ。豚もも肉はそのままだとパサついて味気ないので、片栗粉をまぶして炒めることが多い。すると肉の水分が逃げず、ふわふわ感があって食欲をそそるのだ。食べるとき、そこに刻みネギを添える。

 また豚のヒレ肉を塩麹とすり下ろしたニンニクのタレに漬けて、塩、こしょうした状態で保存バッグに入れ、ひと晩おいて焼くことも。もも肉、ヒレ肉はビタミンだけでなく鉄分も豊富で、脂質が少なくヘルシーなのだ。

「栄養面だけでなく、美味しく食べられることを心がけています。主人は小さい頃、食べるのが嫌いで、偏食だったらしく、できれば朝も昼も控えたいタイプなんです」

 二人が結婚したのは2016年。押切さんはもともと料理が好きで、モデルを本業にした20代から料理教室に通い、独身時代はもっぱら自炊していた。

 結婚を機に、スポーツ選手を食事でサポートするための資格「アスリートフードマイスター」を取得した。資格取得の講座ではシーズン中、オフシーズン、試合前後など場面別に摂るべき栄養素を学び、献立を考える実技もあった。

「講座で教わるのは基礎。それをベースに、主人と話しながら最適な料理をいかにつくるかが大切ですね」

 時に教わった内容と違う選択をすることもある。

 たとえば朝食。食べないよりは食べた方がいいように思えるが、普段から朝食を摂らない涌井選手の場合、無理をして食べる方が身体に負担をかけることもある。そのため、当日のコンディションに合わせて、食べられそうなときに炭水化物中心の食事を摂ってもらう方がいい、という結論に至った。

「本人のストレスにならないことが大事だと思います。むしろ気をつけているのは、ビタミンCが豊富なトマトやパプリカなどを、登板前日に食べてもらうこと。先発投手として長いイニングを投げると、ストレスがかかってビタミンCが一気に消費されるそうなんです」

 試合があった日の夕食は、本人が一番食べたいものを聞いて料理する。ただ欠かさないのは「リカバリー食」をつくること。例えば、イカやタコなど、疲労回復に作用するタウリンが豊富な食材を使う。エネルギーになるご飯も必須だ。

「体重維持のためです。一昨年痩せたことがあって、でもよく測定したら筋肉量が落ちていたわけではなく、脂肪が落ちていただけなので問題はなかったのですが、急に体重が変化するのはバランスが崩れてよくないかな、と。だから、リカバリー食は大事なんです」

カーボローディング

 オフシーズンは、軽めの食事でいい、と夫から言われるそうだ。しかし体重が減った教訓があるので、ご飯を抜くことは譲歩しても、サラダと味噌汁はマスト。さらに肉と魚、パスタなどの麺類を加える。

 押切さんは「検索魔」を自任するほど、時間があるとネットでアスリート向きのレシピを調べる。いいと思ったメニューや情報は貪欲に採り入れ、バージョンアップを重ねている。

 研究熱心な彼女に影響されたのか、最近は涌井選手もオーガニック食材に興味を持ち始め、食事にも気を遣うようになったそうだ。

 同じアスリートでも、前後半80分間のほとんどを走り続け、ボディコンタクトが多いラグビーとなると、栄養の摂り方が違ってくる。

 15年、南アフリカ相手に歴史的勝利を果たしたW杯で、代表として活躍したNTTコミュニケーションズシャイニングアークス所属の山田章仁選手(35)。初のW杯代表入りが叶う前から絶好調だった。12―13年シーズンには初のトライ王、次のシーズンから2シーズン連続でプレーオフトーナメントMVPやベストフィフティーンに選ばれる。

「たまたまなのかもしれないけど、その頃は試合前日によく餅の豚肉巻き丼を食べていましたね」

 そう語るのは妻のローラさん(32)だ。“出世メシ”ともいえるこの丼は、スティック状に切った餅7〜8本に、300グラム前後の薄切り豚バラ肉を巻く。フライパンでそれを炒めながら、水、砂糖、醤油を大さじ1ずつ加えてからめ、ご飯に乗せてできあがり。

 甘めの照り焼き風はご飯が進む。実はこれ、試合前日から行うカーボローディングという食事法である。

「カーボローディングでは、炭水化物を多めに摂って、エネルギー源になる糖分を身体に蓄えるんです。豚肉は二つの仕事をしていて、一つは脂質が試合の序盤で燃えてエネルギーとなります。そのあとは豚肉に含まれるビタミンB1が、体内に蓄えた糖分をエネルギーに換える。だから80分間全力プレーできるわけです」

 涌井選手と同じ炭水化物と豚肉の組み合わせだが、競技が違うと方法や求める作用に少し違いがある。

 ローラさんはアメリカ生まれ。大学で健康カウンセリングの資格を取り、関連してメンタルヘルスと栄養学も学んだ。それをベースに、結婚の前年14年に押切さん同様アスリートフードマイスターの資格を取った。

 カーボローディングは試合当日も続き、朝食はミートソーススパゲティが定番。玉ネギ、豚の挽肉、ニンニク、缶詰のトマトソースでソースをつくり、約200グラムのスパゲティにかけ、バジルを添えれば完成。

「これは主人から、つくってほしいとリクエストが来ましたね。彼にとっては勝負メシの感覚かもしれません。ただゲン担ぎでご飯を食べるのは、メンタルヘルスを勉強した私からするとあまり賛成できないです。だって、遠征に行ったり、海外チームに所属したりするとつくれないことがありますからね。それで不安になったら困りますし」

 試合が終わると、その夜にはハーゲンダッツのアイスクリームを1個買ってくるという。普段は間食を一切しないストイックな生活なので唯一のご褒美だ。

 試合はほぼ週1回のペースで行われる。翌日からは、次戦に向けたコンディションづくりのため、夫から前の試合の聞きとりをする。

 後半バテ気味だった場合には、ネバネバ系の山芋やオクラを食べる。また、脚の動きが鈍くなった、身体が重かったといった場合には、肉を減らして野菜をたくさん摂るようにする。

「身体がぶつかり合うスポーツなので、身体に脂肪分がある程度ないと痛いそうなんです。だから炭水化物と脂肪分は必須です。バランスを考えながら慎重に脂肪を減らします」

「たった1キロ」

 山田選手は19年W杯の代表候補になりながら惜しくも出場は叶わなかった。それを機に、代表入りよりも一日でも長く現役生活を送ることに目標を切り替えた。食事の仕方も変えた。たとえば体重を必要以上に増やさないことだ。

 ローラさんが続ける。

「年を重ねると身体の衰えを補うために体重を増やして当たりを強くするという考え方があります。でも、増えた体重に関節などが耐えられなくなって故障する危険性があるんです」

 一番重い時の体重が90キロ。それに対しいまは83キロ前後。もし体重が増えたら、炭水化物を抑えつつ、野菜を多めに食べ、味付けも塩、こしょうだけにすることも。肉も脂肪分が少ないものに。

 食事面でいいと思ったことを積極的に採り入れているが、体質に合わなかったものもある。

 ネットフリックスで、ベテラン選手がベジタリアンの食事に変えて、身体が軽くなったという内容のドキュメンタリーを見るや、さっそく試してみた。しかし効果を実感できず断念した。また、他の選手に薦められた五穀米や玄米、これは消化しにくいと中断。

「食材に関してはトライアンドエラーですが、大切なのは、トレーニングの様子や体調を把握して、それに合った食材を考えて料理していくことだと思います」

 息の長い選手生活といえば、サッカーの稲本潤一選手、41歳はその代表例だ。

 W杯出場3回、アーセナルなど七つの海外クラブチームでプレーした。19年以降は、今季からJ2に昇格するSC相模原に所属する。

 長く一線で活躍できるのは食事に気を遣ったことも一因。妻でモデルの田中美保さん(38)によれば、

「シーズン中は揚げ物、マヨネーズは口にしないですね。夜、外食した翌日に体重を量って、“めっちゃ太った”と言うから、何キロ増えたの?と聞くと、たった1キロ。そんなの普通の増減じゃないの、と私は思うんですけど、毎朝毎晩体重を量って、私なんかよりも美意識が高いのだと思います(笑)」

 身体にいい物に貪欲な稲本選手はシーズン中、お酒も、好物のラーメンも控える。その代わり、関西出身ゆえ嫌いだった納豆にたくあんとネギと卵の黄身を混ぜると美味しいとわかって以来、毎日のように食べるようになった。

 だが、コンサドーレ札幌時代の16年、右膝前十字靱帯断裂で全治8カ月、17年に右膝外側半月板損傷・軟骨損傷で同5カ月と2年続けて大ケガを負う。

 そこで美保さんは、他の選手の奥さんから聞いたケガの回復にいいという「コラーゲンスープ」をつくってみた。手羽元8本、手羽中10本、長ネギの青い部分2〜3本、ニンニク2〜3片、ショウガ30グラム。これらをごく弱火で8時間煮込む。

「途中水を足して灰汁(あく)を取るだけで、あとは放って置けばいいので楽だし」

 と笑ってみせる。しかしその内心は「早くケガが治ってほしかった」と彼女が言う通り“祈りのスープ”。

「主人もすごく美味しいと言ってくれて。雑炊やお鍋の出汁に使ったり、主人の好きなカレーを煮るベースにしたり。残りは保存バッグに入れて冷凍すればいつでも使えるので便利です」

美容にもいいと考える

 ケガを機に、個人的に栄養士に頼んで、年に1回アドバイスを受け始めた。

 長く現役を続ける上で、良質なタンパク質を継続的に摂ることが大切だが、参考になったのは、坂田阿希子さんが著した『このひと皿でパーフェクト、パワーサラダ』という料理本。サラダだが、野菜やフルーツだけでなく肉を一緒に食べられるパワフルメニューが満載だ。柿とササミと香草のサラダや、豚バラ肉と紫キャベツのサラダ……。

「つくってみるとどれも美味しい。体重を減らしたいけどタンパク質を十分摂りたいときにぴったりです」

 さらに昨年、強い味方ができた。低温調理器“ボニーク”である。たとえばローストビーフは温度設定するだけで自動調理、3時間ほどでできあがり。

「主人も美味しいねって喜んでくれます。失敗したことない!」

 低温調理なので余分な脂肪分が落ち、旨みだけが凝縮されるのだ。しかも良質なタンパク質が低カロリーで摂取できる。鶏のハムやささみ、マグロのツナなども美味しく調理できる。

 導入して間もない鋳物ホーロー鍋「ストウブ」も、野菜料理に重宝している。熱伝導に優れ、無水で調理できるので野菜の栄養素が逃げにくい。

「私の料理の技術がまだまだ未熟なので、それを調理器具で補っている部分もありますね。夫も自分の身体に入るものをつくる道具だから、調理器具だったらなんでも買っていいよと言ってくれるんです」

 これまで3人のケースをみてきたが、いずれも品数は7品前後と多く、体調に応じてメニューを変えていくのが共通点だった。毎日のことなのでモチベーションを維持する大変さが、言葉の端々から伝わってくる。

 結婚前の美保さんは、料理は好きではなかった。結婚後、彼女もアスリートフードマイスターの資格を取って料理をつくり続けているのは、夫のためという気持ちはもちろんあるが、

「コラーゲンスープを飲むと肌の調子がすごくいい」

 と言うように、自身の健康や美容にも効果的だと思えたからである。冒頭に紹介した押切さんも同調する。

「あれつくらなきゃという自分に指令する感じではなく、食べたら健康になるし美容にもいいと考えるといいですよ。だから楽しいし、続けられるんです」

 アスリートの勝負メシは、スポーツで汗を流す子どもたちのためのレシピづくりに役立つのはもちろん、量を調整すれば一般人のヘルシー食に応用できるヒントが詰まっているのだ。

ノンフィクション・ライター 西所正道

「週刊新潮」2021年2月11日号 掲載