万骨枯る?

 渡辺直美(33)が3月1日、自身のインスタグラムで「4月からアメリカを拠点にする」と発表した。

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《ご報告です。この度4月からアメリカを拠点に活動することが決まりました!》

《今までも海外のお仕事は頂いておりましたが、本格的に2年前からアメリカや日本で海外に向けて準備してきました!》

 渡辺は《アメリカのエージェント会社2社と契約》し、《引き続きマネージメントは、吉本興業です》と報告。《日本のレギュラーやTV番組は3月いっぱいで一度卒業》と“背水の陣”であることを伝えた。

 芸能担当の記者が言う。

「メディアは総じて、好意的に報じています。例えばSmart FLASHは3月4日、『渡辺直美、アメリカで成功する可能性が高い「8つの理由」』という記事を配信しました。

 渡辺さんは2019年、ニューヨークの豪邸を購入して話題になりました。今回の報道でも改めて豪邸の件を紹介した記事が多く、彼女の“本気度”を伝えようとしているのだと思います」

 とはいえ、お笑い好きの方なら、「留学でも仕事でも、渡米したお笑い芸人で成功例は非常に少ない」という現実をご存知なのではないだろうか。

野沢直子が元祖?

 新聞データベースを使って「渡米したお笑い芸人」を検索すると、最も古い記事として野沢直子(57)が登場する。

◆「野沢直子 米国留学していた、本場の大道芸を勉強 妊娠説は父親が否定」(日刊スポーツ:1991年4月16日)

 野沢は80年代後半に大ブレイクを果たすが、91年3月に突然、全てのレギュラー番組を降板してしまう。

 日刊スポーツの記事は「タレント休業に入った野沢直子が、ニューヨークのセントラルパーク近くのマンションで、留学生活に入っていることが明らかになった」と報じたものだ。

 また、休業の理由を問われた野沢直子は「妊娠した」と煙幕を張って混乱を巻き起こしていたのだが、日刊スポーツは父親に取材して事実ではないことも伝えた。

 ちなみに、その後の報道では、野沢に相当な事情があったことが明らかになっている。

00年代の渡米芸人

 母親が死去したことで、彼女は強いショックを受けてしまったのだ。吉本興業が「仕事を続けられない」と判断。給料を払い続けることで、ニューヨークへの留学をバックアップしたという(末尾:註1)。

 ニューヨークでは「猿のモノマネ」のパフォーマンスが話題を呼んだとも報じられた。更にバンドを結成し、ギタリストと結婚、出産したことも話題となった。

 つい最近までは、年に1、2回のペースで帰国してテレビ出演する、“出稼ぎ”も注目されていた。

 野沢の場合は、日本での人気が持続している。実際のところ、アメリカのショービジネスで成功を収めたわけではないのだが、“渡米失敗”のイメージには乏しい。

 ならば2000年代に“渡米”が話題になった波田陽区(45)、なかやまきんに君(42)、長井秀和(51)の3人はどうだろうか。

 波田は2004年にブレイク。この頃、最高月収が2800万円だったことは有名なエピソードだ。その勢いに乗るかのように、05年にはニューヨークで単独ライブを開催した。

“筋肉留学”

 ネタは全て英語で演じ、当時のスポーツ紙は《全米デビュー》と報じた。波田も手応えを掴んだようで、「イタリアとかフランスにも行ってみたい」と意欲を燃やしていた(末尾:註2)。

 だが2010年代になると、波田の姿をテレビで見ることは激減した。16年に波田は福岡市に移り、九州を拠点として活動しているという。

 なかやまきんに君は、アメリカ留学で勉学に打ち込んだお笑い芸人としても知られている。

 デビューは1999年。2000年代後半には、かなりの人気を得ていた。そんな中、06年に“筋肉留学”と称してロサンゼルスに渡った。

 この時は短期留学だったが、08年に本格的な留学を行う。カルフォルニア州のサンタモニカ・カレッジ(2年制の公立大学)に入学を果たした。

 11年にサンタモニカ市立大学運動生理学部を卒業。好成績も報じられ、真面目に授業を受けていたことに称賛の声が集まった。

長井秀和の不倫

 長井秀和は2003年、「間違いないっ!」の漫談でブレイク。07年9月に会見を開き、「1年間、ニューヨークの語学学校に留学する」ことを発表した。

 集まった記者に「5、6年前から英語圏でスタンダップコメディーができる芸人になりたいという気持ちが強かった」と抱負を語った。

 ところが同年5月、長井がフィリピン滞在中に17歳の少女とわいせつな行為に及び、男数人に身柄を拘束されたことを「女性自身」と「FLASH」に報じられた。

 長井は金銭を払って解放され、所属事務所が「詐欺の被害者」と反論を行った。そうした経緯を経た上での留学発表だったのだ。

 渡米後は現地のコメディクラブでライブを開く様子が動画配信されたりしたが、再び女性問題が浮上する。同年10月にカナダ人タレントとの不倫が報道されたのだ。

 08年には離婚を公表し、会見で女性関係について反省を示した。だが、この頃からテレビ出演が激減してしまう。

綾部祐二の場合

 ここ数年で“渡米”が大きな話題になったのは、お笑いコンビ「ピース」の綾部祐二(43)と、ゆりやんレトリィバァ(30)だろう。

 ピースのブレイクは2011年とされるが、当初「アメトーーク!」(テレビ朝日系列・木・23:15)などでは、綾部のほうがトーク力などを評価されていた。

 だが相方の又吉直樹(40)が15年に芥川賞を受賞すると人気は逆転。コンビ間格差が目立ち始める。

 綾部は16年に会見を開き、ニューヨークを拠点にすると発表。18年にはWEBサイトを開設し、今も現地で生活しているはずだが、テレビなどの露出は極めて少ない。

 その一方で今年2月には、綾部が出演したモスバーガーのWEB・CM動画が公開された。期間限定メニュー「マッケンチーズ&コロッケ」を宣伝するもので、ネットメディアが記事にするなど話題になった。

 ゆりやんレトリィバァは3月7日、R-1グランプリ2021(フジテレビ系列)で優勝を果たした。彼女は関西大学で英語の勉強を続けたこともあり、ブレイク前からテレビ番組などで英語力を発揮していた。

異論が出た女性芸人も

 2017年に「女芸人No.1決定戦 THE W」で優勝。一気に知名度をアップさせた。そして19年、アメリカのオーディション番組「アメリカズ・ゴット・タレント」に出演を果たした。

 芸能メディアは「アメリカでは大ウケだった」と報じたが、日本での受け止めは異なった。

《角刈りのカツラに、星条旗をあしらったきわどい水着姿で、手首を中心に体を動かす奇妙なダンスを披露》(末尾:註3)というネタの内容に、SNSなどでドン引きを表明した人も少なくなかった。

 渡米した芸人のうち、主に話題を集めたものをご紹介したが、“アメリカでブレイク”した芸人は、むしろ日本を拠点としている者が少なくない。

 この世界でのパイオニアは電撃ネットワークだろう。現在のメンバーは6人、リーダーの南部虎弾(69)が自ら布団圧縮袋に入り、空気を抜かれる芸が有名だ。

 徹底的に体を張った芸は言葉の壁を簡単に越えるため、欧米でも「TOKYO SHOCK BOYS」の名前は知られている。

“本場”のギャグは無理?

 古坂大魔王(47)はアメリカどころか、全世界で人気者となった。ピコ太郎に扮した「ペンパイナッポーアッポーペン」の動画は2016年に全世界的な人気を呼ぶ。インターネットの発達により、日本にいながら世界にネタを配信できる時代になったわけだ。

 また一流の“芸”を持つ者は、日本在住であっても海外から出演依頼が来るケースが多い。具体的には、パントマイムのが〜まるちょば、腹話術のいっこく堂(57)が代表例だろう。

 日本人がチャレンジするのが難しいスタンダップコメディーは、ぜんじろう(53)が海外のテレビ番組に出演を果たしている。

 一方、日本人の女性コメディアンとして、アメリカではTamayo Otsuki(60)が最も成功を収めている。日本ではTAMAYOの名前で“逆輸入”デビューを果たしたこともあった。

「90年代のアメリカでは最も高額なギャラが支払われるコメディエンヌとも言われましたが、日本では全く人気が出ませんでした。人種差別を笑い飛ばすネタが、日本人には理解できなかったからです」(芸能担当の記者)

渡辺直美のポイント

 日米では笑いのツボが違うという事実を、改めて実感させられるエピソードだろう。

 渡辺直美の場合は、ビヨンセのモノマネなど、言葉の壁を越えられるネタがある。それがどこまで通用するかがポイントとなるようだ。

註1:日刊スポーツ「連載 横沢彪のお笑い三国志(78)NYでウケる野沢直子の『サルのマネ』」(1992年11月7日)

註2:スポーツ報知「波田陽区が米NYの『シアター・ロウ』で単独ライブ『ブッシュ斬り』」(2005年7月16日)

註3:朝日新聞「(いま聞く)ゆりやんレトリィバァさん コメディアン お笑いで、なぜ世界をめざす?」(2020年10月24日)

デイリー新潮取材班

2021年3月19日 掲載