平成ノブシコブシ・徳井健太がお笑いについて熱く分析する連載「逆転満塁バラエティ」。

 第14回目は、「チョコレートプラネット」について。

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「チョコプラっておもしれぇな」

 元・ハローバイバイ(元・ギンナナ)金成公信、現・吉本新喜劇座員千葉公平という先輩がいる。

 もはや何を言っているのか分からないかもしれないが、今は千葉さんになった金成さんは本当にすごかった。僕らの3つ上の先輩だったが、実力とパワーは関東屈指の天才ツッコミだったと思う。

 そんな金成さんと、5年くらい前に楽屋でお笑いの話をしたことがあった。

「チョコプラっておもしれぇな」

 突然話しかけられた。金成さんと話すのはいつも緊張する。お笑い数値を測られているようで口調も動作もいつもより固くなり、ぎこちなさがどうしても隠し切れない。

「あぁ、そうですね。ネタも面白いし独特な世界観を持っているし」

「いや、そうじゃなくてさ」

 僕の当たり障りのないお笑い評論は1秒で覆された。

「∞(むげんだい)ホールで華丸大吉さんがMCやってる時に、いろんな若手と交じってチョコプラも出てる回を何となく見てたんだけど……」

「あいつら、ちゃんとガヤやってんな」

 ということで今回は、キングオブコントの決勝に3度もコマを進めた強者なのに、苦労人の称号も得ているチョコレートプラネット。長田庄平と松尾駿のコンビは結成からちょうど15年。

 彼らのことを考えてみたいと思う。

「ちょっとちょっと!」がガヤなのか?

「ガヤ」ってなんだろう。

 ここ数年よく聞くが、僕はいまいち分かっていなかった。

「ちょっとちょっと!」

 そう言いながら右手を突き出し、少しだけ立ち上がり前に乗り出す。

「なんでですか!」

 大きな声を上げながら、顔を紅潮させる。

 こんなことを芸人がやっている姿を、テレビでよく見る。

 これがガヤだと、僕も誰に教えられるともなく何となくそう思っていた。

 けれど小さいながらライブなどでMCをやるようになり、テレビにちょこちょこ出させてもらうようになってから、その考えは変わった。

意味のあることしか喋ってはいけない

 金成さん、いや千葉さんとの話の続き。

「あいつら、舞台の上手と下手に分かれてさ。長田は華丸さんの言ったボケに被せてボケて、松尾は松尾で大吉さんから突っ込まれようとボケ続けてたんだよ。あんなにちゃんとガヤやれてる若手初めて見たわ」

 人によって考えが違って当然だが、芸人というのは、人前に出たら意味のあることを喋るしかないと僕は思っている。

 意味のない、場を埋める言葉はMCや先輩が散りばめてくれる。

 場を与えられた若手芸人は、どんな些細な一言でも魂がこもっていなくてはいけない。

 たとえそこにスベるというリスクがあろうとも。

 意味がない「ちょっとちょっと!」を叫びながら大勢の中に紛れ、落ち着いたらまた座る。

 どう考えても意味がないし、ガヤとは言えないと思う。

 それは先輩を見れば一目瞭然で、特に「さんまのお笑い向上委員会」という芸人にとって戦場とも言える番組では、常に超重量級のミサイルが飛び交っている。

「麒麟・川島」「陣内智則」「今田耕司」は何がすごいのか

 裏側を分析するようで、こんなことはあまり言わない方がいいと分かってはいるが、言いたいから言う。

 麒麟の川島さんが、どれだけのスピードで誰かの行動に対して「捻りを加えた一言」を放り込んでいるか。

 陣内智則さんが立ち上がる時は、必ずその場の笑いを自ら背負い、落とし切る。

 今田耕司さんは、どんな不可解なボケにも、はっきりと笑いが起きる方法でボケ返す。

 そうして生まれる多種多様な笑いに、お笑い怪獣明石家さんま大先生がさらに笑いを加えてお茶の間に差し出す。

 あの場では、普通が必要ない。

 だからすごく怖い。

 口を開いたら、立ち上がってしまったら、意味のある異常なことを発信しなければならない。

 しかも笑いを取らなければならない。

 それができない。

 できるわけがない。

賞レースでは結果を出し切れなかった

 けれどチョコプラは、すんなりやってみせた。天性なのか考えた結果なのか、ガヤの本質が備わっていたのだ。

 お笑い怪獣を前にした戦場で、当たり前のように結果を出し、テレビで見ない日はないくらいに売れていった。

 それは、賞レースで結果を出し切れなかったことも僕は関係していると思っている。

 チョコレートプラネットは、芸歴2年目の若さでキングオブコントの決勝に進出する。

 とんでもない偉業で、つまりはセンスの塊とも言える。当然これが売れるきっかけになってもおかしくはない。

 だが、チョコプラは足踏みをしてしまった。仕事はほとんど増えなかったという。

負けたことが最大の武器に

 そしてその6年後、2014年にまた決勝に駒を進める。

 賞レースの決勝は初出場するよりも、2度目に出る方がはるかに難しい。

 お客さんに手の内がバレてしまっているから新鮮さも感じてくれないし、青田買い感も失われる。

 普通に面白いでは勝ち進めない。圧倒的に面白くなくてはならない。

 そんなハードルを越え、チョコプラは決勝で同期のシソンヌとコントで対決することになった。

 これには胸を打たれた。

 当時は準決勝で敗れた芸人が投票して優勝者を決める審査方法だったので、その場にいた芸人たちもきっと目頭を熱くさせたに違いない。

 だが、チョコプラは準優勝。またしても辛酸を舐める結果になってしまった。

 シソンヌは素晴らしかった。コントに一途、コントバカであり続けた狂気のコント師シソンヌがようやく報われたわけだが、大勢の芸人とダウンタウンさんの前で敗北を喫したチョコプラは、さぞ悔しかったことだろう。

 それが、売れっ子になった現在のチョコプラの最大の武器になっていると思う。

「どんな仕事でも、文句を言わず精一杯やろう」

 僕ら平成ノブシコブシも形は違えど、同じような経験がある。

 同期のピースの存在だ。

 何をするにもピースは完璧で、結果をしっかりと出し続けていた。その背中を見ているうちに、僕はピースには敵わないと心底思うようになっていった。

 相方の吉村はどう思っていたか分からないが、結果としては同じようなことを心に決めたのだと思う。

「どんな仕事でも、文句を言わず精一杯やろう」

 前向きで真面目、お手本のようなことに思えるかもしれないが、そんな大層なことではない。

 そもそも当たり前のことで、格好良くもない。

 むしろ、格好悪いことだと思う。

 台本で書かれた通りのことをしっかりやり、番組内で期待されている自分の役割をきっちりこなす、「メディアマシーン」になる。

 まさに、番組成立屋。

 吉村は芸能界で一番の成立屋になったと思う。

 怒る演者、不機嫌なスタッフ、絡みづらいタレント、破綻している台本。

 時にはそんなこともある。

 だが、吉村がいるだけで、編集すれば当たり前のように面白くなるのだ。

ネタやトークに自信がないから、文句を言わなかった

 僕も吉村ほどじゃないが、文句は言わない。

 つまりは、自己主張もしない。

 最近になってようやく、もっと良い方法はない?と聞かれれば答えることもあるが、テレビに出だした当時は、どんな極寒の地でも吉村は裸になって脇を鳴らしていたし、僕はどんな危険なことにも顔色を変えずに挑戦していた。

 きっと、ネタやトーク力に初めから自信があったら、こうはならなかっただろう。 芸人としての自分のスキルに絶望していたからこそ、どんな状況でも文句を言わずに、僕らは操り人形のようにやり続けた。

 そして吉村は「元気な破天荒」になり、僕は「不可解なやつ」と呼ばれるようになった。

 もちろん元来そのような性質があったのかもしれないけれど、本当のところなんて自分でも分からないし、もはやどうでもいい。

 ただ、とにかく求められるものに応えるために、当時は必死だった。

売れるために手段を選ばないチョコプラは一切ブレていない

 チョコプラも、そうなんじゃないのかな?と、僕は勝手に思っている。

 というのは、チョコプラはこれまで、キングオブコントの決勝に3回も進んでいる。ものすごい快挙だ。でも、自分たちのネタに天狗になることはない。

 ネタはあくまで売れるための手段の一つ。

 僕らはそう考えていたが、チョコプラの同じような姿勢にシンパシーを感じる。

 松尾のIKKOさんのモノマネ、長田の和泉元彌さんのモノマネ、それに、TT兄弟やMr.パーカーJr.のショートネタ、「香水」の歌まねでも話題になったYouTube「チョコレートプラネット チャンネル」。

 売れるためには手段を選ばず、一見ブレているように思う人もいるだろうが、チョコプラは一つもブレていない。

 むしろ、ネタの意味やネタ作りの意識は、より一層強固になっていると思う。

 世間に認められる笑い、求められる笑いをやりたいということで、実際、愚直にそれをやり続けているのだろう。

恐ろしいほどポップ

 同期でありライバルであるシソンヌは天才肌で、好き嫌いの分かれる独特なコントを作っているからか、チョコプラは恐ろしいほどにポップだし、世間からズレたこだわりもない。

 シソンヌの一見ズレたこだわりも僕は大好きなのだが、チョコプラは誰に何と言われようとも、真芯でヒットを打ち続けている。

 たまに場外へぶっ飛ぶホームランも放つ。

 その上、広角打法でどんな球も打ち続ける。内野安打だろうが、相手のエラーだろうがエンタイトルツーベースだろうがデッドボールだろうが関係ない。

 恐れることなく塁に出続けたチョコプラの今は、信頼感に満ちている。

 だから、きっとスタッフさんたちも、無理難題をチョコプラに押し付けたりしていると思う。

 ただ、そんな悪球もイチロー同様、あいつらからしたらど真ん中に変わりない絶好球になる。

 片目を瞑って打ち返すことだろう。

礼儀に厳しいピース綾部にも可愛がられる松尾

 ここまで書いてきたチョコレートプラネットの二人だが、実は一緒にご飯を食べたり酒を飲み交わしたことがほとんどない。

 あくまで仕事上の付き合いばかりだ。

 そんななか、松尾とはある会で1度だけ一緒になったことがある。

 ピース綾部祐二の誕生日会だ。
 
 僕はそもそもパーティーやサプライズ誕生日会が苦手だ。興味もないから、ほとんど行ったこともない。そんな数少ない機会で顔を出した時に、松尾がいたことには驚いた。

 何しろ綾部は後輩に厳しい。

 実際そのサプライズバースデーにいたのは渡辺直美や横澤夏子といった女性芸人ばかりだった。綾部はフェミニストだから女性には優しい。

 以前綾部は、「何も注意することがなく、かつ面白いと思える後輩はハリセンボンの近藤春菜くらいしか思いつかない」と言っていた。

 それくらい綾部の「お笑い礼儀レーダー」は厳しい。

 その網をかいくぐり、松尾が綾部の誕生日会にいるというのは、それだけで人懐っこさと人としてのポテンシャルの高さを証明していた。そして実際、話してみると、話しやすくて可愛げのある後輩だったことをよく覚えている。

口論を仕掛けてくる長田に感じた「付き合いやすさ」

 対して長田とはルミネの劇場で口論になったことがある。

 細かいことは置いておくとして、話のテーマ、

「ヤンキーは昔悪いことをしていたのだから、今になって少し良いことをしたくらいで褒められるべきではない」論争だ。

 もちろん、僕も長田も正解なんてない。

 ただ僕は「過去は過去」として捉えるものだと思っているが、長田はその意見に真っ向からぶつかってきた。

 ちなみに僕と長田とは年齢はほとんど変わらないものの、芸歴は僕の方が6年も先輩だ。

 けれど真正面から噛み付いてくる。

 それが、僕には心地よかった。付き合いやすいと思った。

 顔を合わせているときは調子のいいことを言いながら、裏で悪口を言うような人間より、よっぽど信頼できる。

 僕からすれば、ルミネで長田と言い合った記憶は、長田への可愛げを感じた日になった。

芸人にとって一番大切な資質「可愛げ」

 つまり、チョコレートプラネットは二人とも可愛いってことだ。

 ダウンタウンの松本人志さんが、芸人に一番必要なのは「可愛げ」だ、と仰っていた。

 ツッコミの腕やボケの質、視野の広さや空気の読み方はもちろん必要だが、高い位置まで行った先に必要なのは、自分ではどうにもできない、努力では身に付かない才能。

「可愛げ」

 チョコプラはそのいかつい見た目からは伝わりにくいかもしれないが可愛げがある。

 それに加え敗北を知っている。

 そして、身近なシソンヌに抱いたであろう焦燥感と嫉妬心。

 高みにのぼりつめるための武器を、いくつも持っているのだ。

 それに、チョコレートプラネットというコンビ名。すごくダサいと思う。

 平成ノブシコブシが言うことではないが、それもまた持って生まれた可愛げなのだろう。

徳井健太(とくい・けんた)
1980年北海道出身。2000年、東京NSCの同期生だった吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。バラエティを観るのも大好きで、最近では、お笑い番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。趣味は麻雀、競艇など。有料携帯サイト「ライブよしもと」でコラム「ブラックホールロックンロール」を10年以上連載している。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw

2021年3月20日 掲載