「家に入ってもらいたいんだ」

 志村けんさん(享年70)が新型コロナウイルスで亡くなってから1年が経った。数多くの共演者との浮名を流してきた志村さんの“最後の女性”がはじめて明かす、稀代のコメディアンの最期とは――。

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「(志村さんと)知り合ったのは5年ほど前です。知人に誘われて志村さんの誕生日会に参加したのがきっかけでした」

 そう語るのは、都内在住の元タレント、田崎優里さん(仮名)。おっとりした話し方が印象的な現在30代の美女である。

 そんな彼女が、志村さんにとって「特別な存在」となったのは2020年に入ってからだった。

「週に3回から4回は会うようになったんです。待ち合わせは麻布十番のスパが多かった。二人で岩盤浴を楽しみ、好きな飲食店をはしごしていく、というのが定番のパターンでした」(以下、「」内コメントは優里さん)

 逢瀬を重ねるうち、志村さんは、公私を支えるパートナーになって欲しいと、優里さんに期待を寄せるようになる。

「昨年2月には“付き人できる?”というLINEをいただいて、麻布十番にマンションも用意してくださるという話もあった」

 優里さんが決心を固めたのは、同月下旬に開かれたある食事会がきっかけだった。

「決定的だったのは、志村さんの古稀を祝う会に、ご親族とともに呼んでいただいたことでした」

 さらには、

「志村さんからお兄さんたちには、“一緒になる女性だから”と紹介してくださいました」
 
 食事会のあと、志村さんと二人で訪れた六本木のバーでは、

「ひとしきり飲んでから、帰り際、運転手さんがドアを開けていてくれたところで最後キスをされて……。とても恥ずかしかったのを覚えています」(同)

死因はコロナだけではない?

 優里さんが志村さんの異変を察知したのは、“キス”の翌月、3月15日のことだった。

「その日は豆源という麻布十番の豆菓子屋さんで18時半に待ち合わせしていたんです。でも、時間を過ぎてもやってくる気配がない。志村さんは時間に厳しい方なので、遅れることはめったにありません」

 おかしいなと思いながらLINEにメッセージを送っていると、

「30分ほど経って、ようやく返事がきました」

 だが、そのメッセージは、

〈Iどこ !ですすか??〉
〈ガフフエ いきます〉

 と、意味のとれない言葉になっていた。

「実際に会うと、ふらふらして今にも倒れそうな歩き方でした」

 聞くと、志村さんは、

「“昨晩、自宅の階段から転げ落ちて1時間ほど気を失っていた”と話していました」

 というが、この2週間後、志村さんは帰らぬ人となった。

「16日にCT検査をして、脳の異常はなかったそうなのですが、その4年前に肺炎を患って以降、身体が弱っていたそうで、特に最近は階段も支えてあげないと上がれないほどでした。最終的にはコロナに感染してお亡くなりになったわけですけど、亡くなった原因はそれだけではない気が今でもしています」(同)

 所属していたイザワオフィスの担当者は、

「死因はコロナだったことに間違いありません」

 と回答した。4月1日発売の週刊新潮では、優里さんが語る志村けんさんとのエピソードを詳しく報じる。

「週刊新潮」2021年4月8日号 掲載