俳優の田中邦衛が老衰により88歳で亡くなっていたことが、4月2日に遺族から明らかにされた。訃報が流れたその翌日、奇しくも彼の生まれ故郷である岐阜県で、東京五輪の聖火ランナーを務めたのが女優の竹下景子(67)だ。あの“名作”でも共演した彼女が、心に刻まれた個性派俳優の姿を回顧する。

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「亡くなったことをニュースで知った後、邦さんの故郷を走ったことに巡り合わせを感じます。聖火のトーチを手にしながら、邦さんと一緒に走っているような気持ちになって……。邦さんと呼ばせていただいていましたが、それは私だけではありません。会う人は皆、親しみを込めてそう口にしていたと思います」

 そう語る竹下は、フジテレビ系ドラマ「北の国から」で田中扮する黒板五郎の義妹・雪子役を演じ、山田洋次監督の映画「学校」などでも共演を果たしてきた。

「邦さんと長い付き合いになるきっかけとなったのは、やっぱり『北の国から』ですね。1年、2年と撮影にブランクがあっても、21年もの間、放送されてきたドラマですから。その邦さんに、もう会えなくなった実感が湧きません。今でもフッと声をかけてくれそうな気がしています」

 俳優座出身の田中は、1961年公開の映画「大学の若大将」で主役の加山雄三の好敵手「青大将」を演じ、コミカルなキャラクターで頭角を現す。その後、高倉健主演の「網走番外地」シリーズや、菅原文太主演の「仁義なき戦い」シリーズで名脇役として地歩を固める。言うまでもなく、役者としても竹下の“大先輩”にあたるが、彼女はこう振り返る。

「ドラマの収録など、お互い違う仕事で居合わせても、邦さんはわざわざ私の楽屋まで足を運んでくれた。あの独特な口調で『元気か〜い』と声をかけに来てくださって。本来なら、後輩の私から挨拶に出向かないといけないのに、どこまでも気さくな人でしたね」

 撮影が終わっても、その姿が変わることはなかった。

「ご存じの通り、『北の国から』のロケは北海道の富良野が中心でした。黒板家の蛍ちゃんと純くん、そして五郎さんの3人は厳しい冬の間、1カ月くらい滞在していましたが、邦さんは実に地元に溶け込んでいましたね。一人で街中へ出かけては、好きなラーメン屋や喫茶店を見つけて足繁く通っていた。若大将シリーズなどで知名度も高く、映画スターでもあったのに気取ったところがまったくない。地元の人たちに“五郎さーん”と声をかけられると、『拝まれちゃったよ。参ったなぁ』って、照れくさそうに話していましたよ」(同)

ぴったりした役が…

 オフでも着飾らず、「五郎さん」のような恰好のまま外出していたこともあってか、富良野の人々に“地元民”として親しまれていたそうだ。

 再び竹下に聞くと、

「富良野から離れた山奥に秘湯があって、邦さんは時間があるとフラッと出かけていましたね。冗談で『禊(みそ)ぎを済ませてきた』なんて笑わせてくれて……。地元の人たちと交流が深い邦さんのことですから、そうした場所も教えて貰っていたんだと思います」

 2002年に「北の国から」の放送が終了してから、人々が彼の姿を目にする機会は少なくなっていく。最後の出演作は10年公開の映画「最後の忠臣蔵」で、12年に催された地井武男(享年70)のお別れの会に出席して以降、公の場に姿を現すことは一切なかった。

「私が最後に邦さんにお会いしたのも、地井さんのお別れの会でした。あれだけ多くの映画やドラマに出演していらっしゃったのに、近頃お見かけしなくなったなとは思っていました。お年を召されていたので、お身体の具合を心配していましたが、こんなふうに突然、お別れがくるとは……」(同)

 年来の共演者でも、最晩年の様子を窺い知る機会はなかったという。

 田中と親交があった映画関係者によれば、

「実は『北の国から』には続編の話もあり、他の仕事のオファーもあったけど断り続けていましたね。何より家族や娘さんたちとの時間を優先したようです」

 実際、長き不在で「俳優引退」が囁かれていた7年前、本誌(「週刊新潮」)の取材に自宅で応じてくれた田中夫人は、

「時々仕事のお話は頂きますが、ぴったりした役がないのでご辞退しておりまして。これまでは夫婦で出歩くこともなかったので、今は余生を楽しんでいます」

 と話していた。「北の国から」では妻と別れ、男手一つで2人の子供を育てた五郎さん。舞台を降りた名優は本当の「我が家」に帰り、最愛の妻と2人の娘たちに見守られながら人生の収穫期を迎えていたのだ。

「週刊新潮」2021年4月15日号 掲載