コロナ禍は和楽器文化の世界にも影を落としている。現状を「かなり危機的」と訴えるのは、東京・葛飾区で三味線専門店「三絃司きくおか」を営む、東京邦楽器商工業協同組合の河野公昭理事長(62)だ。

「いまや和楽器業界は瀕死の状態です。理由は能や歌舞伎などの上演に加え、演奏会やコンサートも全国的に開催中止や延期に追い込まれているから。職人の中には“収入が半年以上も途絶えている”“もはや廃業しかない”と嘆く声が決して少なくありません」

 しかし、行政の動きは鈍い。東京都は「東京三味線」や「東京琴」を保護すべき「伝統工芸品」に指定しているものの、それを支える職人の支援策はいまだ示されないままだ。その間も都内の工房は減り続け、現在は29軒。埼玉、群馬など近隣地域を含めても、わずか40軒に過ぎない“絶滅危惧種”と化している。

「三味線にもいろいろと種類があるんです。稽古用なら7万円から10万円程度ですが、歌舞伎などの世界で“囃子方”と呼ばれるプロの奏者や各流派のお師匠さんが使うものになると、50万円から100万円、時には150万円と高額のものも。これまで年に数件は楽器新調の相談や注文が寄せられていましたが、それもこの1〜2年は完全に途絶えてしまいました」

独立を前倒し

 河野理事長の憂色は濃い。

「最近は収入のほとんどを楽器の修理やメンテナンスで得ています。三味線の音は四角い『胴』の部分に張られた皮が命で、これが古くなったり、傷むと音が鈍ってしまう。仕事のほとんどがその張り替えで、費用は犬の皮なら2万5千円ほど、猫なら倍の5万円から6万円ほど。とはいえ、それが必要なのは、毎日のように音を出しているもので、1〜2年に1回。演奏しなければ、さほど傷みは進行しませんからね」

 給料の支払いに窮し、若手職人の独立を前倒しさせた工房もあるという。

「それでも、若手がいるところはマシですよ。ほとんどの職人は65歳以上と高齢で、後継者の確保は業界全体の急務ですから」

 もっとも、手に職を付けようと弟子入りを希望する若者も皆無ではないが、

「何年も下積みが続く現実を知って“思っていたのと違う”と数日で辞めていくケースが多い。このままでは、技術はもとより和楽器文化の継承が滞り、ひいては楽器自体の供給が途絶える事態になりかねない」

 そんな青息吐息の業界のために立ち上がったのが、2014年にデビューした、三味線や箏、尺八などを駆使する8人組のロックグループ「和楽器バンド」だ。

「音楽の灯を絶やしてはいけない、という一心で決断しました」

 とは事務所関係者。昨秋には三味線の老舗メーカー「東京和楽器」に、ファンからの募金にライブの売り上げの一部を加えた約800万円を寄付。さらに、今年8月から2年ぶりの全国ツアー開催に踏み切る。

「私たちにできることは人々に音楽を届けること。万全な感染対策を講じれば、一人も感染者を出さない安全なライブの開催は可能なはず。それを、身をもって示したいと考えています」

 批判も覚悟していたが、

「意外なことに、開催を喜んでくださる声の方が多かった。しっかり期待に応えていきたいですね」

 全国24都市の会場では、引き続き募金や和楽器業界の支援を呼びかけるそうだ。

「週刊新潮」2021年7月1日号 掲載