コロナ禍での音楽フェスの開催に批判が集まる中、主催者やアーティストからは「経済的な理由でコンサートを開かざるを得ない」という声が聞かれる。彼らが主張するように、コロナ禍で活動に様々な制約が課せられ、経済的に大きな打撃を受けたアーティストは少なくない。今回、歌手生活20年を超え、これまで11枚のアルバムと4枚のシングルを発売したジャズシンガーの五十嵐はるみさんに話を聞いた。

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 2000年にメジャーデビュー、2008年には全米デビューも果たし、ライブを中心に活動していたジャズシンガーの五十嵐はるみさんは、新型コロナによって活動が制限されてしまったアーティストの1人である。

「コロナの前は、都内でだいたい2か月に1回、150人くらい入る会場でライブをしていました。その合間には、地方公演で北海道から沖縄まで全国各地を回り、10日間で6本くらいのステージをこなしていました。年間にすると100公演、会場によって違いますが、チケット代は6000円くらいです。他にも、企業やライオンズクラブ、ロータリークラブなどの周年記念のパーティに呼んで頂き、歌を披露することが多かったです」

 この1年余りは、そのライブ活動がほとんど出来ていないという。

「去年、新型コロナの流行が始まった最初の頃は、様子を見ながらライブを続けていたのですが、3月に志村けんさんが亡くなり、世間の雰囲気がガラッと変わりました。感染者の多い東京の人がライブのために地方を訪れることが難しくなり、公演を延期や中止にせざるを得ませんでした。その頃から今に至るまで、緊急事態宣言が解除されていたタイミングで運よく出来たライブを除いては、ステージに立てていません。これまでのライブ中心の生活が、この1年余りですっかり変わってしまいました」(同)

 収入の大部分を占めていたというコンサートのチケット代は、ほとんど入らなくなってしまった。

「ライブを開けない今は、ホームページやアマゾンなどのネットショップを中心にCDを販売するしかありません。地方公演の物販では、CDを買ってくれるお客さんも多かったのですが、今はなかなかそういうわけにもいきません。一方で、家にいる時間が長くなったからとCDを聞いてくれる方や、応援の意味も込めて買ってくださる方が増えたのは、嬉しかったです」(同)

補助金の申請を16回

 新型コロナによって活動に影響が出たアーティストのために、文化庁は補助金交付などの支援を行っている。昨年、五十嵐さんも補助金を申請し、その煩雑な手続きに苦労したという。

「去年の夏、文化芸術活動の継続支援事業補助金の募集があり、今年の2月頃に満額の100万円が振り込まれました。補助金の申請に必要な書類は膨大で、専門的な用語も多く、書類を準備するだけでも本当に苦労しました。ミュージシャンの中には、パソコンの扱いに不慣れな人も多いですから、こういった書類の準備が特に苦手な人も多いと思います。私の場合は、マネージャーと協力して書類を準備しましたが、不備があって何度も出し直すことになり、結局16回目で申請することが出来ました」(同)

 それでも五十嵐さんは、“自分は恵まれた方だ”と感じているという。

「申請のためには、プロのミュージシャンだということを何らかの形で証明しなければなりません。私の場合はメジャーデビューをし、CDも出しているのですんなりいきましたが、特にバックバンドをやっているアーティストは、ミュージシャンの仕事で生計を立てているのに、それを証明するのが難しいという方もたくさんいます。補助金申請のハードルがあまりに高く諦めたという方が、私の周りだけでも40人くらいいます。小さなライブハウスで地道に活動を続けているミュージシャンがいることに、文化庁は気づいていないのではないかとさえ思います」(同)

 補助金を貰えた五十嵐さんも、万事解決とはいかなかった。

「もちろん頂けたことは本当にありがたいですが、100万円の補助金だけでは平時の年間の収入にはほど遠く、経済的に厳しい状況が続いています。貯蓄を切り崩しながらなんとかやっていくしかありません」(同)

支援や補助金は不十分

 9月6日からは、文化庁の別の補助金の申請が始まった。「コロナ禍を乗り越えるための文化芸術活動の充実支援事業」の2次募集で、感染ガイドラインに沿った公演の実施や、中止になった公演のキャンセル料に対する補助金が最大で2,500万円交付される。

「法人もしくは任意団体であることが応募の条件なので、まず私はジャズプロジェクト実行委員会という任意団体を立ち上げました。団体設立の手続きだけでもかなり大変でしたが、税理士の方に助けてもらいながら、なんとか進めています。今回の補助金は、2021年末までの間に開かれるライブや公演に対して支払われるものなので、コンサートの計画書を作成しなければなりませんでした。無事に開催出来るかどうか不安が残るまま、10公演ほどライブをブッキングしました。他にも感染予防対策徹底の誓約書など、必要な書類を準備し、さらには、まだかなり先の公演にも関わらずフライヤーまで作成しなければいけません」(同)

 五十嵐さんは、アーティスト支援のためのチャリティーTシャツの販売プロジェクトを始めるなど、この難局を前向きに乗り越えようと奮闘している。その上で、支援や補助金のシステムには課題が多いこと指摘する。

「正直なところ、感染症対策の面から言えばどうしてもリスクが残るライブ開催に対する補助だけでは不十分だと思います。いつまたデルタ株のように感染力が強い変異株が出てくるかも分かりませんから、計画を立てても本当に開催出来るのか不安が残りますし、それはお客さんも同じだと思います。事実、今回の緊急事態宣言も当初9月12日までとされていたものが、30日まで延長することが発表されました。もちろん早くライブを開きたいという気持ちはありますが、ライブだけではなく、楽曲の製作やCDの発売に対する補助金があれば、より多くのアーティストが安心して活動を続けられるのではないでしょうか。そもそも、文化庁の補助金申請のハードルがあまりに高いと思います。事実私の周りにも、活動を諦めざるをえなかった人がいますし、残念ながらそういう人はこれからますます増えていくでしょう。コロナが収まった後、以前と同じようにライブを楽しむためには、今こそアーティストに対するきめ細やかな支援が必要だと思います」(同)

デイリー新潮取材班

2021年9月10日 掲載