“会うのも嫌だ”

 ダチョウ倶楽部の上島竜兵さん(享年61)が亡くなって1週間が経った。いかに故人が周囲に愛されていたかは、彼にまつわるエピソードが尽きないことからも窺える――。

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 上島さんを語るうえで外せないのは、師と仰いだ志村けんさんの存在だ。二人が知り合ったのは二十数年前のことだったという。

「もともと先輩のプロレスラーが志村さんと知り合いで、ほどなく私も会食する仲になったのです」

 と語るのは、元プロレスラーでタレントの川田利明だ。

「麻布十番の焼き肉屋で深夜、志村さんと食事をしていたら、志村さんが“上島と知り合いなら呼んでくれ”と言うのです。言われるがまま、竜ちゃんに電話すると、“芸能界の大先輩だから畏れ多くて……会うのも嫌だ”と躊躇っていました。そこで志村さんが私の電話を取り、“いいから、四の五の言わずに来い”と。それが二人の初対面でした」

 この出会いをきっかけに上島さんは志村さんの番組にたびたび招かれるようになり、お茶の間を沸かせた。

竜兵会をきっかけに再ブレイクした有吉

 もう一人、上島さんと親しかった人物に、有吉弘行(47)がいる。「いわば太田プロの芸人の親睦会のようなもの」(芸能関係者)という、竜兵会のメンバーだった。猿岩石としてブレイクした後、ブームが去った不遇の時代を上島さんが支えた。

「上島さんは竜兵会で“次は有吉だ”“こいつは面白いから”と期待をかけていた。ただ、有吉さんは他の芸人さんの手前、そう言われるのが恥ずかしかったみたいで、“また言ってるよ”と笑っていました。有吉さんが猿岩石の歌をカラオケで歌ったりしたこともありましたね」(同)

 この竜兵会が有吉の再ブレイクにつながった。宴席の場で有吉の才能を知り、自身の番組での登用を決めた、放送作家の高田文夫氏が振り返る。
「竜兵会に遊びに行ったら、有吉が異常に面白いのよ。どんどん竜ちゃんをいじって突っ込んでいく。それで“おもしれえなあお前! ラジオでリポーターやれよ”って。何本かやらせてみると、それをテレビの連中が“面白いじゃん、有吉”と。それで徐々に売れていったんだよね」

 5月19日発売の週刊新潮では、周囲が目撃していた“異変”などとともに、上島さんの死を特集している。

「週刊新潮」2022年5月26日号 掲載