女性自身(電子版)は5月16日、「手越祐也 手掛けた脱毛サロンが全店閉店へ…YouTubeも不調で“テレビ復帰”を嘆願」との記事を配信した。

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 手越祐也(34)は2020年6月にジャニーズ事務所を退所すると、フリーとしての活動を開始。早速、YouTubeでの動画配信をスタートさせ、更に脱毛サロンをオープンした。担当記者は次のように話す。

「YouTubeもサロンの経営も、ジャニーズに所属している限り実現が難しいはずです。退所した手越さんがどんな手腕を見せるのかと、大きな注目を集めていました。ところが今年2月、週刊文春が経営危機を報じたのです」

 週刊文春の記事では、経営悪化のため7店舗が5店舗に縮小され、従業員も半減したことが伝えられた。

 本当に手越が経営に関与しているのか、という問題も浮上した。文春の取材に対しサロンの運営会社は、手越は「オーナーで株主」と説明した。

 ところが、手越の事務所は「運営会社と折り合えない部分があり、経営には関与しておりません」と釈明したのだ。

「どうも手越さんが経営者として陣頭指揮を執っていたのではなさそうです。言わば“名義貸し”に近い状態だったのではないでしょうか。FLASH(電子版)が『利用客への説明責任』を問題視するなど、手越さんの“モラル”が問われています。その一方で、負債を抱えたという報道は今のところありません」(同・記者)

岡本夏生の家賃収入

 芸能界が浮き沈みの激しい世界であることは、誰でも知っている。超の付く売れっ子でも、明日の保証は全くない。「副業で定期的な収入を手堅く得ることができたら」と、芸能人が願うのはよく分かる。

「人気芸能人が、映画監督、作家、画家、ブロガーとして成功を収めると、“副業で成功”と報じる芸能メディアもあります。しかし、人気や才能とリンクしている以上、やはり本業の一部と見なすべきでしょう。芸能人の副業で多いのは、不動産投資と店舗経営が双璧です。節税になる可能性がありますし、定期的に日銭が入ってくるのは魅力的なはずです」(同・記者)

 テレビ出演が全くなかった時期、「家賃収入で生きていた」と明かしたのは、タレントの岡本夏生(56)だ。

「岡本さんは90年代末にテレビの仕事が減少し、2000年代には“露出ゼロ”となりました。2010年代に復活を果たすのですが、その間の約10年は、所有している不動産からの家賃収入で生活していたそうです。当時は東京、静岡、岐阜に計4軒の不動産を持っていると報じられました。ひょっとすると今は、もっと増えているかもしれません」(同・記者)

 最近でも芸人のコウメ太夫(50)が、人気が落ちた時期、アパート経営で堅実に収入を得ていたことを明かした。

ビートたけしとカレー

 FLASH(電子版)は5月15日、「コウメ太夫 『エンタ』で掴んだ栄光と放送終了後の挫折…再ブレイクのきっかけは有田哲平の一言」の記事を配信した。

《気づけば月に2本しか仕事がなくなっていた。この苦しいときに金銭的に支えになったのが、人気に陰りが見えたときに始めたアパート経営だ》

《「マネージャーにお金もあるなら土地買ってアパートを経営したらいいとすすめられて始めた感じ。これは助かりました。正直、通帳の残高がどんどん減っていくときも、支えになるというか。今も土地の価格が上がっているので、ありがたいです」》

 飲食店を開く芸能人も後を絶たない。ビートたけしでさえ、「北野印度会社」というカレーのチェーン店を経営していたことがある。

 もともとは「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」(日本テレビ・1985〜1996)の企画だった。当時流行していた“タレントショップ”の流れで、軽井沢に第1号店がオープンした。

 だが、バブル崩壊などで苦戦。規模を縮小するなどしていたが、ネット上では「2000年代に姿を消した」という証言が多い。

伊原剛志のお好み焼き

「不思議なのですが、お好み焼き屋に挑戦する芸能人が目立ちます。タレントのはるな愛さん(49)は都内で飲食店を4店経営していますが、その中の1軒は鉄板焼のお店。お好み焼きが名物料理になっています」(同・記者)

 俳優の伊原剛志(58)もお好み焼きのチェーン店を展開していたことがある。2012年には23店舗を展開し、年商10億円の売上を達成した。

「4歳から大阪で育った伊原さんは、『東京には美味しいお好み焼きがない』と思っていたそうで、大阪のお好み焼きを出す店舗をオープンさせたところ大ヒットしました。高い評価に目をつけた『築地銀だこ』の運営会社が、2018年に5億円で買収しました」(同・記者)

 年商10億円という金額には驚いてしまうが、上には上がいる。副業でトップクラスの成功を収めた芸能人ともなると桁が違う。

 島田紳助(66)は2011年、暴力団との交際を理由に芸能界引退を発表した。芸能メディアは大騒ぎとなったことは記憶に新しい。

資産30億円!

 それを受けてスポーツ報知は、緊急連載「島田紳助・光と影」をスタートさせ、同年8月27日の連載第3回に「副業でも大成功 吉本と主従関係逆転か」を掲載した。

《超売れっ子タレントだった島田紳助にはもうひとつ、実業家としての「顔」もあった。大阪・ミナミにはスポーツ報知が把握しているだけでも4棟の持ちビルがあり、「紳助のビル周辺は別名『紳助村』と呼ばれている」(大阪府警捜査員)》

《これらのビルには、自身が経営するすし店、鉄板焼き店、しゃぶしゃぶ店、会員制バーが入居。ある不動産業者は「紳助の莫大(ばくだい)な資産は業界内でも有名な話」と前置きし、「ミナミのビル4棟だけでも30億円は下らない資産。あの場所なら、家賃収入だけでもひと月に1500万円くらいはあるだろう」と推測する。他に東京、沖縄で飲食業、大阪府内でマンション業などを手広く手掛けており、別の業者も「今の紳助はまさに金が金を生む状態。タレントを廃業したところで、痛くもかゆくもないだろう」と話す》

小林旭の負債

 しかし、成功者より失敗した人のほうが多いことは、誰もが知る常識だ。芸能人の副業でも、それは変わらない。

「特にバブル期に投資し、バブル崩壊で辛酸を嘗めた大物芸能人は少なくありません。今となっては信じられないほどの巨額負債を抱えた歌手や俳優がたくさんいました」(同・記者)

 例えば2003年、FLASHは小林旭(83)の自宅が債権回収会社によって「仮差し押さえ」の状態にあると報じた。

「小林さんはバブル期に不動産やホテル業などに投資しますが、バブル崩壊で失敗しました。自宅には51億円の根抵当権が設定。そのうち46億円は返済されていましたが、残り5億が工面できずに仮差し押さえとなったようです」(同・記者)

 同年11月に小林は新曲を発表したが、集まったメディアは借金にしか興味がない。そんな様子が、スポーツニッポンの記事「小林旭、ビジネスに失敗…借金告白――23年ぶり新曲発表」に描かれている。

《この日、集まった報道陣に小林は「好きで借金しているわけでない。我々芸人には何の保障もない。せめて自分の世界を支えられるように第2のビジネスを始めたんだけど、失敗した。借金も財産のうち」とさばさばした表情》

返済を重ねた藤田まこと

 ちなみに、小林は“タニマチ”の援助で負債を返済した。

 週刊新潮が2017年6月に掲載した、「昭和とバブルの影法師 『狂乱時代』の目撃証言 第2回 「地上げの帝王」早坂太吉 『小林旭』が肩を揉んでチャラにした40億円大借金」に一部始終が描かれている。

 他にも不動産投資で多額の負債が報じられた芸能人は多い。ほんの一部を、スポーツ紙の見出しからご紹介しよう。

◆五木ひろし ゴルフ場開発で20億円の借金 本人は”男のかい性”を強調(日刊スポーツ・1992年3月3日)

◆大屋政子さんのゴルフ場に会社更生法の適用を申請 負債161億円/奈良地裁(読売新聞大阪朝刊・1997年3月30日)

 不動産投資に比べると、飲食店経営は失敗しても火傷の度合いが少ないイメージがある。だが、現実は甘くない。こちらも失敗すると巨額の負債を生む。

◆藤田まこと 夫人経営「嵐山主水」が倒産 負債30億円 5店舗手放し返済(日刊スポーツ・1993年10月8日)

◆大場久美子 自己破産で釈明会見 女優一本で出直し誓う(同・1994年4月20日)

「藤田まことさん(1933〜2010)は奥さんが経営していたレストランが不渡りを2回出し、倒産しました。2004年にスポーツ報知のインタビューに応じ、『あと数年で完済する見通し』と明かしました。しかしながら、藤田さんは2010年に亡くなっており、『借金は返せなかった』との指摘もあります」(同・記者)

津川雅彦は絵画を売却

 大場久美子(62)は清純派のイメージが強かったため、負債の発覚は大きく報じられた。だが、その内容は詐欺の被害にあったようなものだったという。

「当時の所属事務所の社長から、レストランの代表取締役に就くよう命じられたのだそうです。経営が悪化すると、事務所の社長など関係者は行方をくらませてしまいました。大場さんは当初、矢面に立って負債を返済します。ところが、次第に支払いに限界を感じるようになり、自己破産を選びました」(同・記者)

 他にも枚挙に暇がない。千葉真一(1939〜202)は映画制作とレストラン経営の失敗で10億円の負債を報じられた。

「加山雄三さん(85)は連帯保証を務めていた観光会社が倒産し、5億円の負債を抱えました。ただ、加山さんは人気が落ちることはなかったので、完済に成功したそうです。津川雅彦さん(1940〜2018)は、手がけていたおもちゃ事業の経営が悪化し、負債は一時期6億円を超えたと言います。結局、所有する絵画などを売却して負債を圧縮。最後は支援企業が肩代わりを引き受けました」(同・記者)

“歌う借金王”

 島田紳助が桁違いの成功者なら、桁違いの失敗者は千昌夫(75)だろう。「歌う借金王」という“あだ名”を覚えている方も多いに違いない。

 読売新聞は2000年2月、「千昌夫さんの会社、特別清算を申請 負債1034億円」の記事を夕刊に掲載した。

《東京地裁に四日、特別清算を申請したことが八日明らかになった。民間信用調査機関の帝国データバンクによると、負債総額は千三十四億円とみられる》

《東京近郊でオフィスビルや外国人向けの賃貸住宅などを保有するほか、海外でリゾート事業も手がけ、九〇年には関係会社がハワイ・マウイ島のホテルを三百五十億円で買収するなど事業を拡大した。しかし、バブル崩壊後の不動産市況の低迷で不動産の売却損や賃貸収入の減少が続き、多額の借入金が経営を圧迫していた》

 債権者にとっては災難だろうが、成功者だけでなく失敗者でも“本物”は一種のすごみがある。

 手越のトラブルに人の心を惹きつける要素がないのは、要するに彼が“身銭”を切っていないからかもしれない。

デイリー新潮編集部