俳優・水谷豊。数々の人気ドラマに出演してきた彼のことを、私たちは画面を通してよく知っている。だが、知らない。水谷が何を考え、どのような思いで演じ、この先どこへ向かうつもりなのかを。初めて自らの人生を振り返る集中連載。第1回は「相棒」の真実。作家の松田美智子氏を相手に詳しく明かした、寺脇降板の真相、これまでの相棒たちへの思いとは――。(取材・文:松田美智子)

 ***

「『相棒』もいつかは終わりを迎えるでしょうが、どこまで続くのかは見えていないし、予想はつかない。でも、彼が最後の相棒になるのは間違いありません」

 今後について尋ねると、水谷豊はそう話した。7月14日に70歳を迎えた彼は、自らの俳優人生、そして来し方を、いま初めて振り返ろうとしている――。

 常に2桁の世帯視聴率をキープし、テレビ朝日系列の看板番組となった「相棒」。同シリーズは、今秋で21年目を迎える。

 水谷は、今年3月に放送を終えたシーズン20まで、400回近く主役の杉下右京を演じてきた。

「視聴率は大事ですが、毎回、狙って作っているわけではないんです。時には気が滅入るような暗い話もあるし、むしろひんしゅくを買うことを恐れない。それが『相棒』のいいところですね」

「相棒」について語るとき、水谷は、なんどもひんしゅくという言葉を口にした。

社会からはみ出してしまう“人間らしさ”

 人が本能的に生きようとすると、社会からはみ出すことが多々あり、ひんしゅくを買ってしまう。だが、そこには人間らしさがあり、その世界を描くことも大切ではないか、と彼は考えている。

「一方で、エンターテインメントに徹した話もあります。病気とか何か問題を抱えている人に、番組を見てくれている間だけは辛さを忘れてほしい、楽しんでもらえるといいなと思う。ひんしゅくとエンターテインメント、『相棒』でその両方ができたらいいと。ただ正解がない世界ですからね、今でも試行錯誤を続けています」

 シリーズ開始から20年の間に右京の相棒は4人替わっている。

 初代の相棒・亀山薫役を寺脇康文(60)が、2代目の神戸尊(かんべたける)役を及川光博(52)、3代目の甲斐享役を成宮寛貴(39)、4代目の冠城亘(かぶらぎわたる)役を反町隆史(48)が演じ、今年3月をもって降板した。反町の“卒業”を知ったファンの間で話題になったのは、次の相棒役に誰が選ばれるか、ということである。

 6月23日の公式発表まで、さまざまな俳優の名前が挙がり、女性になるのでは、という臆測まで流れた。結果は、初代の相棒、寺脇康文の復帰だった。水谷がそこに至る経緯を語る。

「一旦相棒を終わりにしたいということになってもいい」

「去年、シーズン20の撮影に入ったとき、僕はソリ(反町隆史)と『この先も続けることはできるし、ここで一旦相棒を終わりにしたいということになってもいい』という話をしたんですね。『どっちを選んでもいいんだ。それは俳優としての生き方だから。ソリがこの先をどう考えるかだ』と。ソリは7年目で(出演が)長く、次の世界を考えてもいい時期だと思っていたから」

 番組のプロデューサーもまた、水谷と同じ思いだった。水谷の話を聞いた反町は、シーズン20を区切りに特命係を去ることを選んだ。その際、水谷と番組スタッフは、反町がまたいつでも出演できるような設定を残そうと考えたという。

「ソリの結論が出たと同時に、次の相棒を誰にするかという話になるんだけど、僕の中ではずっと、この番組が終わる頃には亀山がもう一回来るぞ、というイメージがあったんですよ。プロデューサーの皆さんも、そういうことが起きたらいいな、と考えていることが分かった。だから、相棒は4代目までで、5代目はいらないと思っていました」

幻となった「相棒全員集結」

 ただし、亀山はサルウィン共和国(架空の国)で、子供たちに日本語を教えるために警視庁を退職している。どんなかたちで特命係に戻ってくるのか。

「それはメインの脚本家の輿水(泰弘)さんが考えています。毎シーズンの1話と最終話はいつも輿水さんが書いているんです。だから、右京の相棒のキャラクターは全部輿水さんが作ったものなんですね」

 劇場版の「相棒」は4本製作されているが、水谷は次作の構想を練っていた。

「実は、ソリがいる間に、これまでの相棒たちを全員集めて映画を作りたかったんです。コロナの影響でうまくいかなかったけど、番組が終わるまでにはやりたいね、という話になっています。映画なら、みんなを集める話ができるし」

 問題は、カイトこと甲斐享が罪を犯して刑務所に入っていることだ。

「そこは難しいんですよ。他の相棒と同じように復帰はできない。だから、違う形で再会できるといい。右京としては、やはりみんなに会いたい日が来るでしょう。大変なときもあったけど、いい時間も共に過ごしてきているので、相棒たちに会いたいなと思う気持ちは当然あるわけです」

 4人の相棒との再会を期待する水谷に、歴代の相棒たち、それぞれへの思いを尋ねた。

寺脇降板の真相

「寺脇は僕が『刑事貴族2』(日本テレビ・1991〜92)に出演したときに、初めて共演したんですね。彼と仕事をしている間、とにかく楽しくて、それが印象に残っていた。だから、『相棒』の松本(基弘)プロデューサーと誰を相棒にするかと話し合ったとき、最初に寺脇の名前が出てきて、すぐに決まりました。まったく迷わなかった」

 寺脇は水谷が10代の頃、「バンパイヤ」(フジテレビ系・68〜69)に主演していたときからのファンで、水谷の出演作品をほとんど観ていた。

「僕ね、実は『相棒』がシーズン化される前に、松本プロデューサーと輿水さんに『これはシーズン5までやることになる』と話していたんです。二人とも、まだ撮影が始まってもいないのに何を言っているのか、という顔だったけど、それから5年経っても終わる気配がない。で、そのときにね、寺脇と『この相棒で映画をやろう』と話した」

 水谷は映画ができるまではシーズンを引っ張ろうと考え、時機を待った。実現したのが「絶体絶命! 42.195Km 東京ビッグシティマラソン」(和泉聖治監督・2008)である。

 寺脇と組んだシーズン開始から、6年が経っていた。

「映画をやって、それがヒットして、いい成績を残した。その後、寺脇に、『このまま番組を引っ張っていると、僕の下でずっとやっていくことになるぞ』と伝えたんです。『今出れば、『相棒』の勢いがあるから他で主役ができる。だから、いつまでも居ちゃだめだ』と。本人も主役を望んでいただろうし、僕もいつか寺脇を主役にしてあげたい、という気持ちがあったんですよ」

釈然としない様子だった寺脇

 寺脇は先の映画で、第32回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。脚光を浴びていた時期だった。

「『相棒』が駄目になってから出たのでは、チャンスが少なくなるでしょ。慣れたこの環境に安住しない方がいいと思った」

 そのときの寺脇には、水谷の気持ちが理解できなかった。釈然としないまま、番組を降板した。

「のちに寺脇が、なにかで話していましたね。『あのとき豊さんが何でそんなことを言うのか分からなかったけど、後で分かった』と。寺脇は辞めたくなかったかもしれない。だけど僕は『主役をやれ。主役として責任を背負う経験をするのは、役者にとって大きなチャンスだ。新しく見えてくるものが必ずあるから』と伝えた」

「相棒」を降板してからの寺脇は活躍の場を広げ、さまざまな映画やドラマ、舞台に出演。他局のシリーズ作品で主役を務めている。

 今回の異例ともいえる「相棒」再登場には、「主役を演じることで成長してほしい。新しい世界をみて、また戻ってきてほしい」という14年前の水谷の気持ちが反映されているのだ。

「光ちゃんにはものすごいプレッシャーが」

 2代目の相棒に選ばれたのは及川光博だが、寺脇のイメージが強いだけにファンの反感が予想された。

「僕の経験上、何かを変えると、『前の方がよかった』という意見が多いんですよ。それで、及川光(みっ)ちゃんの作品を見せてもらって、プロデューサーも彼でいけるということになったとき、『続けるうちに、こっちもいいね、という人が必ず出てくる』と話し合ったんです」

 当初、及川が演じる神戸尊の設定が警察庁のキャリア組であったため、ファンから「右京とはエリート同士なのに、何が面白いんだ」と批判されたという。

「僕は、同じエリートでも、はっきり違いが出てくるから気にしていなかったけど、光ちゃんにはものすごいプレッシャーがあったと思う。初登場でいい視聴率が出たときには涙ぐんでいましたね。寺脇以降の相棒たちは、大変なプレッシャーを感じているはずなんですよ」

 神戸尊は、右京の相棒になるためではなく、右京をスパイする目的で特命係にやってきた。尊の「お言葉ですが」という決まり文句とともに、亀山薫とはまた違う魅力が浸透していった。

「光ちゃんはね、僕のことを先生と呼ぶんですよ。『熱中時代のファンだったので、僕にとっては先生です』と言って。それで、3年間やって撮影が終わったとき、彼が『もう、最後までずっと我慢していました』と話して、『熱中時代』の劇伴(げきばん)(サントラ)のアルバムを出したんですよ。『これにサインしてください』って」

不仲説を書き立てた一部のマスコミ

 及川は3年で降板した。寺脇の出演期間の半分だったため、一部のマスコミが水谷との不仲説を書き立てた。

「もう光ちゃんがね、『なんで僕たち、こんなに仲悪く書かれるんですか』ってよく言ってましたよ。ドラマを観てれば、二人の仲がいいことは分かるよ、って答えたけど、ああいう記事って何だろう。本当にいい加減にしてくれ、という気持ちはありましたね」

 及川だけではない。寺脇が降板したときも、3代目の成宮寛貴のときも、水谷との不仲説が流れた。

「みんな順番に書かれたんだよね。ソリだけは、仲の良さを時々マスコミに流していたので書かれなかったけど。(他の相棒とも)これ以上仲良くしなくてもいいでしょってくらい、仲が良かったのにね」

「俳優の仲が悪くなるという現象が理解できない」

 相棒は替われども、主役の座は揺るがないためか、不仲の原因は水谷の横暴にある、とまで書かれた。

「天皇、絶対君主、暴君とまで言われてね。僕をそんなに立派にしないでください、っていつも思いますよ。でも、現場のスタッフたちが分かってくれているから、それでいいんです。本当に相棒同士がぶつかっていたら、仕事にならない。芝居はできないんですよ」

 水谷はこれまで仕事をしてきて、「俳優の仲が悪くなるという現象が理解できない」と語る。

「現場に入って芝居をしているときは、一緒に何かに向かっているという連帯感のようなものが生まれるんですよ。こうしたらいいか、ああしたらいいか、アイデアを出しながらやっていく。どうやって面白くしていくかという日々です。もし、関係がギクシャクしていたら、画面に表れますよ。観ている人に分かる」

成宮抜擢の理由は?

 及川の出演期間が3年になったのは、当初から予定されていたことだった。

「光ちゃんは歌手でもあるから、コンサートのツアースケジュールが大変なんですよ。スケジュールを削ったり、調整してこっちに来てくれるんです。ずっとツアーを犠牲にするというのは限界があるし。辛くなるだろうと思って、3年くらい頑張ってもらえれば十分だと考えていました」

 水谷は及川が神戸尊を演じていた当時、コンサートへ行き、その才能を改めて確認したという。

「彼はやはり素晴らしいエンターテイナーですね。歌だけじゃなく、トークも面白いし、自分の世界をしっかり持っている。お客さんはたまらないだろうな、と思いながら観ていました」

 神戸尊は、古巣の警察庁に異動するという形で特命係を去る。彼もまた、必要があればいつでも特命係に顔を出せるポジションなので、その後のシリーズに数回出演している。

 3代目の甲斐享役の成宮寛貴は、撮影が始まったとき30歳で、歴代の相棒の中では一番若い。

「僕は当時60歳で、ダブルスコアの年齢差。彼の場合は何人かの候補者の中から選ぶときに、右京が一度若い人と組むのもいいだろう、ということになって」

 甲斐享は、右京が警察庁次長である享の父・甲斐峯秋に「ご子息を」と頼み、特命係に連れて来た相棒だ。

「右京にしては珍しいことだけど、やはり誰か相棒が必要だったんですね」

 成宮もまた、かなりのプレッシャーの中でスタートした。新人やゲストを迎えたとき、水谷がいつも心がけているのは、相手の緊張をほぐすことだ。何気なく話しかけ、ジョークを言って笑わせたりする。

撮影が終わると涙を浮かべるほど「過酷な現場」

 ゲストが口をそろえて「楽しい現場だった」と語るのも、彼がその雰囲気を作っているからだ。

「及川光ちゃんもそうだった。ナリ(成宮)もそうだった。ソリも。みんな最初のシーズンの撮影が全て終わったときにね、必ず涙を浮かべますよ。そのくらい7カ月の撮影は過酷なんです。日々芝居を作って、台詞を覚えて芝居してというのは。ましてやね、すでにあるチームに入ってくるわけだから。精神状態もいろんなことになると思う。それを乗り越えてたどり着くから、ある種の感動が芽生えるんですね。特に最初の1年はインパクトが強い。終わったときに抱き合ったり、涙ぐんだりするのは(歴代の相棒たち)みんな同じです。よくやったね、って」

 成宮も及川と同じく、3年で降板した。最終話の「ダークナイト」はファンにとっては衝撃的な終わり方で、話題を呼んだ。

「あれもひんしゅくを買った作品ですね。右京としては、カイト君の思いは正しい、だけどやり方は間違っている、ということです。要は彼の正義感を責めることはできないけど、警察官としては間違った。でも、人ってああなってもおかしくはないんですよ。僕は、人は極限までいくことがあるという話を、ものすごく納得して演じていたんです」

 右京はカイトと別れるとき、また会えるときがくると話し「待っています」と告げる。再会を予感させるようなラストシーンだが、3年の出演期間は既定のことだったのだろうか。

成宮からのあいさつ

「ナリの場合は、若い分、あまり長くこっちに縛っておくのもどうかという判断です。俳優として他にやりたい仕事も当然あるだろうし。そういう意味での3年だったんですね。それに、常に前へ向かう『相棒』としては、これくらいのスピード感は必要かと」

 新たな活躍を期待しての降板だったが、その翌年、成宮は芸能界からの引退を発表した。

「残念でした。僕にはちゃんと連絡がありましたけどね。こういうことになりました、ありがとうございました、というあいさつが。彼が自分で選んだ道ですからね。俳優じゃなくてもいいんですよ。いい世界を持ってほしいと思いますね」

 4代目の冠城亘役に選ばれた反町隆史は、7年間の出演で歴代相棒の最長記録を達成した。

「ソリは、ナリと違って年齢的にも落ち着いた状態にいたから、できる限りやろうということで、ここまで長く続いたんです」

 水谷は反町について「とにかくタフ」と語る。

「精神が本当にタフだと思いましたね。7カ月間、毎日脚本を読みながら2本並行で撮影して、終わったらまた新しい脚本が届いて、次の撮影に入る。シーズンの初めと元日には2時間スペシャルもある。客観的に見ると大変なことで、精神がどこかに行きそうになるんですよ。しかもソリは4代目で、13年かけてすでに出来上がっている世界に入ってきて、7年間それを続けたんですからね」

「ソリは本当にいい奴」

 水谷は「これまで嫌な俳優に会ったことがない」と言うが、なかでも反町は特別だった。

「ソリは本当にいい奴。人間性というか、温かくて人への優しさを持っている。一緒に仕事してよかったなと思うし、お互いにまたいつかチャンスがあったら、やろうねとなる。もちろん、代々の相棒に対しても同じ気持ちだけど」

 相棒は亀山薫、神戸尊、甲斐享、冠城亘と続いたが、これらの名前には(か)で始まって(る)で終わるという共通点がある。

「名付け親の輿水さんは3人目までまったく気付いていなくて、その法則を発見したのは同じ脚本家の戸田山(雅司)さん。輿水さんは戸田山さんに指摘されて初めて気が付き、法則に従って冠城亘と命名したそうです」

 そして「最後の相棒」となる亀山薫が帰ってきたことで、この法則は完結した。

「相棒が交代して、右京が変わるとすれば、自然に変わるわけで、それが一番いい。ただ、右京は何があっても前に進みます。あの頃はできなかったけれど、今ならできるという発見が、必ずあるはずですから」

 今回、水谷は初めて自らの来し方を振り返る取材に応じた。

「60歳のときだったら、たぶん依頼を受けなかったと思います。まだ振り返る時期ではないと。古希を迎えた今年が、タイミングだと思ったんです」

「相棒」の話にとどまらない、「70歳までの人生とこれから」を水谷が語り尽くす。

(以下次回)

水谷 豊(みずたにゆたか)
俳優。1952年生まれ。13歳の時に劇団ひまわりに入団。「太陽にほえろ!」「傷だらけの天使」「熱中時代」など多くの人気ドラマに出演。「相棒」では20年以上にわたり杉下右京役を演じ続けている。6月に公開された「太陽とボレロ」など、映画監督としてもこれまで3作品を発表。10月に「相棒season21」がスタートする。

松田美智子(まつだみちこ)
作家。1949年生まれ。フィクション、ノンフィクションともに多くの作品を手掛けてきた。小説に『天国のスープ』、ノンフィクション作品に『越境者 松田優作』『仁義なき戦い 菅原文太伝』などがある。

「週刊新潮」2022年8月11・18日号 掲載