婚活パーティーの変形というべきか、婚活バスツアーというものがある。パーティーよりもはるかに長い時間、男女が過ごすことになるのだが、長時間ゆえの楽しさも苦しさもあるようだ。フリーライターの石神賢介氏が57歳からの再婚に挑み続ける本連載、第9回目は日帰り婚活イチゴ狩りツアーの実況レポートである(ツアーの実施は2019年です)。

(文中の紹介文、登場人物はプライバシー保護の観点から一部を変更してあります)

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まる一日婚活するバスツアー

 寒い週末の朝7時、僕はJR上野駅横駐車場にいた。婚活バスツアーに参加するためだ。このツアーはネットで発見した。男女がまる一日行動をともにして交流を深め交際につなげる婚活企画で、大手旅行代理店の子会社が運営している。目的地は千葉県、房総半島のファームと牧場だ。

「婚活バスツアー いちご狩りとキラキラ ライトアップファーム」

 キャッチコピーが目をひいた。

 参加費は1万5千円。高いか、安いか、それは自分次第だと思った。

 バスツアーならば、参加者の人間性が見える。お見合いパーティーはふつう1時間半から2時間程度だ。しかし、バスツアーはまる一日。じっくり相手を観察できる。集団行動なので、社交性や協調性もわかる。

 実は、何十年も観光バスに乗ったことがなかった。記憶にある最後のバスツアー体験は小学校6年生の修学旅行の日光。あのときは乗り物酔いに苦しんだ。いろは坂の急カーブに耐えられず、担任教師から与えられたビニール袋の中にゲロを吐き、隣の席の女子が顔をしかめた。彼女とは卒業するまで一度も口をきけなかった。それ以来観光バスを憎んで生きてきた。しかし、今はもう大人だ。時代も違う。バスのシートもエンジンも向上し、揺れは改善されているはずだ。いい酔い止めの薬もある。

 ところが、申し込みにはもう一つ大きな障害があった。年齢枠が設定されていて、その上限を僕は大幅に超えている。

「男性は25歳から50歳位」

 ホームページに記されていたツアーの上限を7歳も上回っていた。7歳オーバーは“位”の域ではない。でも、問い合わせは自由だ。参加できる年齢枠のツアーもあるかもしれない。

「もしもし、御社のホームページで、〈婚活バスツアー いちご狩りとキラキラ ライトアップファーム〉の案内を見た者ですが」

「はい! 参加ご希望ですか?」

 体育会系出身と思わせるはきはき声の女性スタッフが出た。

「あ、いえ……、いや……、まあ、そうなんですけれど。このツアーは、男性は何歳まで参加可能でしょうか?」

 わかっているけれど、聞く。

「50歳位となっております」

「ああ……、やっぱり……」

 残念な気持ちが電話の向こうの相手に伝わるように大きくリアクションした。

「失礼ですが、おいくつでしょう?」

「いや、オーバーしているので」

「多少のオーバーならお受けしております」

 ホームページに書かれていたとおり、位なのだ。

「57です」

「そうですかあ……」

 相手のトーンが下がった。そりゃそうだろう。57歳は年齢制限をオーバーし過ぎている。

「そうなんです……」

 しばし沈黙の時間が流れた。

「でも、参加ご希望でいらっしゃるわけですよね?」

「はい……」

「少しだけ、電話を切らずにお待ちいただいてもよろしいですか」

 会話が一度とぎれ、受話器から音楽が流れ始めた。ヨハン・パッフェルベルの「カノン」だ。妙にアップテンポで明るいアレンジになっている。

 電話の女性は上司に相談しているのだろう。待っているうちに猛烈に恥ずかしくなってきた。電話を切りたい。しかし、切ったら参加はできない。その時、カノンが途切れ、さっきの女性の声が耳に響いた。

「お待たせして申し訳ございません。お受けできそうです!」

 主催者は年齢枠を厳密に守るよりも1万5千円の売上計上を優先した。

婚活バスツアー、出発進行!

 隣の席の女性がちらちらとこちらを見ている。20代だろう。小学生の頃にテレビで見ていたアニメ「アルプスの少女ハイジ」のクララに似ている。小柄で、目が大きく、まつ毛が長い。こんなオジサンがどうしてここにいるの……という目線だ。

 彼女に悟られないように、僕は効き目の早い液体タイプの酔い止めの薬を飲む。

「皆さん、おはようございます!」

 黒のパンツスーツのスタッフがマイクで挨拶をした。

「おはようございまーす!」

 参加者もいっせいに声を上げる。

 これは婚活だ。パートナーがいない寂しい男女が多いはず。にもかかわらず、参加者は目一杯明るい。

「本日は〈婚活バスツアー いちご狩りとキラキラ ライトアップファーム〉にご参加いただき、ありがとうございます! 今日一日、よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いしまーす!」

 その日初めて集まったとは思えないほど声がそろう。まるで小学校の遠足だ。

 参加者は男女とも20人で計40人。進行は通常の婚活パーティーと同じだ。発車とともに男女の会話はスタート。隣同士の男女がおたがいのプロフィールを交換して話す。5、6分で男性がシートを移動。次の女性と話す。

 午後はイチゴ狩りをして、夕方から夜にかけてはライトアップされた牧場を訪れる。

 車内を見渡すと、参加者の主流は20代から30代だろう。圧倒的に年齢が高い僕は目立つ。修学旅行の引率の先生になった気分だ。

「会話をスタートする前に、私から一つ、アドバイスがあります」

 スタッフが少しトーンを上げた。

「今日はできるだけ多くの人と連絡先を交換しましょう。ただ話をするだけでは、何も生まれません。連絡先がわかれば、後日アプローチできます。お友達を紹介し合うこともできます。初対面の相手に連絡先を教えるのはご不安でしょう。特に女性は躊躇して当然です。でも、皆さんは大人です。よほど嫌な相手でない限り、教えましょう。もし後で何か問題が起きたら、たとえば交際を断ったのにしつこく連絡がきたり営業されたりした場合は、弊社に連絡をください。責任をもって対処します」

 きっぱりと言った。

「では、さっそくお隣のかたと会話をスタートしてください!」

 その合図で男女全員があらかじめ記入していたプロフィールを交換し、会話を始めた。車内が一気ににぎやかになる。最初の相手はクララちゃんだ。実名はモリエさん(仮名)といい、年齢は28歳だった。服装は色落ちしたブルーのデニムに白のTシャツ。きれいな女性はラフな服装でもおしゃれに見える特権を持っている。職業欄には「会社員」とだけ記入されていた。

「いきなり年寄りでごめんなさい」

 ちょっと卑屈だが、最初から謝っておいたほうがいい。

「いえ、年上のかたに興味があります。父親より若ければ交際範囲内です」

 社交辞令だとわかっていてもうれしい。

「お父様はおいくつですか?」

「59歳です」

 ちょっと安心する。

「よかった。僕より上です。ちなみにお母様は?」

「50です」

 聞かなければよかった。

 モリエさんが28歳で婚活バスツアーに参加していることには驚かされた。自分が20代のころ、すでに結婚相談所はあった。しかし、恋愛は仕事関係や学生時代の友人といった日常的な交流から生まれるものだと思っていた。結婚相談所には、人生を金銭で売買するイメージもあった。

 しかし、今は20代のクララのような顔の女性が貴重な週末をまる一日使い、しかも1万5千円を投じて婚活バスツアーに参加している。

「私、何年も男性とお付き合いしていません。職場はコールセンターで、フロアの9割以上は女性です。ふだんの暮らしではまったく出会いがないんですよ」

 彼女は専業主婦になりたいという。しかし同世代の男と結婚したら、共働きは避けられない。年上ならば多くの場合自分よりも収入は多い。家庭で子育てに専念できるかもしれない。だから、婚活市場で有利な年齢のうちに相手を見つけたいそうだ。

 職業柄僕は初対面の人と話すのが苦ではない。むしろ平均的な男性よりも得意なほうだと思う。年齢というハンディはあるものの、このバスツアー方式は意外と向いているかも、と思ったのは甘かった。このあと僕はコミュニケーション能力なんかとは関係ない壁にぶちあたったのである。(続く)

石神賢介(イシガミ・ケンスケ)
1962(昭和37)年生まれ。大学卒業後、雑誌・書籍の編集者を経てライターになる。人物ルポルタージュからスポーツ、音楽、文学まで幅広いジャンルを手がける。30代のときに一度結婚したが離婚。

2020年10月3日 掲載