現代の婚活の王道といえば、婚活サイト、結婚相談所、婚活パーティーといったところだろう。しかしこうしたド直球のようなスタイル以外に「変化球」も数多く用意されている。

 前回に続き、57歳になっても婚活に挑み続けるフリーライターの石神賢介氏が50代に入ってから体験したエンタテイメント性の濃い婚活を紹介する。今回は「婚活料理教室」と「婚活×お寺」。

 その成果はいかに……。

(文中の紹介文、登場人物はプライバシー保護の観点から一部を変更してあります)

婚活料理教室にチャレンジ

 40代から婚活パーティーに参加し始め、なかなか成果が上がらず悩み、50代の半ばになった頃、つまり今から数年前、婚活料理教室にも参加したことがある。キッチンスタジオで男女がペアで料理を作ることで、親しくなる婚活企画だ。

 料理をすることについて、僕にはまったく抵抗がない。包丁も扱える。一日中空腹だった10代のころ、いつも自分で食事を作っていた。母親が料理を不得手にしていて、彼女がしたくをするのを待っていると、なかなかご飯にありつけなかったのだ。

 1年だけ結婚生活を送った元妻も料理が不得手で、いっさい作らなかった。しかたがなく、カレーやシチューくらいは自分で作った。

 さらにフリーランスの記者として、雑誌で料理の連載記事を書いていた時期もある。この記事のレシピで読者は作れるのか……。毎号不安だった。記事に間違いがあると、読者からクレームが来る。そこで、毎回、レシピの原稿のとおりに自作していたのだ。

 婚活料理教室の会場は、東京・池袋のマンションの一室にあった。週末に開催される、男女各4人、計8人での会だ。

 いいことなのか、よくないことなのか、年齢制限のない企画だった。つまり、僕のような中高年もいれば、20代前半らしき、いたいけな感じの女子もいる。いたいけ女子は、自分の親の世代になる僕にあからさまに不満の視線を向けてくる。

「ごめんね」

 心の中では謝るけれど、僕の責任ではない。

 メニューは4品。チキンとトマトのストロガノフ、カボチャと豆腐のポタージュ、デザートのココアケーキなど。あみだくじで男女4組になり、各1品ずつを作り、全員で食事をして、最後に1対1の会話を4回行う。

 なので、時間は長い。トータルで3時間。

 婚活料理教室の利点は、長時間ゆえ人柄がわかること、料理のスキルがわかること、共同作業によって親密度が深まること。

 残念な点は、男女おたがい4人しか出会えないので、婚活ベースで考えるともの足りない。3時間を費やし、5千円ほどの参加費を払って4人しか会話を交わせないのは、コストパフォーマンスがいいとはいえない。

 あみだくじで、僕は37歳の会社員女性とストロガノフを作ることになった。料理の難易度は低い。主催者が完璧なレシピを用意してくれて、ていねいに指導してくれる。よほどのことがない限り、失敗はしないだろう。

 女性と一緒に料理を作るのは、小学校6年生のときの家庭科の授業以来だ。タマネギ、ニンジン、トマト、マッシュルーム……。二人で分担して切っていく。思いのほか楽しい。ほかの婚活で、僕は相手の年齢にかかわらず敬語に徹しているけれど、どんどん作業を進めなくてはならない状況なので、おたがいいつのまにか友だちと話す雰囲気になっていた。ストロガノフが完成したときには、二人でささやかな達成感が共有できた。

 8人全員での食事も会話ははずんだ。4組それぞれ達成感を味わい高揚を抑えられない。別のペアが作った料理を称え、おいしくできたコツを教え合った。

 ただし、婚活的には何も生まれなかった。連絡先を交換したものの、連れ立って帰る男女は見かけなかった。僕自身、料理を作ったことばかり印象に残っていて、女性一人一人の顔もおぼろげだ。

男同士で情報交換

 婚活料理教室の帰路、池袋駅に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。ふり向くと、なんとなく見覚えのある男性だ。同じ会の参加者だった。

「お急ぎでなかったら、お茶でも飲みながら婚活の情報交換をしませんか?」

 その男性に誘われた。40歳くらいだろうか。名前はコンドウさん(仮名)。笑顔が人懐っこいイメージだ。今日会ったばかりの年上の男をお茶に誘うくらいだから、社交性が豊かなのだろう。週末の午後、親しいわけでもない男2人でカフェに入るのに抵抗がなかったわけではない。が、婚活の情報交換をしよう、という提案にはちょっと魅力を感じた。

「今日の料理教室はいかがでしたか?」

 視界に入った一番近いカフェで向かい合い、まずはあたりさわりのないことを聞いた。

「成果なしです。料理に熱中してしまい、かなりの時間、婚活していることを忘れていました」

 どうやら僕と同じらしい。

 その後、僕は自分が行っている婚活について話した。婚活サイト、結婚相談所、婚活パーティーなどについてだ。苦戦している状況は正直に打ち明けたが、何度か女性とホテルに入ってしまったことは言わなかった。

 コンドウさんがユニークなのは、王道の婚活は婚活パーティーに数回参加したくらいで、イベント性の強い企画にばかり参加していることだ。スポーツマンらしく、ゴルフ婚活やスキー婚活に参加したという。言われてみると、彼の顔は夏でもないのに健康的に陽焼けしている。

「ゴルフ婚活もスキー婚活もとても楽しいイベントでした。ただ、僕の場合、婚活ということを忘れてゴルフやスキーに夢中になってしまって、なかなかうまくいきません」

 そう言って笑った。それでも、ゴルフ婚活で一緒にラウンドした女性と交際に発展したという。

「ただし、1カ月しか続きませんでした。グリーンやゲレンデでは高揚しているせいか、女性を実際よりも魅力的に感じてしまうんです。日常のなかで会っていると、ときめきを覚えなくて。あれっ、この人、こんなだったかな、と。女性の側も同じらしく、おたがいどんどん熱が冷めていきました」

 コンドウさんの話のなかで僕が興味を覚えたのは、寺社婚活だ。男女が寺に集まり、座禅や写経を行うのだという。

「しかし、コンドウさん、座禅も写経も無言で行うものではないですか? 女性と会話はできませんよね?」

 誰もが疑問を感じることだろう。

「もちろん、お寺ではほとんど話はできません。だから、終了後に二次会がセッティングされていて、そこで参加者は交流することになります」

 彼の説明では、知性を感じる女性参加者が多いらしい。僕が経験した神社巡り婚活バスツアーに近い雰囲気だろうか。

 婚活には、それがどんな形態であっても、パートナー探し以外の目的で参加している男女がいる。金融商品の勧誘、宗教の勧誘、男ならばナンパ、女ならばブランド品を買わせる相手探しだ。その点、コンドウさんが選んで参加しているスポーツ婚活や寺社婚活には、そういう勧誘系やナンパ系がゼロではないものの、格段に少ないという。時間とコストがかかるからだ。僕たち2人が参加した料理婚活も参加人数と会費と手間を考えると、勧誘目的なら避けるだろう。

 1時間ほどでカフェを出て、コンドウさんと池袋駅まで歩き別れた。僕はJR山手線、彼は西武池袋線の改札へ向かった。

 彼との情報交換は実に有意義だった、気がした。

写経と座禅で寺社婚活

 翌週末の朝10時、僕は広尾の商店街を歩いていた。東京・渋谷区の広尾は門前町。祥雲寺、香林院、上宮寺、天現寺など、このあたりには寺社が集まっている。

 コンドウさんに教わった寺社婚活をネットでさっそく検索したら、以前参加した婚活ハイキングと同じ会社が主催していた。

 服装はジャケット、綿パン、白シャツ。デニムは避けた。寺社にはそぐわないと思ったからだ。それに、正座や結跏趺坐(けっかふざ)という臍下丹田を意識して脚を組む座禅の座法を求められたときに厚く硬いデニムでは大腿部がつらい。

 会場のお寺に着くと、すでに受付の列ができていた。本人確認のため運転免許証を見せて、参加費5千円を支払うと、畳敷きの講堂に案内された。正座を覚悟していたが、尻をついて膝を曲げる、いわゆる体育座りが許された。

 参加者を数えたら、男女各14人で計28人。お寺なのに、アロハのような派手なシャツの男もいた。白いワンピースで、髪に場違いな赤い花飾りを乗せている女性もいた。週末の午前のお寺にこんなにたくさん集まるとは、ちょっと意外だった。

 やがて肌が女性のように白くすべすべの僧侶が現れて、法話が始まった。内容は婚活とはまったく関係ない。自分自身が僧侶になるいきさつだ。特にドラマティックでもなく、就職の流れのようなエピソードが低いテンションで語られていく。

 法話は20分、30分と続き、退屈に耐えきれないのか、僕の後ろの男性参加者が、はあはあとため息をつき始めた。右横の男は舟をこぎ始める。

 クライマックスもないまま話は終わり、部屋を移して仏教の経典を書き写す写経の時間になった。般若心経が薄く印刷された紙が参加者全員に配られ、筆ペンで30分間、ひたすら文字をなぞっていく。その間、もちろん全員無言だ。

 初めてのせいもあり、僕は思いのほか楽しい。楽しむのは、不謹慎なのだろうか? そんなことをぼんやりと考えながら、書き写していく。これは婚活だ。どんな女性が参加しているのかは気になる。しかし、周囲を眺めるわけにはいかない。

 あらためて考えると、寺社婚活は根本的なありかたが矛盾している。ここには、異性と親しくなりたいという、邪念をはらんだ気持ちで男女が集まっている。にもかかわらず、雑念を振り払う写経や座禅を行うのである。

 写経が終わると、それまでに体験したことのない達成感を覚えた。

 次は座禅。また部屋を移動して、用意されていた座布団に一人ずつ座っていく。ここでも正座や結跏趺坐は強いられなかった。

 座禅も初体験だった。時間は10分。初心者のための短縮版らしい。背筋を伸ばし、黙って座っていればいい。姿勢の乱れで警策(けいさく)で打たれることはないが、希望者は黙って挙手をすると、打ってもらえる。思い出作りのようなものだ。せっかくなので、打ってもらった。パシィ! 心地よい痛みが肩から背中にかけて走った。

 このころになると、昼を過ぎ、空腹を覚える。ひとたび自覚すると、どんどん腹が減ってくる。なにも作業をしていないので、ほかに意識を向けられない。キュルルル。ついに僕の腹が鳴った。隣の女性が笑いをこらえている。目線だけを彼女に向け、愛想笑いをした。キュルルルルルル。また鳴る。もはや自分ではどうすることもできない。短いはずの10分がとても長く感じられた。

 座禅を終えるとお寺をあとにして、二次会会場の居酒屋へ向かった。しかし、ここで想定外の状況になる。約半数の女性が二次会に参加せずに帰ったのだ。

 写経と座禅が目的で、婚活に興味がなかったのか。あるいは、男性参加者の顔ぶれに失望したのか。僕も含め男性参加者たちの落胆は大きかったが、しかたがない。スタッフのアテンドで、残ってくれた7人の女性と14人の男性で居酒屋へ移動した。会場に移動すると、スタッフは去り、あとは放置状態。大人同士で好きにやってください、ということなのだろう。

 二次会は盛り上がりに欠けた。女性が減ったせいもあるが、寺社婚活だからだろうか、もともとおとなしい人ばかりなのだ。

 多数の参加者の婚活の場では顔を覚えられた方がいいので僕は幹事を引き受け、お酒や料理のオーダーをまとめたり、会計時に見知らぬ参加者からお金を集めたりした。そして、ついでに積極的に連絡先も交換。その中の2人の女性と連絡を取り合い、そのうちの一人、35歳の看護師の女性とはその後1度だけ食事をした。白いワンピースで、髪に花の飾りを付けていた女性だ。しかし、会話はかみ合わなかった。

 神社巡り、料理、寺社での写経と座禅に参加して、婚活は結婚相談所や婚活パーティーのような、ストレートに婚活を目的とした、メインストリームのツールを選んだ方がいいと感じた。本気度が高いからだ。参加者に心の逃げ道がない。少なくとも「料理が楽しかったから、まあ、いっか」「心が洗われたからよしとしよう!」という気持ちにならない。

 そして、僕は“婚活アリ地獄”にはまってきたように感じ始めていた。婚活イベントには多くの男女が参加している。熱量に差はあるかもしれないが、参加者はみんなパートナーを求めている。それなのに、男女ともなかなか相手に恵まれない。

 なぜか……。

 40代を過ぎると、自我は育ち切っている。自分が好きな人間、波長が合う人間がよくわかる。だから、ストライクゾーンがどんどん狭くなっていく。ストライクゾーンが狭くなっている自覚はある。しかし、それは理性でコントロールできる領域ではない。たぶん、女性の側も同じだろう。おそらく、自覚もある。しかし、やはり自分で自分をコントロールできない。ここまで頑張ったのだから何とかしたいという気持ちも強くなる。婚活を重ねることによって、婚活から抜けられなくなってきた。

石神賢介(イシガミ・ケンスケ)
1962(昭和37)年生まれ。大学卒業後、雑誌・書籍の編集者を経てライターになる。人物ルポルタージュからスポーツ、音楽、文学まで幅広いジャンルを手がける。30代のときに一度結婚したが離婚。

2021年1月2日 掲載