日本は海外に比べ入浴中の事故死が非常に多い。これまでその原因は「ヒートショック」、つまり急激な温度変化が血圧の乱高下を招き、心筋梗塞や脳卒中を引き起こすのだと考えられていた。だが、最新の調査から衝撃の事実が判明。思わぬ死因が浮かび上ってきたのだ。

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 寒さが厳しくなると、熱い湯船にゆっくりつかりたくなる。世界を見渡しても、国内のほとんどの家に浴槽が設置され、毎日のように湯をためて入浴する習慣をもつ民族は珍しい。豊富な水資源と温泉が身近にあったことで、日本人は風呂好きになったといわれている。

 しかし、日本は海外と比べて、入浴中に死亡するケースが非常に多い。2018年に自宅で不慮の事故のために死亡した約1万5千件のうち、4割近い5374人が「浴槽における溺死」とされている。

 厚生労働省は2012年、入浴関連の事故について大規模な調査を行い、その結果が昨年、日本内科学会英文誌などに発表された。

 調査は2012年10月から13年3月の間に東京都、山形県、佐賀県で、脱衣所や浴槽、洗い場など入浴に関係した場所から119番を要請した4593件を対象に行われた。そのうち死者は1528人。男女ともに年齢が上がるほど死亡率が高かった。

 この調査対象区域の人口あたりの入浴関連の死亡率から、全国の年間推定死亡者数を計算すると、その数なんと約1万9千人にのぼる。さらにそれを高齢者数が増加している2020年現在の人口にあてはめると、入浴中の急死は2万人を超えていると推計された。

「現場感覚としても、それくらいの数だと思います」

 と語るのは、実際に調査を実施した東京歯科大学市川総合病院教授で、救急科部長の鈴木昌(まさる)医師である。

「入浴できるのは、寝たきりでない自立した状態の方です。高齢者とはいえ比較的健康な人が毎年2万人死亡するのは、1年間に数千人死亡する交通事故よりも、社会的には大きな問題といえます」

 さらに鈴木医師はこうも指摘する。

「海外で溺死というと子供が溺れるケースが多い。しかし日本の場合は圧倒的に高齢者が浴槽の中で死亡しています。30年以上前から問題視されてきたものの、特別な対策はとられてきませんでした。これは入浴中の死亡事故の死亡診断に明確な規定がなく、地域によっては心不全、溺死、異常死などといった状態で統計がとられ、正確な死者数が把握できなかったことや、解剖しても死因がはっきりわからなかったためです」

 これまで死因は、いわゆる「ヒートショック」と考えられ、注意が促されてきた。ヒートショックとは“急激な温度変化に伴う体調不良”を指す造語で、正式な医学用語ではない。暖かい居室から廊下、浴室と室温が下がっていく環境で服を脱ぐと、血管が収縮して血圧が上がる。直後に風呂につかって体が温まると、今度は血管が拡張して血圧が低下する。

 そのような“血圧の乱高下”によって心筋梗塞や脳卒中などが引き起こされるといわれてきた。今でも循環器を専門とする医師を中心に、このような指摘をする専門家が大勢を占める。

 しかしながら、鈴木医師らの大規模調査はそれを覆す結果となったのだ。

意識障害と脱力感

「私たち救急医療の現場では、入浴中の急死者に遭遇することはあるものの、入浴中の心筋梗塞や脳卒中で運ばれてくる患者さんに出会うことは稀です」(鈴木医師)

 では、その原因は何なのか。

 入浴事故4593件のうち死亡した1528人は、119番コール、すなわち救急車の要請があった時点で心停止であった。発見された場所について、「(脱衣所などの)浴室外」「浴室内」で分けると、1461人が浴室内。それも浴槽の中での死亡が1274人とほとんどを占めた。

 死亡はしなかったが、一人で風呂から出られず救助が必要だった人は935人で、こちらもそのうち854人が浴槽内の事故である。

 鈴木医師らを中心とした調査チームは、入浴事故の「生存者の体にどのようなことが起きていたのか」を調べれば、死因が推測できると考えた。もし心筋梗塞や脳卒中が原因で死亡する人が多いなら、生存者にはその数以上に、そのような病気が起きているはずである。ところが、

「心電図の異常、心筋梗塞の兆候は、1%未満だったのです。頭部のCT検査を行っても、脳出血などの脳卒中は10%未満。ということは、心臓や脳血管の病気によって入浴中にこれだけの死者が発生した可能性は非常に少ない。それでは何が起こったのかというと、助けだされた人の半数以上に“意識障害や脱力感”がみられたのです」(鈴木医師)

 入浴中に救急搬送されてきた患者は、「体温が高い人ほど意識の状態が悪い」こともわかった。そして体温が平熱に下がるに伴って、意識障害が回復していったという。

「そうであれば、入浴という高温の中に身を置くことで体温が上昇し、熱射病、熱失神、あるいは熱疲労などが進行した、すなわち浴槽内で“熱中症”を発症したと考えられるのではないでしょうか。意識障害や脱力感が起こると、浴槽から外に出られなくなってしまいます。そうするとさらに体温が上がる。そのまま誰も助けてくれなかったら、最後には湯の中に沈んで、死に至ってしまうと推察されます。実際に多くの人が顔を湯につけて死亡しているのです」(鈴木医師)

 入浴時間と湯温によって、どの程度体温が上昇するかをシミュレーションした研究がある。長年、住宅と健康について調査研究を続けてきた慶應義塾大学理工学部の伊香賀俊治教授らが中心となって行ったもので、それによると42度のお湯に10分つかれば、36度だった体温が38度近くまで上がるという。

「42度のお湯に10分つかっていると、汗がだらだら流れますね。汗が流れるというのは、体温が上がっているということ。それも運動によってではなく、周りから温められたために汗が出るのです。私たちは常に熱を産生し、放熱しながら生きています。放熱しすぎれば体温が下がって生命の危機となりますが、放熱ができない状態でも熱中症になって危なくなってしまうのです」(鈴木医師)

 たとえると、高温全身浴は“ゆでたまご”を作る時のように、お湯の中で人の体がゆでられている状態という。お湯の中に入ると、体は放熱できず熱を吸収するのみで、急速に体温は上昇する。そして最終的には湯温よりも体温が高くなるという。

 いわれてみれば夏場は熱中症を避けるため、高温環境にいないように私たちは気をつけている。そして夏は38度程度の高温でない湯につかり、短時間で済ませる人が多いだろう。しかし冬の寒い日は42度〜44度に至る高温湯で長風呂をする人も少なくないのではないか。実際に入浴事故は、最低気温の低下とともに増加することもわかっている。

 特に「寒い家に住む人」は“熱い湯に長くつかる”傾向があるのだとか。

「冬に居間14度、脱衣所10度程度の家に住んでいた人が、家の断熱改修工事を行い、それぞれ3度程度室温が上昇(居間17・4度、脱衣所13・6度)すると、熱め・長めの危険入浴をする頻度が明らかに減少することがわかっています」(伊香賀教授)

 WHOは2年前に「冬の室内温度は18度以上にすること」を強く勧告している。全世界の中でも高所得国は、一般市民が一日のうち約7割を自宅などの屋内で過ごすとされ、重度の熱中症や低体温症の多くは自宅で発生している。熱い湯が恋しくならないようにするためには、室内を暖かく保つ工夫が必要なのだ。

湯温41度で10分以内

 そして何より安全な入浴法を理解しておく必要がある。前出の体温上昇のシミュレーションの研究で、体温を37・5度以下に抑えるための入浴法は「湯温41度以下で10分以内」であることがわかった。これを根拠に、消費者庁も「入浴前に脱衣所や浴室を暖める、湯温は41度以下、湯につかる時間は10分まで」と呼びかけている。

 鈴木医師は「カラスの行水がいい」と話す。

「救急の現場で入浴中に動けなくなったという人は体温38度くらいで運ばれてきて、しばらく経過観察をしていると、体調が良くなって帰宅していきます。でももう少し入浴時間が長いと、おそらく死亡した状態で搬送されてくることになったでしょう。特に高齢者は暑さ・寒さに対する適応力が落ちていますし、入浴中にのぼせた時に浴槽から這い出していく運動機能も落ちていますから、注意が必要です」

 こうしたリスクを知って、入浴回数を減らそうと考える人もいるかもしれない。しかし入浴そのものは健康寿命を伸ばすのにつながる。

 日本温泉気候物理医学会が65歳以上の高齢者約600人を対象に5年間の追跡調査を行ったものを紹介しよう。高齢者を入浴の頻度別にグループ分けして要介護認定者数を調べると、「週7回以上」入浴する群は、「週1〜3・5回」や「週4〜6回」入浴する群に比べて自立度が1・85倍も高かった。温泉療法専門医で東京都市大学の早坂信哉教授らを中心とした研究でも、1万4千人弱の高齢者を対象に調査したところ、毎日入浴する人はそうでない人より「3年後に要介護になるリスクは29%低かった」という。つまり毎日の入浴習慣があるほうが要介護になりにくいということである。

「いくつかの理由が考えられますが、入浴による“温熱効果”が一番大きいと思います。温かいお湯につかることで血管の拡張が起こり、血液の流れが良くなります。睡眠の質を高めたり、免疫力の向上が期待できるでしょう。また、体が温まることで神経の過敏を抑えることがわかっていて、腰や膝などの痛みが緩和されるという効果もあります。慢性的に体が痛いと動くのが億劫になりますから、痛みがとれることによって動き続けられ、結果的に要介護の予防になると考えられます」(早坂教授)

 また早坂教授が行った別の研究では、「入浴習慣と幸福度」について調べたものがある。静岡県在住で20歳以上の男女3千人へのアンケート結果をもとにデータを解析すると、毎日入浴する習慣のあるグループは、そうでないグループと比べて主観的幸福度の高い人が10%も多かった。

「“毎日入浴”は心身ともに良い影響を与える」

 と、早坂教授は繰り返す。

「海外の習慣であるシャワー浴でなく、湯船につかる浴槽浴であって初めて健康効果が望めます。一度入浴すれば、8時間程度、高めの血圧を下げる作用があるという研究結果もあります」

 早坂教授が推奨する入浴時間も10分。しかもこれは延べ時間で、最初に5分入って途中であがって体を洗い、再度5分入って出るという“分割浴”でもいいそうだ。また基本は肩までつかる「全身浴」がお勧めだが、心臓や肺に疾患がある人や高齢者は体への負荷が減る「半身浴」という手もある。

「時間がない時は足湯でもいいでしょう。体温が0・2〜0・3度程度上昇するという研究報告があり、シャワー浴よりは効果が望めます」(早坂教授)

食事直後は避けて

 また入浴時の熱中症予防には、入浴前後にコップ1杯程度の水分補給をしておくことも欠かせない。

 大塚製薬の研究データでは、41度の風呂に15分間入浴すると、約800ミリリットルの水分が失われると報告されている。体が脱水状態になると熱中症が重症化しやすく、また風呂あがりであっても血液の粘度が高まって血栓ができやすくなる。

 管理栄養士の望月理恵子氏は「白湯か温かい麦茶」を提案する。

「冷たい飲みものですと温まった体の芯が冷えてしまいますので、風呂あがりには常温が適しているでしょう。麦茶は大麦を煎った時に生まれる香り成分のアルキルピラジンに血液の流動性を高める働きがあり、血栓ができるのを防ぐ効果が期待できます」

 牛乳も、脱水を回復させる効果が高いという報告があるため風呂あがりに適している。

 一方で、緑茶などに含まれるカフェインは利尿作用があり、脱水を進めてしまう。また風呂あがりのアルコールはおいしいが、カフェインより強力な利尿作用がある上、血管内の脱水を進めてしまうため、これも避けたほうがいいだろう。そしてやってしまいがちなのが食事直後の入浴。

「特に飲酒後の入浴は血行が良くなりすぎて脈拍数があがり、心臓に負担がかかってしまいます。飲酒をしなくても、食事直後は消化のために血液が消化器系に集まっています。それが入浴で体が温まると全身に血液が拡散してしまい、消化吸収の妨げになってしまいます。入浴による水圧で消化器系を圧迫し、消化不良を起こしたり、吐き気を催す可能性があることからもお勧めできません。食事後1時間ほどしてからか、食事前の入浴がいいと思います」(望月氏)

 言うまでもなくコロナ禍での入浴習慣は清潔を保つ上でも重要で、またいくつかの研究では温かいお湯に一定時間つかることで体内の免疫細胞が増加することがわかっている。

 しかし今回新たに判明したのは、冬場の入浴時の死亡事故の大半が、これまで常識とされていたヒートショックではなく冬の熱中症だったという目からウロコの事実である。入浴は、湯温が高く、また時間が長くなるほど、体に悪影響を与える。

 過ぎたるは、なお及ばざるが如し。健康効果を求めつつ、入浴時の急死リスクを下げるため、「41度以下10分以内」の入浴を習慣にしたい。

笹井恵里子(ささいえりこ)
1978年生まれ。ジャーナリスト。「サンデー毎日」の記者を経て、フリーに。医療や衣食住の生活分野を中心に執筆活動を続ける。著書に『救急車が来なくなる日』『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』など。

「週刊新潮」2020年12月24日号 掲載