日本人の死因ナンバー1「がん」。数多の治療法がこの病に挑んできたが、現在、最注目なのが「光免疫療法」である。9月末、日本で承認され、実用化への扉が開いたばかりのこの最新療法について、ライター・芹澤健介氏が開発者にインタビュー。その可能性を探った。(「週刊新潮」2020年10月29日号掲載の内容です)

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 9月29日、ホテルニューオータニの記者会見場で発表された内容をどれほどの人たちが待ちわびていただろうか。

 この数年、革新的ながんの治療法として注目されていた「光免疫療法」で使う医薬品が、厚生労働省からいよいよ正式に薬事承認されたのである。

 会見を主催したのは、楽天メディカルジャパン株式会社。実業家の三木谷浩史氏(55)が代表取締役会長を務めるバイオベンチャー企業である。実父の膵臓がん闘病をきっかけにして、三木谷氏は、光免疫療法の開発初期段階から個人的な支援を申し出て、これまで数百億円規模の私財を投入してきたことが知られている。

「残念ながら私の父の治療には間に合いませんでしたが、世の中のためにも、自分の資産を使う価値のあるプロジェクトだと思って挑戦してきました。世界でがんに苦しんでいる人々にとっては、非常に大きなマイルストーンになったのではないかと思います」

 三木谷氏が言うように、まさに世界中のがん患者が注目する光免疫療法だが、今回の厚労省の承認を受け、年内にも保険が適用され、世界で初めて実用化される見通しだ。

 しかし、実際にはどれほどの効果があるのか、今後、どのように発展していく可能性があるのか? 会見の翌日、光免疫療法の“生みの親”である小林久隆医師(59)にじっくりと話を伺った。なお、以下の内容については、小林医師個人の見解であり、楽天メディカルの公式見解やデータではないことを付け加えておく。

 小林氏は、世界最高峰の医療機関のひとつ、米国の国立衛生研究所(NIH)で主任研究員を務めるがんの研究者だ。2014年には、光免疫療法に関する論文でNIH長官賞を受賞している。数年後にはノーベル賞候補になる可能性のある日本人科学者だ。

 改めて今回の承認内容を見てみると、対象となっているのは、「切除不能な局所進行または局所再発の頭頸部がん」とある。

「頭頸部(とうけいぶ)がん」というのは、首から上にできるがんの総称だ。たとえば、ミュージシャンの忌野清志郎さん(享年58)が罹った「喉頭がん」や、つんく♂さん(52)を襲った「咽頭がん」、歌手の堀ちえみさん(53)が克服した「舌がん」も頭頸部がんの一種である。

「それらのうち、今度、光免疫療法の対象になったのは、手術が難しいがんや局所再発した進行がんです」

 と小林氏。また、ほかにも条件があり、担当医から「標準的な治療の選択肢が残されていない」と判断された患者だけが対象なのだという。つまり、わかりやすく言えば、現段階では、医者がサジを投げたような末期の「頭頸部がん」の患者にとって、最後の希望の光となる治療が光免疫療法というわけである。

「今回の承認で対象となる患者さんは決して多くはありませんが、光免疫療法が現実の医療として届けられるようになった。これは大きな一歩だと思っています」

 実際の効果は、どのようなものだろうか。

 これまで海外で行われた治験では、余命数カ月とみられる局所再発の頭頸部がん患者が対象になっているが、第2a相試験(第1相で安全性が確認された範囲内で、用法や用量を確認する試験)の30例のうち、腫瘍が完全に消えた人が4名(13・3%)、腫瘍が小さくなった人が9名(30・0%)。これらを合わせた奏効率(治療効果が現れた割合)は43・3%である。

 条件が限られた中でのこの数字は十分に立派なものだが、小林氏は「現在行われている第3相試験(治験薬の有効性を調べる試験)の奏効率はもう少し上げられるはずです」と自信を覗かせる。

「今回の承認は、記念すべき最初の一歩で、一部の『頭頸部がん』に限られますが、すでに国内では『食道がん』や『胃がん』の治験も進んでいます。今後は、もっとほかの部位のがんや早期のがんまで対象を広げて、数年以内には固形がん(『白血病』などの血液のがん以外の、臓器や組織で腫瘍をつくるがん)の8〜9割を治せるようにするのが当面の目標です」

 つまり、完治確率の低い「膵臓がん」を含むほとんどの固形がんを、近い将来、治せる可能性があり、それを目指していく、というのだ。もし、これが実現すれば、がん医療の枠組みが完全に変わってしまうほどの大事件である。

焼き餅のように

 従来のがん治療といえば、いわゆる“三大療法”が中心であった。すなわち、手術による「外科治療」、抗がん剤による「化学治療」、それから重粒子線治療や陽子線治療を含む「放射線治療」である。近年はこれにオプジーボなどの「免疫治療」を加えて“四大療法”と呼ぶことも多い。だが、光免疫療法はこれらのどれとも違う。いわば“第五のがん治療法”である。

「これまでの治療法は、三大療法のように直接がんを叩きにいくか、免疫力を上げることで間接的にがんを抑えるか、そのどちらかでした。でも、光免疫療法はその両方をやる治療法です。がんへの攻撃と防御を同時に行う治療法なんです」

 光免疫療法は、その名の通り、「光」と「免疫」でがんに対抗する。

「光」でがんを治すとはどういうことだろうか。

 光免疫療法で使われる光は近赤外線光である。近赤外線は、テレビのリモコンに使われるような、私たちの生活にも身近な光だ。手にかざしても熱くないし、当然、人体には無害。紫外線のように細胞を傷つけることもない。

 鍵になるのは、その近赤外線に反応する「IR700」という化学物質だ。

「IR700」という名は、「Infrared(赤外線)700」の略。可視光に近い700ナノメートル前後の波長で激しく応答することを示している。

「実際、その波長付近の近赤外線光を当ててやると、それまで水によく溶ける性質だったのが、瞬間的に不溶性に変わる。そのため、『IR700』ががん細胞と結合しているときにパーッと光を当ててやれば、『IR700』の化学構造が変わるのと同時に、がんの細胞膜があちこちで引っ張られて破れる。計測したところ、ひとつのがん細胞に約1万個程度の傷がつきます。そして、その傷口から周囲の水が細胞内に入り込んでいくと、がん細胞はちょうど焼き餅のようにパンパンに膨れて、最後には壊れてしまうという仕組みです。物理化学的にがん細胞をボーンとぶっ壊してやるわけです」

 しかし、「IR700」という化学物質は、そもそも単体ではがん細胞と結合することはない。

 では、どうやって「IR700」とがん細胞をくっつけるのか。小林氏は、「IR700」が狙ったがん細胞までたどり着けるような“乗り物”に乗せてやればいいと考えた。

「すでに市販されている抗体に目をつけました」

 抗体は、本来はヒトの体内で作られるタンパク質で、ウイルスや何らかの異物が体内に侵入してきたときに、その異物とドッキングして、毒を中和する働きがある。

「ヒトの抗体は、ありとあらゆる異物(抗原)に対応するために、もとから体内で何万種類も作られていますが、1990年代の後半以降、特定のがん抗原だけに対応する抗体が人工的にいくつも作られて、抗がん剤の一種(分子標的薬)として使われています。それらを『IR700』をがん細胞に届ける“乗り物”として使えば効率的だと考えたのです」

 細胞を壊す「IR700」と特定のがん細胞だけにたどり着く抗体を化学合成してやれば、狙ったがん細胞をピンポイントで攻撃できる。光免疫療法が“がんを狙う誘導ミサイル”とも言われるゆえんである。

 今回、厚労省から薬事承認された「アキャルックス(一般名:セツキシマブ サロタロカンナトリウム)」という新薬は、「IR700」と「セツキシマブ」という人工抗体の複合体だ。

 セツキシマブがターゲットとする抗原は、多くのがん細胞表面に出現している「EGFR」というタンパク質である。

「EGFR」はがん細胞の増殖に関わる因子なので、抗体と結合させれば、ある程度がん細胞の増殖を抑えることができる。だが、「アキャルックス」はがん細胞と結合した後に近赤外線を当てることで、いとも簡単にがん細胞を破壊してしまうのだ。

「光免疫療法は、大雑把に言えば、特殊な薬剤を点滴で打って、患部に近赤外線を当てるだけの治療です。体の表面に露出しているがんに対しては、そのまま光を照射してやる。体の奥深くに巣食ったがんは、光ファイバーを差し込んで光を届けてやります。もちろん、医師による取り扱いのトレーニングは必要ですが、施術に多少の誤差があっても、がんがなくなるようにしたかった。たとえば、1回目で『あまり効きがよくないな』と思ったら、医師が躊躇することなく、2回、3回と試して効果を上げられるような、そんな柔軟性を持たせたかったのです」

オン・オフのスイッチ

「今回適用が認められた『頭頸部がん』は、がん細胞の表面に『EGFR』が発現している割合も高くて、全体の80%以上に過剰に発現しています」

 つまり、80%には何らかの効果が期待できるということだが、残りの20%にはどう対応するのか。

「そのときは別の抗体の出番です。たとえばHER2(ハーツー)と呼ばれるがん抗原があります。これは一部の『乳がん』や『大腸がん』などに多く発現している抗原ですが、これに対応する抗体もすでに市販されています。ですから、そういった抗体と『IR700』の複合体を新たに作ってやればいい」

 新しい抗体を使った実験は、動物実験ではすでに有意な結果が出ているが、人間を対象にした治験はこれからである。このように、「IR700」と複合させる抗体を今後数年で増やしていく、というのが光免疫療法の目指す道筋である。

 では、従来の治療と比べて、光免疫療法は何が画期的なのか?

 患者として一番のメリットは、抗がん剤治療などに見られるような、全身に作用する副作用がほとんどないということだろう。

 現在、光免疫療法の治験で報告されている副作用としては、患部周辺のむくみや皮膚の炎症がある。

「治験の結果は今後も丁寧に見ていく必要はありますが、重篤な副作用にはつながりにくいと考えています」

 従来の抗がん剤治療や放射線治療が、通院治療でも患者の日常生活に支障を来すような重い副作用を引き起こすのは、がん細胞と同時に正常な細胞も傷つけてしまうことが原因だった。

 たとえば髪の毛などの脱毛は、細胞分裂を妨げる抗がん剤が分裂の盛んな毛母細胞も殺してしまうからであり、強烈な吐き気に襲われるのは、胃腸の粘膜細胞が抗がん剤の影響を受けるからである。

 従来のがん治療は、一部の分子標的薬を除いて、がん細胞と正常細胞とを正確に分けて対応することができていなかったのである。

「一方の光免疫療法は、抗体を使って狙う細胞をきっちりと選択した上で、医師が自分のタイミングで意図した範囲に光を当てることができるので、便利なオン・オフのスイッチを手にしたようなものです。この選択性の高さも従来のがん治療法にはなかった大きな特徴です」

効きすぎる

 以上が、光免疫療法の「攻撃」のシステムに当たる。そして先に述べたように、この療法は「防御」の機能も併せ持つ。

 すでに説明したように、光免疫療法はがん細胞の細胞膜だけを破壊する治療法だ。これが免疫の作用にも重要な意味をなしていると小林氏は言う。

「がん細胞の細胞膜が破れて壊れるというのは、がん細胞の“中身”がフレッシュな状態のまま外に出ることを意味しています。これは専門的には、『免疫原性細胞死』という特殊な死に方なのですが、がん細胞のさまざまな目印がほとんどそのままの状態で提示されて免疫細胞に伝わるのです」

 がん細胞の“中身”が晒されることがトリガーとなり、周辺の免疫細胞が活性化しはじめるのである。

「このとき、患者さんの体内でどういうことが起こっているかというと、提示されたがん細胞の“中身”を、周囲の免疫細胞がぱくぱく食べてるんですね。すると、どのがん細胞を攻撃すればいいかという情報がいろいろな免疫細胞に伝わって、免疫システムが一斉に起動するのです」

 つまり、光免疫療法は、近赤外線を使って直接がん細胞を攻撃した後に、免疫が活性化し、残ったがん細胞にも免疫細胞が攻撃を加えるという“二段構え”の治療法なのである。

「どのがん細胞を倒すべきかしっかり教育された免疫細胞は、ワクチン効果を有しているので、再発を防ぐ効果もあるという実験結果も出ています」

 さらに現在、小林氏が考えているのは、がん細胞を破壊するのと同じ考え方で、腫瘍周辺で免疫システムにブレーキをかけている「制御性T細胞」を「IR700」で破壊してやることだ。2016年に米医学誌に論文が発表され、大きな反響を呼んだ。

「これは言うなれば、免疫を局所的にブースト(後押し)する方法です。すでに動物実験では成果も出ていますが、これがうまくいけば、根治の期待値がぐんと上がるだけでなく、なかなか抗体が合わないがんに対しても有効だと考えられます」

 光免疫療法は、治療のために長期入院する必要もない。患者にとってはメリットばかりの治療法のようにも思えるが、果たしてデメリットはないのだろうか?

 あえて挙げるとすれば、効きすぎることだろう。たとえば、頸動脈などの大血管と癒着したがんに光を当てて1回で治そうとすれば、血管が破れて大量出血しかねない。

「大きながんは無理に1回で治そうとせず、患部周辺の正常細胞の再生を待ちながら、2回、3回と試していけばいいと考えています。光免疫療法は、抗体ががん細胞にくっつけば、効果を弱くしても必ず効きますから」

 最後に気になるのは薬価だ。近年は、「オプジーボ」に限らず、超高額な治療薬が増えており、一部の白血病などに有効とされる「キムリア」は1回の投与で3千万円を超える。財政が逼迫する一方、年々、膨張の一途を辿る医療費。この新しい治療法にも高額な値が付くのか。光免疫療法の薬価については、年内にも開かれる中央社会保険医療協議会の決定を待つしかないが、本当の意味で、私たちの身近な治療法になってくれることを期待したい。

芹澤健介(せりざわけんすけ)
ライター。1973年、沖縄県生まれ。横浜国立大学卒。編集者、構成作家として活動し、NHK国際放送の番組制作にも携わる。著書に『コンビニ外国人』、『血と水の一滴 沖縄に散った青年軍医』、『死後離婚』(共著)など。

2021年1月4日 掲載