それ自体が苦痛をもたらすわけではない。だが「噛み合わせ」が悪いと、影響は口の中に止(とど)まらない。それどころか、全身に不調をきたし、認知症や誤嚥性肺炎まで引き起こすのだ。では、どうやって直すか。実は、家にいながら少しの努力で矯正できるのである。

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 最近、「噛み合わせ」に対して、世の中の関心が非常に高まっています。その理由は、噛み合わせが悪いと、からだに重大な不調を招くからです。

 もちろん、あごを動かすと痛い、口が開かない、開けるときに引っかかる、といった顎(がく)関節症の症状にもつながります。しかし、その影響は口の周囲だけに止まりません。たとえば、耳鳴りや難聴、めまい、肩こり、腰痛といった全身の不調にも、噛み合わせは大きく影響します。

 そればかりか歯周病の原因になり、ひいては糖尿病やアルツハイマー型認知症、誤嚥性肺炎にまでつながっていくのです。

 まず、そのメカニズムを説明しましょう。

 噛み合わせが悪くなる主な原因は、姿勢の悪さや生活習慣のせいで引き起こされる、猫背や左右の骨格バランスの狂いです。特にデスクワークの姿勢は、噛み合わせの悪化に直結します。猫背がちになって顔が下向きになると、下あごにストレスが加わります。その結果、頭蓋骨や下あごにズレが生じ、噛み合わせが狂ってしまうのです。

 続いて、精神的なストレスもいけません。ストレスが溜まっていると、歯を食いしばりがちです。すると、顎関節にダメージが加わり、顎関節症の大きな原因になってしまいます。

 いま二つの原因を挙げましたが、どちらにしても噛み合わせの悪化は、骨格がズレるところから始まります。頭蓋骨自体に左右の差が生まれ、下がってしまった側のほお骨が、上あごを押し下げてしまいます。その結果、下がった側は奥歯の当たりがキツくなり、当たりがキツいほうの下あごが、さらにズレていってしまうのです。

 多くの人の場合、左のほお骨が下がり、左側は噛んだ奥歯が強く当たるために、下あごが右方向に押されてズレています。

 こうなると、当たりが強いほうのあごの筋肉(咬筋)がこって、食いしばりの原因になります。そして強く食いしばる状態が続くと、骨格のズレがさらに大きくなる、という悪循環に陥ってしまいます。

 姿勢の悪さが噛み合わせに影響を与える、ということからもわかると思いますが、噛むという動作は、単に上下の歯を噛み合わせるだけではありません。

 たとえば下あごは顎関節とつながっているうえ、複数の筋肉に支えられています。だから、噛み合わせが悪いと、周囲の骨や筋肉にかかる力のバランスが崩れ、難聴やめまい、肩こり、腰痛などにつながります。

歯周病の原因に

 さらに怖いのは、歯周病の原因になることです。噛み合わせが狂って、左右どちらかの奥歯が強く当たるようになると、力が強くかかった側の歯茎に圧力がかかり、そこにストレスが生じます。こうなると歯周病になりやすいのです。歯周病の最大の原因は、歯茎の汚れ。まさに噛み合わせの悪さが直接、歯周病を引き起こすのです。

 歯周病に罹患して細菌が増殖すると、それが脳に届けばアルツハイマー型認知症の原因になり、肺に入れば誤嚥性肺炎を引き起こしやすくなります。このように、大きなリスクにつながる歯周病の大きな原因である以上、噛み合わせを軽く見てはいけません。

 ですから、噛み合わせはぜひとも改善したいのですが、問題もあります。

 その一例ですが、奥歯の当たりがキツい状態を歯科医で調整してもらうと、奥歯を削られてしまうことが多いのが実情です。しかし、言うまでもないですが、歯を削らずにすんだほうがいいに決まっています。

 その点、悲観する必要はありません。自宅で、自分一人で調整して、狂った奥歯の噛み合わせを直すことができるのです。

 セルフ矯正の手順を説明する前に、ご自分の噛み合わせがズレているのかどうか、確認する方法を伝えましょう。

 まず、普通に口を開けてみて、それから閉じてください。このとき、あごの筋肉(咬筋)がこっている人は、どうしても食いしばってしまうため、口を閉じたときに歯と歯がぴったりと合います。しかし、本当は歯と歯の間に、2〜3ミリ程度のすき間が空いているほうがいいのです。

 A.そこで、歯と歯の間を2〜3ミリ離してください。そこから舌先をわずかに出すというイメージです。普段から歯と歯がこうなるように心がけましょう。こうしているかぎり食いしばることはありません。

 これがうまくできない人には、日中にマウスピースをつけることをお勧めします。食いしばりや歯ぎしりを防ぐためのマウスピースは市販されています。これを装着していると、歯と歯の間に空間ができて、咬筋がこりません。

 眠りにつくと体温が下がるため、就寝中は食いしばりや歯ぎしりをしてしまいがちです。それを防ぐために、あごがゆるんだ状態で寝るのが理想です。その際、必要なのが、歯と歯の間の空間で、それを自然に作れない場合は、日中のマウスピースが有効です。

 このようにして毎晩、あごがこった状態で就寝しないように心がけてください。まずは、それを生活習慣に取り入れるところから始めましょう。

下がったほお骨の押し上げ

 ここからは実際に、噛み合わせの狂いを矯正していきます。矯正それ自体を行う前に、食いしばりの原因になっている咬筋をマッサージします。

 B.口を閉じ、歯を食いしばった状態で、あごの付け根、つまり顎関節の付け根を触ってください。すると硬い部分に指が触れると思います。咬筋の中心が出っ張っているのです。そこに手のひらを当てます。

 C.口を軽く開けた状態にし、指で円を描くようにマッサージをしていきます。この動作を30回ほど繰り返してください。咬筋の出っ張りが平らになるくらいの力を入れ、軽く押し伸ばすイメージです。

 続いて、咬筋のストレッチを行います。筋肉をゆるめるためには、マッサージとストレッチの両方が必要なのです。

 D.まず、下あごに両手のひらを両側から引っかけます。そうしたら口を開き、開いたところで手を引き下げます。続いて、下あごを前にグーッと押し出します。両手のひらで下あごを押し込んでから、少し下げるイメージです。この状態を10秒ほどキープしてください。

 E.寝た状態で行うストレッチも紹介しておきましょう。仰向けになった状態で、指を2本、下の歯に引っかけて下に引きます。このとき指の力は、あごに力が入らない程度の軽さで十分です。そして、口を3ミリほど、指の力だけを使って軽く開きます。

 さきほど、就寝中の食いしばりを防ぐために、寝る前にあごをゆるめたほうがいい、と説明しました。このストレッチを就寝前に行えば、寝ながらの食いしばりや歯ぎしりの防止にもなるのです。

 ここからはいよいよ、噛み合わせのズレを矯正するための“本丸”に突入します。噛み合わせを狂わせているほお骨を押し上げ、左右の高さをそろえるための骨格矯正には、二つのアプローチがあります。

 まず、ゆっくり口を閉じたとき、先に上下の奥歯が当たるのが右側か、左側か、確認してください。そうしてもわからなければ、鏡に自分の顔を映して、左右どちらのほお骨がより下がっているか、確かめてください。左のほお骨が下がっていれば、下あごは右にズレています。

 F.確認できたら、最初にほお骨を押し上げます。下がっている側のほお骨に手のひらを当ててください。その際、右側が下がっていれば右の手のひらを、左側が下がっていれば左の手のひらを、下がっているほお骨に当てます。

 そうしたら、肘を反対の手で支えるか、テーブルにつくかして固定し、しっかりとほお骨を押し上げてください。口を開けたままの状態で押し上げるのがポイントで、気を抜かずに20秒ほど押し続けましょう。

 G.続いて下あごの左右へのズレを矯正します。下あごが右にズレている場合、左ほお骨に左の手のひらを当て、右のあごに右の手のひらを当ててください。口を大きく開き、下あごを左に押し込みます。軽く力を入れたまま、10秒ほどこの状態を保ってください。

 下あごが左にズレているという方は、手を逆にして行ってください。終わったら左右のほお骨のズレを鏡でもう一度確かめ、押し込みが足りないようであれば、同じ手順でもう1回行ってください。

 ちなみに、はじめに少しだけ触れましたが、ほとんどの方は左側のほお骨が落ちて、下あごが右にズレています。これは地球の自転の影響だと考えられます。

 さて、セルフ矯正が終わったら、奥歯を合わせてみてください。簡単な矯正を施しただけで、両方の奥歯が正しく噛んでいることを実感できると思います。とはいえ、いったんクセがついていると、すぐに元に戻ってしまうもの。マッサージとストレッチ、そして矯正を、毎日、根気強く続けることが大切です。

健康も美容も

 左右どちらのほお骨が下がっているか、わかりにくいという方のために、ほお骨の高さをチェックする二つの方法も伝えておきましょう。

 H.左右それぞれのほお骨の下に指を当て、顔を鏡に映して左右の高さを確認してください。案外、はっきりとズレが見てとれることが多いのです。

 I.もう一つは、歯のズレを見て確認する方法です。正中線、つまり上の歯と下の歯の中心線がズレていれば、噛み合わせがズレている証拠です。正中線を指でさしてズレを確認してください。正中線に対して下の歯が右にズレていれば、下あごも右にズレているということです。

 私のクリニックを訪れる方の、おそらく90%以上は、噛み合わせが狂っていると思います。もっと言うなら、食いしばりが少しもない方や、ほお骨がまったくズレていない方は、ほとんどいないと言っても過言ではありません。

 元来、私はフェイスラインを整えるためにあごの矯正を始めました。仮に、あごのラインが右にズレているとすると、左のフェイスラインが大きくなってしまうので、そこを修正していたのです。つまり、最初は美容が目的だったのですが、施術を受けた方から「噛み合わせが良くなった」という声をたくさんいただくようになりました。

 J.デスクワークやスマホの使用で姿勢が悪くなり、噛み合わせが悪化する人が増えていたのでしょう。

 しかし、マッサージをすると顔の筋肉がゆるみます。その結果、食いしばりがなくなるというのは、理にかなっています。「楽になった」という声が数多く届いたのを受けて、噛み合わせの矯正術を確立していった、というわけです。

 いまでは、美容と噛み合わせの双方を意識して施術しており、多くの方に効果を実感してもらっています。これは、実は読者のみなさんにとっても、一挙両得につながる話です。というのも、フェイスラインが整うと、張っていたえらが小さくなるのです。

 えらが張る原因は、むくみもありますが、それ以上にあごの筋肉のこりが大きいのです。あごの筋肉は、こると表に膨らんでくるもの。ボコッと張り出し、あたかも骨が膨らんでいるかのように見えます。

 それを家にいながらお金をかけずに矯正し、男性なら精悍なマスクを、女性ならフェイスラインの美しさを手にしたうえに、からだは健康になるのです。噛み合わせのセルフ矯正、お得だと思いませんか。

清水六観(しみずろっかん)
美容矯正士。明大柔道部時代から数々の整体を学び、独自の理論による整体術を確立。体形が崩れる原因として骨盤のゆがみに着目した。骨格矯正と健康指導の「ろっかん塾」院長(東京都杉並区高円寺南4-27-18 6階、電話03-5929-7042)。日本美容矯正士協会理事長。

「週刊新潮」2020年12月3日号 掲載