「原日出子」が語る「鬱」「夫婦の危機」

 女性なら誰もが通る更年期。そこに聳(そび)える大きな壁。9割に発症し、甘く見れば離婚や自殺を招きうる。症状悪化の要因の一つは夫――となれば、男性にとっても対岸の火事では済まない病気だ。女と男の病、更年期障害。今号は症状そのものの解説をお届けする。

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〈解説に入る前に、まずはその症状に苦しめられた方の体験談をご紹介しよう。女優の原日出子さん(61)。身体と心の異変に気付いたのは、今から15年程前だったという。〉

 あれは45歳になるちょっと手前のことですね。だるくて動けないとか、やる気が起きないとか。私の更年期障害はそうした倦怠感から始まりました。一番酷かったのは貧血。もともと低血圧なんですけど、医者に行ったら、「あなただけチベットにいるような酸素量ですよ」って。酸欠状態だから造血剤を飲みなさいと言われました。パッと起きたり走ったりすると危ないくらいの量だよ、と。確かに道を歩いていてもすぐ息があがるし、坂道を上ると途中で足が止まるくらいハアハアする。知り合いのママに「大丈夫?」と言われるほど、うぐいす色で血の気のない表情をしていたらしいです。お化粧していても下の色が透けて見えるくらい。白目も真っ青、歯茎も真っ白で。

 もともと私、子宮筋腫があり、それで生理が重く貧血が酷かったんです。でも、そこまで具合が悪くなったことはありませんでした。

 そうこうしているうちに、どんどん症状は悪化していった。運動もしたくない。そもそも動きたくない。当時、子どもがまだ学校に通っていたんですが、朝ご飯を食べさせて送り出したら午後の2時くらいまでは寝ていたんですよ。寝室に内鍵をかけて寝て、そろそろ帰ってくるという時間になったら動き出していましたね。

 更年期障害はほてりが出るなんてよく言いますよね。でも私はそれがなくて、逆に手足が冷えたりすることはよくありました。それも、夜中に目が覚めてがたがた震えるくらいの。冷や汗が止まらなくなり、月に1回くらいはトイレで動けなくなることもあったほど。3年間くらいはそんな苦しい日々が続きました。

〈いずれも更年期障害の典型的な症状である。そして、これも典型的な例だが、身体の不調は精神の不調に繋がっていく。〉

 落ち込んで鬱っぽくなりました。事務所から「泊まりのロケで」という電話が来ると、「はいはい」と言いながら行きたくなくて涙が出てしまうんです。事務所の人からはさぼっているように見えてしまいますよね。だからロケの前の日にテンションを上げておくんです。で、無理すると翌日はまたドーンと気分が落ちる。家にいて引きこもっている時は、話し掛けられるのも嫌。近くに住んでいる母が見に来てくれた時には、「死人みたいな顔してる」と言われたくらい。ある時、朝起きて洗面所に行って自分の顔を見たら、全然口角が上がっていないんです。笑おうと思っても、んーんと口角を上げようとしてもうまくいかないわけです。このまま仕事もできなくなるんじゃないかとまで考えた瞬間でした。

“治ったのか”

〈後述するが、更年期障害には重症化を招きやすい因子がある。原さんはそれにぴたりと当てはまるタイプであった。〉

 昔から自分は後回しで家族が先で、というタイプでした。家族のことをやって、ようやく台本を読む。当時、睡眠時間が5時間を超えることなんてありませんでしたね。子どもたちにコンビニ弁当を食べさせるというのも嫌なんです。何でもきちんとやらなきゃという性格で。先輩の女優さんに「こんな状態なんですけど」と相談したら、「日出子ちゃん、頑張り過ぎなのよ」と言われて。その方も更年期障害に苦しんだそうですが、「何でも人任せにできなくて自分でやり過ぎたわ」と言っていました。

〈更年期障害が悪化するか否かは、夫の対応も大きな影響を与える。原さんの夫といえば、やはり俳優として活躍する渡辺裕之さん(65)だが、〉

 はじめは戸惑っていましたよ。家に帰ってくると、洗い物が溜まっていて私がソファーでゴロゴロしていたりする。そんなことはこれまでなかったので、夫も機嫌が悪くなったり。更年期だからと言っても、「医者行けよ」。で、行ってきたら「治ったのか」。風邪じゃないんだから(笑)。

 だんだんわかってきて家事をやってくれるようになったのはいいけど、これまでやってないからさっぱりできない。私にいちいち聞かなきゃ駄目なので、ついに「もういいです!」ってキレてしまったこともありました。

 これまでとても仲の良い、ベタベタした夫婦だったからかしら。余計にビックリして、「僕のこと、もう嫌いになってしまったのかな」と、まるで愛情がなくなってしまったように感じたみたいですね。

〈結婚して初めて訪れた夫婦の危機。やがて治療の効果もあって症状は治まり、夫婦の仲も元通りになる。

 しかし、辛い日々だったと改めて原さんは振り返るのである。〉

スプーン1杯「女性ホルモン」が「離婚」「自殺」の原因に

 更年期障害という言葉自体は誰でも知っているが、それをきちんと説明できる人は多くはないだろう。

「日本の女性の閉経平均年齢は約50歳。その前後の45歳から55歳までを更年期と呼びます」

 と解説するのは、よしかた産婦人科の善方裕美院長である。

「この周辺の時期に女性ホルモンの分泌はゆらぎを繰り返しながら減っていく(掲載の図参照)。それを原因としてさまざまな不快症状が表れる。これを『更年期症状』と言います。このうち生活に支障を来すほど辛く、治療の必要がある状態のことを『更年期障害』と呼ぶのです」

 更年期「症状」は、更年期女性の約9割に表れるという。そして、「障害」にまで進む人も約5割に上るというから、これはもう、女性は誰でも覚悟すべき病だ。

 その症状は200種類と言われるほど多岐に亘る。いくつか挙げれば、のぼせ、ほてり、発汗、冷え、だるさ、疲れやすさ、不眠、憂鬱、記憶力の低下、めまい、耳鳴り、肩こり、関節痛、頭痛、動悸など。

「こうした症状を、単なる一時的な心身の不調だと捉えてしまう人も多い」

 と述べるのは、小山嵩夫クリニックの小山嵩夫院長である。

「だから病気ではないと軽視し、病院に行くなどの対処が遅れて悪化させることも少なくないんです」

 小山院長は簡易的なチェック表を考案。それが「簡略更年期指数(SMI)」と題する、掲載の表である。

「このチェック表で51点以上の人は更年期障害の疑いがある。医師の診察を受けた方がいいと思います」(同)

 ここに挙げられたような症状が強く該当すれば、個別の器官の不調ではない可能性が高いというわけである。

 そもそも、なぜ女性ホルモンのゆらぎが心身状態の悪化を招くのか。

「卵巣から出る女性ホルモンには2種類あります。エストロゲンとプロゲステロンです」

 と善方院長が言う。

「この二つは卵巣から周期的に分泌され、子宮内膜を厚くしたり整えたりしています。妊娠に至らないと二つのホルモンが減少して内膜がはがれ落ちるのですが、これが月経です。エストロゲンは美容健康ホルモンとも呼ばれ、体つきや肌や髪に影響します。また、気分を明るくしたり、元気を出す作用もある。プロゲステロンはわかりやすく言うと妊娠維持ホルモンです。このうち更年期障害に影響するのは、エストロゲン。エストロゲンは思春期に増加し、性成熟期にたくさん出て、更年期になると急激に下がり、閉経を迎え、老年期にはほぼ出なくなります。この分泌量がゆらぎながら全体として急激に下がっていく時期が更年期なのです」

 分泌量の低下に伴い、エストロゲンがもたらす効能が薄れ心身の不調が起こる。そして、

「これに加えて自律神経が乱れます。卵巣がエストロゲンを出すためには、まず脳の視床下部が刺激ホルモンを出す。これを受けて脳下垂体がまた別の刺激ホルモンを出す。それを受けた卵巣がエストロゲンを放出するという仕組みです。卵巣が寿命を迎えて働けなくなるのが更年期。いくら刺激ホルモンを受けても、エストロゲンが出なくなる。脳はおかしいと感じて“頑張れ頑張れ”と、過剰に刺激ホルモンを出すことになる(掲載の図参照)。脳下垂体の周辺には自律神経の中枢があるので、これによって自律神経がアンバランスになるのです」(同)

 こうして症状はより重くなるのだ。

 ちなみに、一生の間で女性の身体が分泌する女性ホルモンの量は、合計でもティースプーン1杯ほどしかないという。血液中の女性ホルモンの量を調べる時の単位はピコグラム。1兆分の1グラムだ。たったそれだけの量の増減で深刻な変調をもたらす。人体のバランスはかように繊細なのである。

気持ちに穴

 更に、だ。

 小山院長が言う。

「更年期の女性は心理的にも社会的にも大きな変化を経験する年齢。健康不安、老いの意識、老後の不安、夫の定年退職、子育てに子どもの巣立ち、親の介護などさまざまなストレスに晒されます。こうしたストレスがエストロゲンのゆらぎと減少に伴う心身の不調と絡まり合い、更に身体と心の症状を悪化させる。これら環境因子も合わさって、更年期障害の原因となっているのです」

 1996年に発足した「女性の健康とメノポーズ協会」は、これまで更年期女性の5万5千件に上る電話相談を受けてきた。三羽良枝理事長は言う。

「皆さん苦悩は深いですね。一番酷いケースですと、鬱気分が深刻化し、自殺してしまった方もいますし、相談員が自殺を止めたケースもある。また、夫が苦しみを理解してくれないことから関係が悪化し、離婚に至るというケースもあります」

 寄せられた相談の中からいくつか抜粋すると、

〈夏でもないのに上半身だけ暑くて汗がダラダラたれる〉

〈歩いていて突然頭がぐらっと回ったようになり、一瞬強い吐き気〉

〈いつも頭痛がしていて、夜中にも「痛い」と感じて目が覚めるなど熟睡できない〉

〈手足のしびれ感がある。足の甲、ふくらはぎ、アキレス腱などが風に当たると痛い〉

〈眠りが浅く、4時頃目が覚める〉

〈髪の毛が抜け、地肌が透けて見えるようになってきた〉

 他方、精神的な症状では、

〈人と話すことさえイヤ〉

〈目が覚めて「また朝が来たのか」と気持ちが悪くなる日々が続いている〉

〈心が死んでいる感じ。喜びがなく、涙を流すこともない〉

〈朝起きると涙が止まらない〉

〈気持ちにぽっかり穴があいたようで電車に乗るのが怖い〉

〈なんでもないことにイライラして怒鳴ってしまう〉

 時に地獄を見る女性もいるのである。

「だからこそ、なぜ更年期症状は起こるのか。そして、どう対処すべきか。まずはきちんと知ることから始めるのが極めて重要なのです」(三羽理事長)

「セックスレス」「不妊治療」危険因子のQ&A

 かくも深刻な更年期障害。自分もいつかは……あるいは妻は大丈夫か、と心配になるのは自然な話だ。どのような人がなりやすいのか。危険因子はあるのか。

 前項で記したように、更年期障害の大本はエストロゲンのゆらぎと減少。女性ホルモンの分泌について気になることがある方は、とりわけ不安を抱えるはずだ。

〈セックスレスだと更年期障害が重くなる!〉

 例えば、よく雑誌やネット記事でこんな文言が見られる。確かにセックスの頻度は女性ホルモンの分泌に関係しそうだ。

 ところが、

「性交経験の有無や頻度と、更年期障害の症状には、関係がありません」

 とはっきり否定するのは、東京歯科大学市川総合病院産婦人科の小川真里子・准教授である。

「確かに女性ホルモンが少なくなるとリビドーの低下、性欲の低下が起こります。つまり、女性ホルモンの多寡と性欲とは関係するのですが、その逆に、行為をすると女性ホルモンが出るわけではない。患者さんからもよくそうした質問を受けるのですが、行為をすると出るのはアドレナリンやドーパミンといった別のホルモンです」

 では、不妊治療や高齢出産歴の有無はどうか。いずれも卵巣の機能と関連性が深いと思われるが、

「こちらも更年期障害の重症度と関連するというデータはありません。そもそも出産経験との関連性もわかっていません」(同)

 むしろ気にすべきは月経前の体調や産後鬱との関係だという。

「生理不順との関係は明確ではありませんが……」

 と解説するのは、東京医科歯科大学の寺内公一教授(産科婦人科学)。

「PMSやPMDDと呼ばれる疾患があります。月経の前になると心身に不調を来す症状ですが、これが重い人は女性ホルモンのゆらぎと心身の状態が連動しやすい。こうした傾向の女性は更年期に入った時に鬱症状が出やすいという明確なデータがあります」

 産後鬱も同様だ。母親は出産前後で女性ホルモンの分泌量が大きく変わる。この変化で心身のバランスが崩れるのが産後鬱であるが、

「この既往歴がある女性は、更年期にも鬱症状が出やすいという研究結果が出ています」(同)

 心当たりがある女性は要注意である。

「フランスで3万人近い女性を対象に、さまざまな生活習慣と更年期症状との関連を調査した疫学研究があります」

 と寺内教授が続ける。

「その結果報告では、更年期症状発症のリスクを有意に上昇させる要素として、喫煙、アルコール飲料の摂取が挙げられています。喫煙やアルコール摂取は体内の酸化などさまざまなストレスを生むので、それが原因ではないか。また、糖類の過剰摂取や間食の回数も関連性が指摘されています。ただ、これらが原因で症状が出ているのか、あるいは、症状から出るストレスで糖類摂取や間食が増えているのかは定かではありません。更には、別の調査ですが、運動の習慣は、更年期鬱のリスクを下げることがわかっています」

 よって、

「当たり前の話になるのですが、過度の喫煙や飲酒、暴飲暴食、運動不足は他の病気同様、更年期障害にもつながりやすいのです」

 これに加え、専門家が口を揃えて指摘するのが、精神心理的因子、平たく言えば「性格」である。

「まあいいかと流せない人。真面目で責任感の強い人」(前出、善方院長)

「こうしなくては駄目だ、という考えが強い人。ストレスを上手に発散できない人は間違いなく症状が悪化しやすい」(前出、小山院長)

夫源病

 また、前項で述べたように、更年期障害には、更年期女性が抱える心理的、社会的な要素も影響を与える。

 では、そうした環境因子のうち何が大きく作用するのか。患者約100人の診療から、どの因子が頻繁に見られるか分析した結果が、掲載のグラフだ。「夫」という因子が「健康問題」と並び、最大の要素となっているのがわかる。

「私は『更年期外来』をもうけ、日々、更年期障害に悩む女性と面談していますが……」

 と言うのは、大阪大学招聘教授の石蔵文信医師だ。

「多くの女性にとっては、夫の存在が更年期障害の大きな原因となっているのを痛切に感じます」

 妻を悩ませる「夫」を見ていると、概ね三つのパターンに当てはまるという。

「支配的、依存的、そして上から目線ですね。支配的とは、妻に〜させてやるとか、〜を認めてやるなどという意識を持っている夫。依存的とは、妻の買い物について行こうとするなど、とにかく一緒に行動したがる夫。定年後、やることがなくなった男性に多いですね。上から目線はそのまま、お前は〜すべきだ、〜だから駄目だなどとアドバイスしたがる夫のことです」

 妻側の訴えで、夫がストレスの元凶になっているとわかり、今度は夫から話を聞く。すると、

「そういうご主人は大抵、“そんなはずはない”と言うのです。“自由に旅行に行かせている”“外に働きに出るのを認めている”などと言い出す。こうした態度こそが支配的で上から目線なのに気付いていない。しかもそういう人ほど、“俺は良い夫だ”と思っていることが多いのです」

 このように、夫が妻の更年期の症状を悪化させるだけでなく、さまざまな心身の不調の原因ともなっていると思われるケース。これを石蔵医師は「夫源(ふげん)病」と名付けている。

 ホルモンのゆらぎに加え、「夫」を代表とする負の環境因子。これらをどうコントロールするかが、更年期障害を克服するための重要な課題であることがよくわかる。

 最後に、前出の原日出子さんが言う。

「昔なら更年期障害は口にするのが憚られるものでしたが、今は違う。きちんと知り、そして夫婦で話し合う。それが最悪の事態を招かないためにも大切では」

 その意味でも、決して女性だけの病と言えないのは確かである。

「週刊新潮」2021年4月1日号 掲載