誰もが避けられない老化に伴う目のかすみ。“自然現象”であるがゆえになすがままという方も少なくない。だが、対処すればQOL(生活の質)改善が期待できると聞けばどうか。最新論文で判明した「白内障手術と認知症発症リスク」の関係を斯界の権威が解説する。

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 今回の調査結果は、「目の老化」とでもいうべき白内障の治療において画期的な意味を持つものだと思います。

 白内障の治療、すなわち手術を受けることによって、「認知機能の改善」あるいは「認知機能低下の歯止め」にとどまらず、「認知症発症リスク」が下げられることが明らかになったからです。発症すると完治することはなく、治療法そのものが確立されていない認知症。しかし今回の調査結果で、そもそも認知症になることを防ぐ「認知症予防」の効果が、白内障の手術にあることが分かったわけです。

〈こう解説するのは、日本眼科学会の理事長で筑波大学教授の大鹿哲郎氏だ。

 白内障手術の名医として知られる大鹿教授は、自身でも「白内障治療と認知機能の関係」を調査・研究し、その結果を発表してきた。そんな大鹿教授が「画期的」と評する「今回の調査結果」。超高齢社会を迎え、いずれ誰もが発症し得るという意味で認知症が「国民病」になりつつある現代日本において、その予防法が分かったとなれば注目せざるを得ない。

 また3月27日付の日経新聞は、2019年12月と翌20年5月を比較すると、65歳以上の白内障患者の受診が22%減ったと報じた。コロナ禍による「受診控え」が深刻化しつつあり、白内障も例外ではないというのである。

 それでは、「画期的な調査結果」を紹介する前に、白内障について簡単におさらいしておこう。〉

80歳以上だとほぼ全員が白内障

 目でとらえた光を網膜に集め、その情報を視神経を通じて脳に送る。それを脳が認識する。こうして、私たちの「見る」という行為は成り立っています。

 まず「目の入り口」である角膜で光を屈折させて取り込み、次に水晶体が厚みを変化させることで焦点距離を調整して、網膜にひとつの像を浮かび上がらせる。つまりカメラで例えると、角膜と水晶体はセットでレンズの役割を果たしているといえます。

 本来、水晶体は透明なのですが、加齢に伴ってたんぱく質が変性し、だんだんと濁っていく。透明だった水晶体が濁っていくと、外からの光を充分に取り込めなくなったり、光が散乱して網膜にうまく像を結ばなくなる。その結果、物がぼやけたり、かすんで見える。これが白内障です(イラスト参照)。

「白内障診療ガイドライン」によると、軽度のものを含めれば50代で2人に1人、60代で3人に2人、70代で5人に4人、そして80歳以上だとほぼ全員が白内障になります。

唯一の根本的治療は?

 このように、目の濁りはごく自然な老化現象であり、過度に心配する必要はない一方、「濁っていないレンズ」を取り戻すことができると、QOL(生活の質)が向上し、日常が豊かになることもまた事実です。そして、濁った水晶体のせいでかすんでしまう視界を改善する唯一の根本的な治療法はレンズを入れ替えること、すなわち手術なのです。そして、白内障を放っておかずに手術することのメリットのひとつを示したのが、冒頭で触れた「画期的な調査結果」です。

 この調査結果とは、昨年12月に米国ワシントン大学医学部のセシリア・リー准教授の研究チームが、国際学術誌「米国医師会雑誌:内科(JAMA Internal Medicine)」に発表したものですが、その前に白内障手術と認知機能・認知症の関係の研究歴をひもときたいと思います。

手術で認知機能が改善

 2008年、私たちの研究グループは、両目とも白内障の手術をした患者さん102名を対象に、手術前後での視覚関連QOL、うつ状態、認知機能のスコアを比較しました。視覚関連QOLとは、手足に怪我を負っているなどの目以外の要因を含めず、目が見えにくいことに由来するQOLのことです。小さい物が見えにくいといった「直接的」なQOLの変化にとどまらず、目が見えにくくなったことで外出機会が減ったというような「間接的」な変化も含みます。

 そして調査の結果、視覚関連QOL、うつ状態、認知機能、どのスコアも術後に改善していることが分かりました。つまり、白内障によって視覚関連QOLが低下し、気が滅入ってうつ状態になり、また目の衰えに伴い脳機能も低下していた患者さんが、手術したことで「かすんでいないかつての視界」を取り戻し、いずれも改善した。私たちはそう解釈しました。

 ただし注意が必要です。私たちの調査結果で分かったのは、あくまで白内障手術によって「認知機能が改善した」ことであり、「認知症になりにくくなった」ということではありませんでした。認知機能が低下したからといって必ずしも認知症になるわけではありませんから、この点は区別して考える必要があります。

 その後、18年には奈良県立医科大学が研究結果を発表し、白内障の手術をしたグループとそうでないグループを比較したところ、前者のほうが軽度認知機能障害のリスクが低かったことが分かりました。しかしこの調査結果も、あくまで認知機能についてであり、認知症そのものとの関連は示されませんでした。

「認知症発症リスクそのもの」との関係

 ところが昨年12月に発表された米国の研究結果では、私たちや奈良県立医科大学の論文では触れられていなかった、白内障手術と「認知症発症リスクそのもの」の関係が明らかにされたのです。なおこの調査は、対象人数が多い上に、複数年にわたって追跡調査をしている点で、手法においても優れていたといえます。

 具体的には、認知機能が正常で、白内障や緑内障を患っている65歳以上の4508人を対象に、白内障の症状があって手術を受けた人とそうでない人を比較し、人によっては10年など長期にわたって追跡調査。すると、前者のほうが認知症発症リスクが約30%低かったことが分かったのです。

 ではなぜ、白内障の手術を受けると、認知症発症リスクが下がるのか。その因果関係は、眼科の範疇を超えるところもあり、はっきりとしたことは申し上げられませんが、推測することは可能です。

 一般的に、難聴の方も認知症になりやすいといわれています。それと同様に、白内障になることで目を通じて脳に入る刺激が少なくなることが直接的な要因としては大きいのではないかと考えられます。なにより、人間は情報の約8割を目から得ているともいわれていますので、目が濁り、「情報入手」に支障をきたすことが脳に与える影響は決して小さくないといえるでしょう。

ブルーライトとの関連性

 また、社会行動学的な要因も考えられます。耳が聞こえにくくなったり、目が見えづらくなると、出歩くことがおっくうになりがちです。外出の機会が減れば、人とも会わなくなり、社会的なアクティビティーが減少して脳への刺激低下につながることが考えられます。

 さらに、ブルーライトとの関連性も考えられます。白内障になると水晶体が黄色く濁ります。すると、黄色系の補色である青色系の光、ブルーライトが網膜まで通りにくくなります。

 網膜の細胞の中には、青や紫の光を感知することで「日内変動」の役割を果たす細胞があります。日内変動とは、いわゆる体内時計です。白内障によってブルーライトが網膜まで通らなくなり、1日の体内リズムがくずれることで日常生活に異常をきたし、認知症につながっていくのではないか――こうした仮説があり、白内障の手術によってこの「ブルーライトリスク」が軽減されることが影響している可能性も考えられる。ブルーライトは、寝る前に見ると寝つきが悪くなるといわれている一方、日中にはある程度目にしていないと体内リズムを整えられないのです。

緑内障手術と認知症発症リスクの間に相関関係が見られず

 今回の研究結果で、もうひとつ興味深いのは、緑内障手術と認知症発症リスクの間には、相関関係が見られなかったことです。眼圧の上昇によって起こる緑内障の手術は、眼圧を下げることで「視力をそれ以上悪くしない」ためのものです。他方、白内障の手術は濁ったレンズを主にアクリル製の柔らかな新しいレンズに替えることで「視力を良くする」ためのもの。この違いから、緑内障の進行を止めても、白内障と異なり、認知症の発症リスク軽減につながらなかったということなのではないでしょうか。

 これまで見てきたように、白内障手術と認知症の関係という新たな研究結果が出てきたわけですが、認知症まで至らなくても、白内障によるQOLの低下は、かねて指摘されてきたところです。

 具体的には、白内障になって視力が低下し続けることにより眼鏡がどんどん合わなくなっていくことがあげられます。眼鏡を替えても、すぐに度数が合わなくなる。その度に新調するのも大変ですし、お金もかかります。したがって、合わない眼鏡をかけ続け、イライラが募ったり、「見えにくい世界」で暮らし続ける弊害が起こるのです。

負のスパイラル

 また、物がダブって見える方も多い。かすむのではなく、物が2重、3重に見えるのです。白内障になると、視力が1.0あってもダブって見えるケースがある。そうなると、やはり「見えにくい世界」で生活しなければなりません。

 さらに、家の中にいる分には問題ないものの、遠くがかすんで見えるため運転しづらいと訴える方もいます。特に、目に入った光が焦点をひとつに結ばず反射するので、夜間の対向車のヘッドライトが怖くて運転できなくなる。都心であればともかく、地方では車を運転できなくなるのは行動範囲を著しく狭めることになります。

 このように、白内障による目の不調で、単に物が見えにくいという現象にとどまらず、ひとりで外出すると人に迷惑をかけてしまったり、あいさつをされても気付かずに失礼してしまうといったことが気になり、「引きこもり」を誘発しかねません。そうなると、活動量が減って認知機能の低下を招き、より活動量が減って……という負のスパイラルに陥ってしまう人もいるのです。

手術は20分程度で終了

 こうした事態を招く白内障の治療法は、先ほど申し上げたように手術以外にありません。水晶体の濁りは9割以上が加齢に伴うものであり、どうやっても年齢を重ねることによる濁りを防ぐことはできず、レンズを替える以外にないのです。

 水晶体は加齢とともに徐々に濁っていきます。つまり、白内障はごく自然な老化現象であり、淡々と受け入れることもひとつの選択肢ではあるでしょう。しかし、これまで説明してきたように、手術をすることでさまざまなメリットが得られるのも事実です。

「眼球の手術」と聞くと恐ろしく感じられるかもしれませんが、点眼などの局部麻酔で身体への負担も少なく、20分程度で終了し、現在、日本では年間約160万件の白内障手術が行われています。少なくとも、眼球の手術だからといって、過度に、そして無闇に恐れる必要はありません。

 しかもこの1〜2年で、眼内レンズの種類が増え、とりわけ「多焦点レンズ」が改良されています。これは、眼鏡でいう「遠近両用」をイメージしてもらえればいいと思いますが、最近では「遠中近3焦点」のレンズも出てきています。

 加えて、多焦点レンズは混合診療が可能となりました。それまでは、多焦点レンズを選ぶと手術代、レンズ代ともに自己負担でしたが、一昨年4月から、多焦点レンズを選んでも手術代には保険が適用され、単焦点レンズとの差額と、若干の追加検査費用を自己負担するだけでいいことになった。この制度変更はあまり知られていませんが、非常にお得だと思います。

片目で見る

 こうして、バリエーションが増えている手術を選択するか否かを判断するには、どれだけ白内障の症状が進行しているかが大きなポイントになってきます。しかし、老化現象のひとつである白内障による見えづらさに関しては、それが水晶体が弾力性を失うことによるいわゆる老眼のせいなのか、あるいは緑内障によるものなのか、その違いを患者さんご自身で確かめることは難しい。

 したがって、セルフチェックとしては「一般的な目の不調」を気に掛けるしかないのですが、その具体的な方法としては「片目で見る」ことがあげられます。日頃よく使う「利き目」が問題なく見えていると、もう片方の目が見えにくくなっていることに気付かないケースが意外と多いのです。とりわけ男性は気が付きにくい。というのも、女性はお化粧でアイラインを塗る時などに片目で見る機会が日常的にあるのに対して、男性は意識をしなければ片目で見る場面がない。その上で、見え方に異常を感じた場合は、眼科を受診することが大事なのは言うまでもありません。

 加齢による白内障は、白髪になるのを防ぐことができないのと同じように、予防法はほとんどありません。一方で白髪と違うのは、QOLの低下をもたらす危険性がある点です。したがって、認知症発症リスクを下げることが分かった今回の調査結果も踏まえ、手術するか否か、「正しく恐れる」必要があると思います。

大鹿哲郎(おおしかてつろう)
日本眼科学会理事長・筑波大学教授。1985年、東京大学医学部卒業。東京厚生年金病院眼科、同大助教授等を経て筑波大学教授に。白内障手術の名医として知られ、『目の病気がよくわかる本』などを監修。NHKをはじめテレビ番組にも多く出演している。

「週刊新潮」2022年4月14日号 掲載