豊かな老後を過ごすためにすべきことを説き、ベストセラーとなっているのが『80歳の壁』(幻冬舎新書)である。その著者で老年医学の第一人者・和田秀樹氏は、「楽な生き方」の実践こそが「健康長寿」の秘訣と明かす。読めば目からうろこのエッセンスが満載の特別講義をお届けする。

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 たとえば、高齢になってもタバコをやめない人がいたとします。昨今の風潮から、周りの人たちは「もう年なんだから」と禁煙を勧めますが、それまでタバコを嗜(たしな)んでいた人からすれば、どうしても我慢が生じます。

 40〜50代くらいまでの人なら健康維持のために効果的かもしれません。しかし、70〜80代が禁煙するメリットと、我慢で生じるストレスのデメリットをてんびんにかけて、どちらがより健康に良くないか尋ねられたら、私は医師として後者だと助言します。実際、私の勤務していた老人ホームでの調査結果によれば喫煙者の群と非喫煙者群で生存曲線に大差がありませんでした。おそらく、煙草で体を壊す人は早くに亡くなってしまいますから、喫煙者でも80代まで元気なら、無理してやめる必要はないでしょう。

 やりたいことがあるのに見栄を張って我慢をする。当然ここにはストレスが発生し、免疫機能に悪影響を与えます。逆に幸せな気分でいる時は、がん細胞を殺してくれる免疫細胞であるNK細胞の活性が上がるということが指摘されています。

 高齢者が健康のためにと我慢して、結局ストレスで体を壊しては意味がありません。それよりも、自分がやりたいことを優先して、ストレスなく「楽に」「楽しんで」生きた方が幸せな人生だったといえるでしょうし、「健康寿命」にもいいのではないか。それが今回、私がお話ししたいテーマです。

アリとキリギリス、どちらが幸せ?

 日本人の平均寿命(2020年統計)は男性81.64歳、女性87.74歳で世界でもトップクラスを誇りますが、心身共に健康でいられる「健康寿命」(19年統計)は男性72.68歳で女性75.83歳と大きな隔たりがあります。平均寿命と健康寿命の差は男性で約9年、女性で約12年あるわけですが、それは病気や認知症などで誰かに介助されながら生きる平均期間を表します。充実した70代、80代になれるか否かは、この期間を元気で過ごせるかどうかにかかっている。それを私は拙著『80歳の壁』を通じて述べてきました。

 それだけ聞くと、多くの人は“自分はまだ大丈夫”と老いた現実を認めようとせず、いかに健康を保つかを気にし始めます。食事制限で摂生に努めるなどしてストイックな毎日を過ごす方もいますが、日本人はアリとキリギリスの寓話でいえば、前者のような生き方こそ美徳と思いがちです。

 目標に向かいコツコツと我慢強く頑張る姿は、傍目からは素晴らしいと映るかもしれません。けれど、見方を変えればアリは禁欲的に生活するあまり、楽しむことを知らずに死んでいく。片やキリギリスは人生の最期まで楽しんで死んでいったと解釈することもできます。共に最後は死にゆく運命なら、どちらが果たして幸せな人生といえるのか。現役世代ならコツコツとアリのように働くのが大事でも、退職後はキリギリスのように楽をしてもバチはあたらないと思います。

「衰える」と「老いへの敗北」は違う

 高齢者専門の精神科医として約35年間、6千人を超える患者を診てきた経験でいえば、身体に生じた衰えを受け入れたくない人たちは、本来必要であっても杖やおむつといった“老人の象徴”を拒絶して無理する傾向にあります。

 しかし、「衰える」ことは決して「老いに敗北した」という意味と同義ではありません。筋力や認知機能の低下など、加齢による衰えはあらがってもやってくる。そうした現実を受け入れず、我慢を重ねて亡くなるより、足腰が弱くなったら杖をつき、耳が遠くなれば補聴器をつけ、使えるモノはうまく利用して楽をした方が、活動的で若々しく生きられるはずです。

 大人用おむつを勧められると、自分が老人扱いされたと感じて露骨に嫌がる方も多いと思いますが、そうした人は失禁を恐れるあまり電車やバスにも乗りにくくなり、ちょっとした遠出は難しくなる。結果、出不精になって老いが一層進むリスクを考えれば、おむつをはいた方がぐっと行動範囲も広がります。「できないこと」は無理せず諦めて、もっと「楽に生きる」ことの方が、より有意義な人生を送れると思いませんか。

人生を楽しむ余地

 さまざまな公的福祉のお世話になるのを恥ずかしいと思う高齢者もいますが、使えるものは利用するとの観点に立てば、そんなことはありません。これまで立派に保険料や税金を納め続けてきたわけですから、介護保険や生活保護だって利用するのは当然です。権利を行使する資格を持ちながら、お上の世話になるのはどうかと我慢するのはおかしな話です。

 デイサービスやヘルパーも同様で、まだまだ自活できると努力するのは大切だし立派なことですが、若い頃のように何も不自由なく暮らせるのは、70代くらいまでなのが実状です。80代を迎えれば避けようのない衰えが待っています。

 ならば、無用な意地を張らず他人の力を借りることができれば、その分人生を楽しむ余地が出てきます。デイサービスなどの施設に通って、入所者同士で語り合い合唱したりすれば脳が刺激される。面倒な家事からも解放されて、好きなことに使える時間も増えます。

 さらには多くの高齢者が楽に生きられない要因のひとつとして、健康診断の影響は大きい。診断における正常値は、あくまで統計的なはずれ値を除いたものであって、明確な根拠のあるものではありません。当然ながら個人差があり、基準値を超えたから病気になる、基準値内だから自分は大丈夫とはならないのです。80代を超えて元気なら「自分がエビデンス」だと胸を張り、多少の数値の変動があったからといって過度におびえることはないと思います。

年齢プラス90の血圧は問題ない

 たしかに70代ともなれば、大抵の人は血管の壁が厚くなって動脈硬化の状態になります。そのため、ある程度の血圧や血糖値がないと脳などに酸素や栄養が届きにくくなる。それなのに、多少血圧が高いからといって降圧剤で無理に血圧を下げれば、体へ栄養が行き渡らず結果として頭がぼんやりしてだるくなります。

 そうした薬を服用する毎日から解放されたら、もっと人生が楽になると思いませんか。もちろん極度の高血圧は問題ですが、今の130以上を高血圧とする基準はあまりに低く設定されていると思います。日本人の死因で一番多かったのは、1980年まで脳血管疾患でした。この原因として高血圧がやり玉に挙げられてきましたが、栄養状態のよくなった今では多少血圧が高くてもそう簡単に脳の血管は破れません。高齢者でも年齢プラス90くらいの血圧値であれば、まず問題ないと考えてください。

 血圧と同じくコレステロール値も下げろと言われますよね。動脈硬化の原因ではありますが、他方でコレステロール値が高い人ほどがんになりにくいというデータも存在します。日本では動脈硬化が一因となる心筋梗塞で亡くなる人と比べたら、がんで命を失う人の数の方が12倍も多い。またコレステロールは細胞膜の材料としても用いられるため、コレステロール値の低い人ほど免疫機能が落ちるといわれます。

寝たきりのリスク

 加えて男性ホルモンを形成する上で欠かせない物質でもあるので、コレステロールを下げる薬を飲むとEDになりやすく、意欲や活力低下を招く。値を下げようと無理して肉を抜くよりも、食べたいものを口に入れた方がよほど健康的な老後を送れると思います。

 食生活では塩分や糖分の摂取も控えるよう言われることが多いですよね。でも、年を重ねると舌の味を感じる機能である「味蕾(みらい)」が減少するため、濃い味付けを好むようになります。

 ですから過剰に制限をかけるのはご法度です。高齢になるほど体に塩分を保持する能力が落ちます。これからの季節は発汗でも失われるので、この状態が続くと低ナトリウム血症を引き起こしてけいれんや意識障害に陥る。糖分も血中のブドウ糖濃度が下がれば頭がぼんやりしてくる。降圧剤を服用しているなら尚更で、運転中にこうした事態が起きれば事故を起こしかねません。

 無理してダイエットに励んでいる人は再考を勧めます。50〜60代の方であれば食事制限で動脈硬化のリスクを下げておくことは、その後の人生に有用かもしれません。ただ70代を過ぎると消化機能が落ちて食べる量も減ってはいませんか。

 実は「最も長寿の群」はBMIの値が20〜30の人たち。BMI35以上の群でもやせ型より長寿とされています。つまりは小太りくらいの体型の方が長生きしやすいのに、食事量を減らせば、栄養不足となって免疫機能も落ちるでしょう。

 特に肉の摂取量を落とせばタンパク質不足から筋量低下に陥り、転倒して寝たきりのリスクも高まります。高齢者は健康のために無理して野菜中心の食事に変えがちですが、本末転倒になる可能性もあります。

一人飲みに要注意

 冒頭でタバコの話をしましたが、最後にお酒との付き合い方を考えてみましょう。ご高齢の方は若い人に比べてアルコールを分解する能力が下がるため酔いやすく、結果的に飲み過ぎにはなりにくいので禁酒にこだわる必要はありません。ただし、お酒はどうしても依存症のリスクが高いので程々が大切。一人飲みだと、飲み過ぎた時にとめてくれる人がいないので、お酒が好きな人は気を付けた方がいいでしょう。おすすめなのは気の合う人と飲むこと。飲食店の制限も緩和された今、友と語らいながら飲むことは刺激になりますし、外に出ることでリフレッシュにもなります。

 これを機に人間関係を見直すのも大切です。現役時代なら嫌な人と付き合う意味もあったでしょうが、リタイアしたら無理して関係を続ける必要はありません。限られた余生を自分のために使って誰が文句を言いますか。高齢者にとっては、今こそ悠々自適に過ごすチャンスなのです。

和田秀樹(わだひでき)
精神科医(老年医学)。1960年大阪生まれ。東京大学医学部卒。和田秀樹こころと体のクリニック院長、国際医療福祉大学大学院特任教授。高齢者専門の精神科医として30年以上、高齢者医療の現場に携わっている。『「人生100年」老年格差 超高齢社会の生き抜き方』(詩想社)など著書多数。

「週刊新潮」