何事も体が資本。蓋(けだ)し至言である。だが、そこにもう一要素足すことができなければ、人生100年時代を無事過ごすことはできない。何事も頭が資本――。超高齢社会を生き抜くための「生涯健康脳」の鍛え方とは。16万人の脳MRI画像を診てきた専門家が伝授する。【瀧 靖之/東北大学加齢医学研究所教授】

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「どうせ三日坊主になるに決まっている」

 人生経験を積んだ高齢者になればなるほど、心身の衰えも相まって、自分自身のことをそう諦めがちです。

「今から新しい何かを始めたところで、続けられずにまたすぐやめてしまうのは目に見えている……」

 しかし、脳研究の専門家である私からすると、このマイナス思考は間違っていると断言できます。

 三日坊主でいいのです。それが人間として普通のことなのです。そして、三日坊主は後になって必ず役に立つ時が来ます。なぜなら、脳には「可塑性(かそせい)」があるからです。

“三日坊主”は黒歴史ではない

 以前は、脳は一度形や大きさが完成すると、以降は加齢に伴い衰えていくだけと思われていました。しかし、近年英科学誌「ネイチャー」に掲載された研究報告等によって、そうではないことが分かってきています。

 脳は何歳になっても神経細胞同士をつなぐ回路を変化させ、機能を高めることが可能なのです。とりわけ記憶を司(つかさど)る海馬にいたっては、その中で神経細胞そのものが新しく生み出されることがある。外部からの刺激などで脳の体積や回路が変化することを「脳の可塑性」、海馬で起きる現象を「神経新生」と言います。

 したがって三日坊主は、その人が先天的に「努力できない脳」の持ち主だからなおらないという話ではない。後天的な工夫やトレーニング次第で「脱・三日坊主」はできる。つまり、私たちは何歳になっても新たにチャレンジし、学び、知識や技術を身に付けていくことが可能なのです。

 実はその時、たとえ三日坊主であったとしても過去に取り組んだことがあるという経験そのものが、新たな学びへの大きな助けとなります。すなわち、三日坊主は決してチャレンジに失敗した「黒歴史」などではなく、新しい挑戦をするにあたっての、脳にとっては大きな財産といえるのです。

〈と、新たな試みに尻込みしがちな高齢者を勇気づけてくれるのは、東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授だ。これまで16万人にもおよぶ脳のMRI画像を読影、解析してきた「脳診断」のプロである。〉

脳の機能には可塑性がある

〈そんな瀧教授は、かねて「生涯健康脳」を提唱してきた。脳には可塑性があるのだから、高齢を理由に学びを断念する必要などないと。

 人生100年時代を迎え、百寿が人ごとではなくなっている現代において、私たちの課題は「長寿」とともに、いやむしろそれ以上に「健康長寿」であるといえよう。「平均寿命(男性81.47歳、女性87.57歳)」と、介護の必要なく自立的に生活できる「健康寿命」との間に約10年の差が生じている。つまり、私たちは最晩年の10年を「非・自立的」に生きなければならないのだ。この10年を何とか短縮し、「寿命≒健康寿命」とすることはできないか。そのためには「脳の健康長寿」も欠かすことはできまい。

 瀧教授が生涯健康脳について続ける。〉

 もちろん、脳が加齢とともに萎縮していくのは紛う方なき事実です。萎縮により、例えば速いスピードで計算するようないわば「脳の瞬発力」は落ちます。

 しかし、脳の機能が“衰えへの一方通行”でないことは、可塑性があることによって証明されました。脳に好影響を与える生活習慣やトレーニングで、記憶して知識を蓄えていくことそのものは、何歳でも可能ということです。

体は脳を表す

 逆に言えば、生活習慣によっては脳機能の衰えがより加速してしまう場合もあります。

 実際、16万人の脳のMRI画像を見てきた私には、揺るぎないひとつの経験則があります。大学に被験者として来られる高齢者に関するある法則です。結論から先に申し上げると、「名は体を表す」ではなく「体は脳を表す」ということです。

 身なりがしっかりしている高齢者は、脳のMRI画像を見ても、萎縮が少なく、きれいに保たれている方が多い。一方、失礼な言い方になってしまいますが、ヨレヨレのジャージを着て来られるような高齢者は、同年齢の方と比べても脳の萎縮が進んでいる場合が多いのです。

 結果的に、脳機能がしっかりしている方は、社会との関わりを保つことができて、コミュニケーションの機会も多い。すると必然的に、身なりを気にして整えるようになる。身なりに気を配れば、その分、脳を働かせることになり、脳の状態が良く保たれる。このように、脳と見た目は相互に影響し合い、高め合っているのです。

「ちょっとやった」経験が生きてくる

 では、脳の可塑性によって、高齢者はどこまでその機能を高めることができるのでしょうか。これはあくまで感覚的な話になりますが、何歳から学び直しを始めても、努力によっては自身が中高大学生だった頃と引けを取らないところまではいけると思います。無論、始めるのが遅くなればなるほど時間はかかりますが、いくつになってもさまざまなことにチャレンジするのは可能だと考えています。

 ここで、話を三日坊主に戻します。過去に英会話や楽器演奏、新しい資格試験に挑戦してみたものの、練習や勉強が続かずにやめてしまった経験のある方は少なくないでしょう。だから、今さらもう無理だと。

 しかし、まず脳においては「ゼロ」と「1」の差が非常に大きいことを知っていただきたいと思います。脳は記憶をするため、全く経験がないのと、少しでも手をつけたことがあるのとでは雲泥の差がある。例えばピアノですと、子どもの頃に少し習っていた、あるいは40代で少しかじったという経験があれば、親近感や知識が残っていますから、高齢になって「ゼロ」から始めるよりもハードルがグッと下がります。ちょっとでもやっておきさえすれば、三日坊主でも役立つのです。

人間は「習慣を変えること」にストレスを感じる

 また冒頭で、三日坊主は人間として普通のこととも述べました。人は三日坊主になってしまうのが当たり前なのです。なぜなら、私たちには現状維持バイアスというものが働き、日常生活の習慣を変えることにものすごいストレスを感じるようにできているからです。

 仮に、ここまでこの記事を読んでくださった読者が、一念発起してピアノを始めたとします。今日、明日、明後日……長くても1カ月くらいでフェードアウトし、練習をやめてしまう方がほとんどでしょう。でも、それは現状維持バイアスが働く人間として普通のことなのです。ですから、それで自分をダメだと思ったり、責めたりする必要は全くありません。

 とはいえ、それで良しとしたら一向にピアノを弾けるようにならないではないか、結局三日坊主を繰り返すだけで、技術習得までたどり着けないではないか――そう思う方もいるでしょう。しかし、そんなことはありません。現状維持バイアスを逆に働かせればいいのです。そのためにお勧めなのは「スモールステップ法」です。

 例えば、思い立って今日から筋トレを始めたとします。そうはいっても、全く運動していなかった「ゼロ」の方が、いきなり毎日20回腕立て伏せをしようとすると、1日やっただけで嫌になってしまうに違いありません。したがって、極端な話をすれば1日1回でもいい。ピアノなら、必ず毎日ピアノの前に座る、あるいは1小節で構わないから弾く。英会話であれば、1日1単語でいいから覚える。

「続けないと嫌」に

 そんなに「小さな歩み」でいいのかと不安になるかもしれませんが、それで構わないのです。その代わり、絶対に1週間は続けてください。それができたら、腕立て伏せを3回にし、ピアノだったら小節数を増やして、英会話だったら文章を覚える。こうして小さな歩みを積み重ねていくと、新たな現状維持バイアスが働き始めます。つまり、ちょっとずつ続けていたことをやめるほうが気持ち悪く感じられるようになる。こうした小さな積み重ねによって、現状維持バイアスが働く方向を、「続けるのが嫌」から「続けないと嫌」に逆転させるのに有効なのがスモールステップ法です。

 この「逆転」には2カ月程度かかるといわれていますが、年齢に関係なく、誰にでも可能とされていますので、「この曲を弾くぞ!」と意気込むのではなく、「1小節必ず弾くぞ!」から始めれば、いくつになっても確実に新しい技術を身に付けられます。

20〜30分の間“集中しきる”ことが大切

 スモールステップ法である程度の習慣化ができたのであれば、次には「ポモドーロ法」を実践するのも効果的でしょう。人の集中力は20〜30分が限界といわれています。その時間内で覚えられたことは、その後も記憶として残る。逆に、20〜30分以上経って覚えたことはあまり身にならない。20〜30分集中的に取り組んで、やり切ったら5分きっちり休む。これを繰り返すのがポモドーロ法です。

 大事なことは、20〜30分「集中しきる」ことです。例えばスマートフォンを近くに置いていてメールが来たりすると、そこで集中が途切れてしまいます。そして、一旦切れた集中はすぐには戻らず、数分間は集中することができません。これを「注意残余」と呼びます。そのため、周りに余計なものは置かず、20〜30分後に鳴るタイマーをかけるなどして「集中しきる」ことが重要なのです。

 さらに、脳の可塑性を生かし、高齢になってから新たに学ぶ上で大切なのは知的好奇心です。脳の中で感情を司るのが扁桃体(へんとうたい)、記憶を司るのは海馬ですが、扁桃体と海馬は非常に密接に機能連絡をし合っています。したがって、楽しくてワクワクするといった感情を持つことで、記憶力も高まる。ゆえに、面白がる知的好奇心が、学び直しには重要になってくるわけです。事実、私たちのグループが2000年から約8年間にわたって、男女381人の追跡調査を行った結果、アンケートで知的好奇心が強いと分類された方は、脳の側頭葉と頭頂葉が接する領域の萎縮が少ないことが分かっています。

理想は30分の早歩き

 とはいえ、何を始めたらいいか分からない、そもそも知的好奇心が沸き上がってこないという方もいるでしょう。そこで大事になってくるのはハードルを下げることです。例えば、全く未知の分野にチャレンジするよりは、かつて少しでもやったことがある趣味的なものを再開するほうがハードルは低い。そう、昔の三日坊主の経験が、この局面においても「財産」として生きてくるのです。

 ここまで、脳の可塑性を理解した上での学び方について説明してきました。こうした学びによる脳の活性化とともに、「脳の健康」を保つことが大切であるのは言うまでもありません。健康寿命を短くする原因の約4割を、脳血管障害や認知症といった脳関係の疾患が占めています。脳の健康がいかに大事かが分かります。

 脳の健康状態に好影響を与える生活習慣の代表的なものとしては、まず運動が挙げられます。特にエビデンスが高いのが有酸素運動の習慣化です。具体的には息が弾む程度の早歩きを30分程度行うのが理想的でしょう。ただし、これは決して低いハードルではありません。ここでもスモールステップ法を活用し、最初は家を出て100メートルだけ早歩きすることから始めてもいいと思います。

 そもそも、なぜ運動が脳の健康にとって良いのかといえば、海馬と関係があります。先ほど述べたように、海馬は脳の中で唯一、神経新生が起きる部位です。有酸素運動は神経新生を促すために海馬の機能を高め、同時に有酸素運動が脳の可塑性を促進することも分かっています。

睡眠と食事

 次に睡眠。アルツハイマー型認知症の原因物質であるアミロイドβという異常タンパク質を、睡眠は洗い流してくれる上に、寝ることでやはり海馬の機能が高まることが分かっています。簡単に言えば、人は眠るからこそものを覚えられるのです。1日6〜8時間の睡眠は必要とされています。私自身も、どれだけ忙しくても7時間の睡眠を確保するように努めています。

 当然、食事に気を使うことも脳の健康を大きく左右します。よく言われるように、和食や地中海食といったヘルシーでバランスの良い食事を心掛け、何よりも動脈硬化を防ぐことが大事になります。心筋梗塞同様、脳梗塞も動脈硬化によって引き起こされるからです。

 食事との関連で言うと、実は脳の健康にとっては適切なダイエットもお勧めです。というのも、女性に多い皮下脂肪型の肥満は体を保護する役割も果たしますが、一方で男性に多い内臓脂肪型の肥満は慢性炎症を引き起こす。その結果、血管も炎症を起こしてしまい動脈硬化につながるのです。

 以上のようなことに気を配りつつ、脳の健康を保ち、いくつになっても学び続けることが健康長寿に大きく寄与するはずです。そのために、まずは「脳は衰えていく一方である」という思い込みから自身を解放する。これが広い意味での“スモールステップ”の第一歩となるのではないでしょうか。

瀧 靖之(たきやすゆき)
東北大学加齢医学研究所教授。 1970年生まれ。東北大学大学院医学系研究科博士課程修了。医師、医学博士。MRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを研究。これまでに読影、解析した脳MRI画像は16万人に上る。『生涯健康脳』『脳はあきらめない!』等、著書多数。

「週刊新潮」2022年9月29日号 掲載