人生100年時代、私たちは常に体のケアを意識せざるを得ない。しかし、どんなに運動し、食事に気を付けたところで、心臓発作のリスクを増やし、認知機能の衰えを速めてしまう、ある「悪魔」が存在する。死を招き、健康長寿を阻むもの、その正体は……。【前野隆司/慶應義塾大学大学院教授】

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 暴走老人、わがままじいさん、迷惑ばあさん……。

 病院の受付でごねたり、お店のレジで頑として自分の意見を押し通そうとする高齢者によるトラブルが問題視されることがあります。「不機嫌な老人」が増えているわけです。実際、次のようなデータが存在します。

・1989年―2.1%

・2020年―22.8%

 これは法務省の犯罪白書からとった、刑法犯の検挙者における65歳以上の高齢者が占める割合です。高齢者の数そのものが増えていることもありますが、それにしても多い。なぜ、このような事態が起きているのでしょうか。

 加齢に伴い脳の前頭葉の機能が低下し、判断ミスが起きたり、感情をコントロールできなくなるといった要因も考えられるでしょう。

 一方で、これほど増えている現状を脳の問題だけでは説明しにくく、社会的な背景にも起因していると考えられます。それは、現代を覆っている「孤独」です。単身者、とりわけ単身高齢者が増え、孤独による寂寞感が注視されています。こうした感情は人をネガティブな方向に走らせてしまいがちです。

 しかし、必ずしも「単身=孤独」とは言い切れません。ひとりであっても、寂しくも、悲しくもなく、楽しく生きている人はいます。したがって現代日本の問題は、正確には「孤独という状態」ではなく、「孤独感という感情」といえます。高齢化、単身化が進むなか、私たちはどのようにしたら「孤独感」を解消できるのでしょうか。

単身高齢者が増えていく未来

〈こう問いかけるのは、慶應義塾大学大学院の前野隆司教授だ。

 心理学や統計学をもとに「幸福学」を研究している前野教授は、幸福か否かを大きく左右する「孤独」の問題に着目する。

 後述するように「死」をももたらす孤独は、無論、年齢を問わず人をむしばんでいく。とはいえ、「2025年問題」を抱える日本においては、孤独はとりわけ高齢者にとって、快適に生活するための大きな「壁」として立ちはだかっている。

 2025年、団塊の世代が全て75歳以上となり後期高齢者の仲間入りをする。その数、実に約2200万人。日本の4人に1人は後期高齢者という超高齢社会を迎えるのだ。

 生涯未婚率も1980年に男性2.6%、女性4.45%だったものが、2030年には男性29.5%、女性22.5%になると予測される。総世帯数に占める単身世帯の割合も、1980年の19.8%から2035年には37.2%に達すると見られている。

 これらの数字を総合すると、必然的に「単身高齢者」が急増し、孤独がより社会的な重みを増すことになるのである。〉

幸せホルモンの分泌能力

 孤独に対処するには、孤独とは何かを知る必要があります。

 まず、日本人は孤独に陥りやすいといえます。脳内物質セロトニンが分泌されると心が穏やかになり、また前向きになれることから、セロトニンは「幸せホルモン」と呼ばれています。

 このセロトニンの分泌能力は遺伝子によって異なり、その遺伝子は、セロトニンを多く分泌できる順に、LL型、SL型、SS型の三つに分類されます。そして、日本人はSS型が最も多く、全体の7割を占めるといわれています。日本人は遺伝子的に不安に陥りやすいといえるわけです。

 そんな日本人にとって、互助を旨とする「ムラ社会」はピッタリ合っていました。戦後社会では、家族以外にも企業や町内会などの地域コミュニティーが「ムラ」の役割を果たし、「不安性」を抱えた日本人が孤独感に苛(さいな)まれることを防いできたのです。

親孝行ランキングで最下位

 ところが、特にリーマンショック以降、個人主義、実力主義の風潮が広まっていきます。終身雇用制度が崩れ、企業の在り方もメンバーシップ型からジョブ型へと移行。同時に核家族化と、将来への不安から晩婚化・未婚化が進み、コミュニティーは壊れていきました。こうして日本は、先進国の中でもまれに見る「孤独社会」となっていった。つまり遺伝子的、また社会的にも、現代日本人は孤独に陥りやすいといえるわけです。

 その結果というべきか、要因というべきか、国立青少年教育振興機構が日米中韓の4カ国の高校生に調査を行ったところ、親の世話をどうしたらいいか「分からない」と答えた割合は、中国2.9%、韓国7.7%、米国17.2%に対し、日本は31.5%にも達しました。親孝行ランキングで日本は最下位だったと分析されているのです。

 このように日本人は孤独と“縁が深い”わけですが、次に知っておくべきなのは「孤独の意味」です。

「幸せな孤独」

 一般に「孤独」という言葉が使われる時、学術的にはふたつの意味が混在しています。英語の「ロンリネス」と「ソリチュード」です。前者はひとりでいることを寂しく思う孤独感を、後者は孤立、孤高を意味します。孤高や孤立というと、芸術家のような求道者をイメージされるかもしれないので、私はソリチュードを孤独だけれど寂しくない「幸せな孤独」と訳したいと思います。

 そして、「ロンリネス(孤独感)」は幸福度を低くするのに対し、「ソリチュード(幸せな孤独)」は幸福度を損わず、むしろプラスの効果をもたらすとの研究があります。つまり「孤独問題」の解消にあたっては、物理的に孤立しているか否かよりも、心理的にロンリネスであることの解決が優先されるのです。人気テレビ番組「孤独のグルメ」で、煩(わずら)わしい人間関係に振り回されることなく“ひとり飯”を堪能する主人公をロンリネスとは呼ばないでしょう。

孤独感で血圧が上昇

 また、孤独は健康長寿を阻害することも知っておくべきでしょう。

 例えば、孤独は冠動脈性の心疾患リスクを29%、心臓発作のリスクを32%増大させるとの研究報告があります。これは孤独感が血圧を上昇させ、炎症を起こすことによる結果だと考えられます。英国の研究では、孤独感が強いと2型糖尿病(遺伝的要素に加え、生活習慣によって発症する糖尿病)の発症が41%増えたと報告されています。加えて、孤独な人はそうでない人と比べ、認知機能が衰える速度が20%速く、認知症になる率も高いことが分かっています。

定年で訪れる「ロンリネス」

 それでは、どうやったら孤独感は解消できるのでしょうか。

 孤独感は、主に「状態」ではなく「主観」の問題です。たくさんの人とつながっていればいいというわけではないものの、孤立という「状態」が「主観」をむしばんでいくことがあるのもまた事実です。ひとりだから孤独とは言い切れない一方、ひとりだと孤独感を覚えやすい。やはり、人とのつながりが「ゼロ」では、ソリチュードは難しいでしょう。

 とりわけロンリネスに陥りやすいタイミングは定年です。職場という居場所を失うと、それまで毎日8時間「埋められていた」のにそれがポッカリと失われてしまい、同僚もいなくなる。その時に備えて、本当は定年前に趣味ややりがいを見つけて職場とは違う居場所、家庭と職場以外の「サードプレイス」を見つけておくべきなのですが、すでに定年を過ぎ、ロンリネスな人はどうすればいいのか。

 人とのつながりを持つためには、良くも悪くもいや応なく人と接することになる地域活動やボランティア活動に参加するのが一番の近道です。

権力を持った人は「無礼で身勝手」

 しかしここで、特に男性は往々にしてつまずきます。冒頭で触れた「暴走老人」「わがままじいさん」になりがちだからです。プライドが邪魔をするのです。その傾向は課長より部長、部長より社長と、出世した人ほど顕著だといわれています。事実、行動学の研究で知られるカリフォルニア大学バークレー校のダッチャー・ケルトナー教授は、「権力を持った人はそうでない人よりも無礼で、身勝手、そして非論理的な行動をとりやすい」と指摘しています。

 その結果、定年後に参加した地域活動やボランティア活動で、「評価されない」「褒めてもらえない」「自分ほどの人間が“その他大勢”扱いされている」などとすねたり、ひがんだりして暴走老人化してしまい、疎んじられる。すなわち、周囲に受け入れられずロンリネスに陥る。従って、定年後の孤独感を解消するために新たなコミュニティーに参加するのであれば、定年前のプライドがいかに邪魔であるかを自覚する必要があります。

男性は1日7千語、女性は2万語

 ちなみに、男性は1日平均7千語話すのに比べ、女性は2万語だといわれています。男性は目的があって話すのに対し、女性は話すこと、雑談すること自体が目的という分析もあります。したがって、高齢夫婦の場合、孤独に陥りやすいのは圧倒的に夫のようです。実際、ボランティア活動でも、趣味の集まりでも、すぐに打ち解けてお喋りに花を咲かすことができているのは女性という印象が強いのではないでしょうか。

 さて、プライドを捨てろと言われても、長年にわたって培われたものを簡単に捨てることなどできない、人にへりくだるのがどうしても苦手という人もいるでしょう。先に説明したように、会社で地位が高かった人ほど「脱プライド」は難しい。そうした人には、形から入ることをお勧めします。まずは笑う、つまり口角を上げる。無理にでも笑顔を作るのです。

 この口角上げにはふたつの効果があります。まずは、物理的に笑顔を作ることで、プライドに紐づいた「上から目線」という印象を消して、集団の中に溶け込んでいくことができるメリット。次に、無理にでも笑うと本当に楽しい気分になる利点です。

無理に笑う

 人は楽しいから笑うのか、笑うから楽しくなるのか。鶏が先か卵が先かと似たような話ですが、どちらも正しいのです。こんな実験があります。鉛筆くらいのサイズの棒を横向きにくわえて「笑顔を作った」場合と、棒を縦にくわえて「口をとんがらせた表情を作った」場合とを比較。すると、前者の方が楽しい気分になったという人が多かった。これは科学的には、笑顔を作ることで脳が「今は楽しい状態なんだ」と錯覚する結果だと思われますが、いずれにしても無理に笑う、口角を上げることは、実はロンリネスを解消する第一歩なのです。

危険な孤独解消法

 また、「利他」も重要です。利己的な振る舞いは交友関係をギクシャクさせますし、利他的な行動は、なにも「他を利する」だけでなく、「自らを利する」からです。利他的に振る舞うと、脳内で幸せホルモンであるセロトニンや愛情ホルモンであるオキシトシンが活発に働き、穏やかな気持ちになることが分かっています。

 例えば、公園で遊ぶ子どもを見て、「頑張って大きくなれよ」と思うとセロトニンやオキシトシンが働く。一方で、「このガキ、うるせえな」と思うとアドレナリンなどが分泌され、イライラしたり荒(すさ)んだ気持ちになる。まさに暴走老人へまっしぐらです。

「スマホ断ち」もお勧めです。SNSは、他者とつながりやすくなった一方で、「いいね!」の数などで残酷なまでに孤独の「見える化」をもたらしました。寂しさの原因のひとつがSNSにあるとすれば、一定期間離れて気分転換を図るデジタルデトックスは有効でしょう。

 テレビのつけっぱなしにも要注意です。テレビをずっとつけて生活していると「人の声」が聞こえて安心するという人も多く、2世帯住宅で暮らしている私の母もテレビやラジオをつけたがります。しかし、その「人の声」から会話は生まれず、引きこもりを招いて孤独感を誘発しかねません。結果、認知機能の低下にもつながってしまいます。テレビをつけっぱなしにして「安心感」を得る――これは危険な孤独解消法といえます。

老年的超越

 最後に、孤独感の大きな原因となる「不安」の解消につながる話を紹介したいと思います。

 私も携わっている慶應大学の「百寿者研究」等で、「老年的超越」という言葉が注目を集めています。一般に、加齢とともに足腰が弱り、活動量が減って、認知機能も衰えることは望ましくないものと捉えられがちです。事実、そうした状態になるのをできるだけ避けるために多くの人が健康に気を使っています。

 しかし90〜100歳になると、心身が衰え、一般に望ましくないと思われた状態でも、些事は気にせずに幸福感を得られることが分かっています。悟りにも似たこの状態を「老年的超越」と言います。私はこれを「老化」であると同時に「幸せ化」と捉えたいと思います。

 近い将来のさらなる衰えを気にし、不安に苛まれ、孤独感を募らせている高齢者にとって、老年的超越を知っておくことは何がしかの助けになるのではないでしょうか。

前野隆司(まえのたかし)
慶應義塾大学大学院教授。1962年生まれ。東京工業大学卒業、同大大学院で修士課程を修了。カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授に。人間社会システムデザイン、幸福学を研究。『幸せな孤独』等の著書がある。

「週刊新潮」2022年11月10日号 掲載