独りよがりな憎悪の炎で36名もの命を奪った男――。4年前の「京アニ事件」の裁判が今月5日、京都地裁で始まった。悲嘆に暮れ、心痛にあえぐ遺族の前で、男は何を語ったのか。また、国民の常識的な感覚からおよそ乖離した“反体制派弁護士”の戦術と素性とは。

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 青葉真司被告(45)は自らの乗った車椅子を地裁の職員に押され、初公判の法廷に現れた。青の長袖シャツに濃紺のズボン姿。顔をマスクで覆ってはいたが、こめかみや頬にやけどの痕跡が生々しく残り、耳も完全にひしゃげている。

 2019年7月18日午前10時30分ごろ、京都市伏見区の「京都アニメーション」1階に青葉は10〜15リットルのガソリンをバケツからまいて放火。その際に本人も火だるまとなって全身の90%以上にやけどを負い、一時は生死の淵をさまよった。

「瀕死状態の青葉は近畿大学病院の熱傷センターで人工真皮移植や培養皮膚移植といった最高峰の治療を受け、一命を取りとめました。治療費は高額で、少なくとも1千万円を超えます。しかも青葉は生活保護受給者だったため、国や自治体が全額を支出したのです」(社会部デスク)

 無辜(むこ)の人々を死に追いやりつつ、皮肉にも最先端医療と税金で命をつないだ青葉被告。起訴内容については、

「事件当時はこうするしかないと思っていたが、こんなにたくさんの人が亡くなるとは思っていませんでした」

 と、声は小さいながら自身の口で釈明するも、謝罪の言葉はついぞなかった。

「闇の人物」

 一方、弁護側は冒頭陳述で事件当時、青葉被告が心神喪失の状態にあり、責任能力はなかったとして無罪を主張した。いわく、34歳でコンビニ強盗を起こし、刑務所に入所したあたりから、

「『闇の人物』からいろいろな形でメッセージが送られるようになった」

 などと青葉被告の“妄想”に沿った形のストーリーを展開。

「出所後、小説を書き、京アニに2作品を応募したが、落選。被告に発言力を持たせないように(事態は)仕組まれており、『闇の人物と京アニが一体となって嫌がらせをしている』と混乱した」

 とも述べて、闇の人物なる存在に精神が徐々に乗っ取られていく過程を開陳するに及んだ。

 事件の4日前には、

「隣人と騒音のトラブルになり、『失うものはない』と相手の胸ぐらと髪をつかんだ」

 かくていよいよ正常な感覚を失い、犯行決行にいたったと説明したうえで、

「被告にとってこの事件は起こすしかなかった事件で、人生をもてあそぶ『闇の人物』への対抗手段、反撃だった」

 そう位置付け、擁護したのである。

「今さら彼に何を言っても…」

 つまり青葉被告は正常な判断能力を喪失しており、刑事責任は問えないというわけだが、遺族の一人は憤る。

「人を殺そうなんて考えるのだから、そもそも精神が平常なわけがない。平常な人ならそういうことも思いつかないし、実行もしない。(殺人とは)はなから平常じゃない人が起こす事件ではないでしょうか」

 続けて言う。

「裁判で謝罪の言葉がなかったと聞いて、当初は、肝心の謝罪の言葉を発するタイミングがなかったのか、忘れたのかなと思いました。でも彼は、裁判で紙を読み上げていたというじゃないですか。謝罪する気はなかったのでしょう。今さら彼に何を言っても……」

 では、青葉被告の親族は初公判での態度をどう見たか。

「事件のことを知った瞬間から100%死刑だと思っています」

 とは青葉被告の伯父だ。

過去に7件の無罪判決

「いつも思っているのは、本当に亡くなられた方のことや、そのご家族の思い。また、けがをされた方たちの痛みとトラウマ。被告のことよりも、そっちのほうが大事です」(伯父)

 弁護側の主張については、

「責任能力がどうのとかいうけど、ガソリンまで買って、それを持って行って、(事前に)場所まで調べているわけだから。責任能力は絶対あると思う……。普通の人間なら謝るよね。あれだけの方が亡くなっているわけだから。(責任能力を争うのは)弁護士も仕事だから、仕方ないのかもしれないけど……」

 その弁護士に関して先のデスクが言うには、

「弁護団の中心的人物が遠山大輔弁護士(49)で、関西では名の知られた人物です。自身のHPでも過去に7件の無罪判決を勝ち取ったと喧伝しています」

 そのうちのひとつは03年、インターネットのファイル共有ソフト「Winny」の開発者が著作権法違反の容疑で京都府警に逮捕された事件だと思われる。

 一審では罰金150万円の有罪となったが、遠山弁護士は弁護団の一員として控訴審で逆転無罪を勝ちとり、11年には最高裁で無罪が確定した。

無罪確定の4カ月後…

 もっとも、

「遠山弁護士といえば、08年に起きた京都・舞鶴女子高生殺害事件でしょう」(同)

 遠山弁護士は当時、女子高生を殺した疑いで事件の被告となった中勝美(60)=逮捕当時=の弁護を担当。こちらも一審の有罪判決を覆し、12年に大阪高裁で逆転無罪判決をもぎとった。14年には最高裁が検察側の上告を棄却して無罪が確定するのだが、話はそこから忌むべき展開を見せた。

「無罪確定から4カ月後、中は大阪市内で女性を刺して重傷を負わせ、殺人未遂の罪に問われたのです。16年に大阪地裁で懲役16年の実刑判決を受けて大阪刑務所に収監され、その年に67歳で獄中死しました」

 果たして、中被告を無罪にしたのは正しかったのか。この件の顛末を知るにつけ、練達を自任する遠山弁護士の手法には大いなる疑念を抱かざるを得ない。

「闇の人物」は苦肉の方便か

 だがしかし、遠山弁護士の信念に揺るぎはないようだ。京都大学法学部在学中に司法試験合格を果たした俊英は、かつてインタビューでこう語っている。

〈(父親は)君が代と日の丸が大嫌いで、いろいろ運動していました。(中略)小さいときの教育というか雰囲気が、私を反体制派に固めたんでしょうね〉

 父親直伝の反国家、反権力志向の持ち主だという自負。ともすれば法廷は、己が思想を成就させる舞台になりがちなのかもしれない。

 この点、犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務局長の高橋正人弁護士は、

「この裁判は殺害の事実を認めている以上、弁護人としては“責任能力がない”と言うほかないのでしょう」

 と喝破して続ける。

「弁護人が冒頭陳述で闇の人物なる架空の存在を持ち出したと聞いて、1999年の山口県光市母子殺害事件を思い出しました。事件当時少年だった死刑囚(42)は差戻控訴審で“押し入れにドラえもんがいると信じていた。4次元ポケットで(殺害した被害者を)何とかしてくれると思った”などと主張しましたが、“闇の人物”という弁解はそれと似ている。社会常識からかけ離れたことを言えば責任能力がないと判断されるとの意図かもしれないが、裁判員は相手にしないのではないか」

 苦肉の方便だというわけである。前出の遺族が遺影を見やりながら語った。

「あれを見てやってください。寂しい限りです。親は子供に先立たれるのが一番辛い。19年7月18日の、あの事件のほんの1時間前にでも帰れたら……。子供(遺影)に向かって毎日話しかけています」

 体制に、国家に異を唱えるために闘う弁護士に、この遺族の言葉は届くか。

「週刊新潮」2023年9月21日号 掲載