朝日新聞DIGITALは11月9日、「エホバでの性被害159件申告」との記事を配信した。エホバの証人は1870年代にアメリカで発足したキリスト教系の新宗教団体。日本支部は戦前からの歴史を持ち、公式サイトでは《聖書を教える奉仕者の数》として信者数を21万4359人と記している。

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 エホバの証人といえば、1985年に神奈川県川崎市で起きた輸血拒否事件で知られる。当時10歳だった小学生が交通事故で大けがを負い、医師は輸血が必要と判断。しかし、エホバの証人の信者だった両親は「絶対的輸血拒否」という教義のため輸血を拒否し、小学生は死亡した。

 ノンフィクションライターの大泉実成氏が88年に『説得 エホバの証人と輸血拒否事件』(現代書館など)を上梓。TBSが翌93年に『説得』のタイトルでドラマ化し、ビートたけしが主演を務めたことでも注目を集めた。

 ちなみに、神奈川県警が監察医に鑑定を依頼すると、「輸血されたとしても生命が助かったとは必ずしも言えない」という結論だったという。

 今回、エホバの証人における性加害問題を調査したのは、元2世信者が設立した「JW児童虐待被害アーカイブ」。インターネットを通じてアンケート調査を行い、159件の有効回答を得たという。

「信者から性暴力を受けたことがある」と回答した人は37人。そのうち35人は、被害を受けた時、未成年だった。被害内容を朝日新聞の記事から引用する。

《「衣服の上から、または直接身体を触られた」24件、「下着姿や裸を見られた・撮影された」11件、「唇や舌などを身体に当てられた」9件》

厚生労働省の資料

 加害者が長老や援助奉仕者(奉仕の僕[しもべ])などの役職者だったと回答したのは半数以上の19人。被害当時の年齢は、就学前が7人、小学生が19人、中高生以上が9人だった。

 カルト宗教などの問題を取材するジャーナリストの藤倉善郎氏は「エホバの証人で性加害が存在しているという情報は以前から把握していました。とはいえ、率直に言って、これほどの件数とは思っていませんでした」と驚く

「エホバの証人における性加害の問題は、国も把握していたようです。昨年12月、厚生労働省は、児童相談所などを対象に『宗教の信仰と関係のある児童虐待』にどう対応したらいいかを示すQ&A方式の資料を配付しました。資料では宗教団体の名前は伏せられているのですが、事情に精通した関係者なら『これはエホバの証人のことだ』と推測が可能なQが明記されていたのです」

 藤倉氏が指摘するのは、次のQだ。

《宗教活動の一環と称し、宗教団体の職員その他の関係者に対して児童本人の性に関する経験等を話すことを児童に強制する行為は児童虐待に該当するか》

 この設問に厚労省は、《性的虐待に該当する》と明記。わが子に対する虐待を阻止しようとしない親も《性的虐待又はネグレクトに相当する》との見解を示した。

仏教との違い

「注意すべきは、『性加害だけが横行し、他のハラスメントは皆無』という組織は存在しないということです。パワハラなどのハラスメントが横行し、その中に性加害も含まれるのが一般的です。エホバの証人では、もともと宗教を悪用したハラスメントが横行していたわけですから、今回の調査結果も、性加害だけを注目するのではなく、エホバの全体的な人権侵害の一部として捉えるべきでしょう」(同・藤倉氏)

 欧米ではカトリック教会の性的虐待事件が大問題になっている。日本でも「信者に対する性加害」はキリスト教系の宗教団体に顕著だという。

「宗教関係者による性加害問題で件数だけをピックアップすると、仏教関係者が多数を占めます。ただし、事案の多くは『マッチングサイトで出会った未成年者と行為に及んだ』といった宗教団体の“外”で起きたケースです。一方、宗教団体の“内部”で性加害が明らかになった場合、件数は少ないのですが、その多くはキリスト教系の宗教団体、それも信者数が少ない団体で発生している傾向が認められます」(同・藤倉氏)

 例えば、2005年に発覚した聖神中央教会事件では、在日韓国人の牧師が信者の少女7人に22件の性的暴行を繰り返していた。

背景に性の抑圧

「仏教の世界でも、僧侶間のパワハラは深刻な問題になっています。とはいえ、住職が檀家の女性にパワハラや性加害に及ぶケースが表沙汰になる場面は多くありません。これには様々な理由がありますが、その1つに、寺によりますが、檀家の発言力が強いなどの事情で住職が何でも好き勝手できるとも限らないという点もありそうです。あまりに問題の多い住職なら、寺の檀家総代からクレームが出ることもなくはない。一方、小規模のキリスト教組織では、『教える人』である牧師の権力が強く、『教わる人』である信者は従属的な存在になりがちです」(同・藤倉氏)

 キリスト教系の宗教団体では、絶対的な上下関係がハラスメントや性加害の温床になりやすい。これが欧米のカトリック教会で性的虐待事件が多発している理由でもある。

 なかでもエホバの証人は、独自に聖書を解釈し、婚前交渉の禁止など性に厳しい態度を取っている。公式サイトを見ると、《子どもを性犯罪者から守る》ことを重視していると宣伝しているほどだ。

「エホバの証人は教義で禁欲的な態度を求めているため、その抑圧が逆に性加害を誘発しているという側面もあるとは思います。ただ、『教える人』と『教わる人』という上下関係が最も大きな背景でしょう。そのためエホバの証人では、宗教的に指導する側の者でなくとも、単に先輩というだけで後輩に性加害に及ぶケースが今回の調査から浮き彫りになりました」(同・藤倉氏)

信者の孤立感

 性暴力の被害を訴えた37人のうち、加害者が役職者だったと回答したのは19人。ということは、18人は役職者ではなかったことになる。

「アンケート調査によると、被害者の多くは2世信者です。成年に達した男女が自分の意思でエホバの証人に入信し、その結果、性的被害を受けたわけではありません。生まれた時点で親が信者だったため、彼らは否応なしにエホバの証人と関係を持たざるを得ませんでした。おまけに、大半の被害者はまだ判断力に乏しい未成年です。エホバの証人では、『教える人』という強者が子供という最も弱い者を狙い撃ちにするケースが多いと言わざるを得ません」(同・藤倉氏)

 さらに注目すべきは、これまで被害が隠蔽されていたことだ。JW児童虐待被害アーカイブが積極的な調査を行ったことで、事態が公になった。

「一般企業でセクハラを行った社員が、『自分の行為は会社の理念と合致している』と強弁しても通用するはずはありません。ところが、宗教団体の場合、無理やり教義に結びつけて自己弁護を行うことも可能です。『神の言葉に逆らうのか』と被害者を脅し、沈黙を強いることもできます。エホバの証人でも、被害者の方々が警察や弁護士に相談したりNPOに救いを求めたりすることはできませんでした。ここに信者の孤立感の深さが浮かび上がります」(同・藤倉氏)

社会との隔絶

 エホバの証人では、信者が一般企業に勤めていたり、2世信者が普通の公立学校に通ったりと、非信者と同じような生活を送っていることも珍しくない。

 だが、社会で自由に行動することは、教義などによって許されていない。その点において、信者は社会と隔絶している側面がある。

「今回の調査結果で、エホバの証人の信者が社会と隔絶した生き方を強いられていることが改めて浮き彫りになりました。社会と隔絶していたからこそ、長年の間、性加害の実態が明らかにならなかったのです。その結果、被害者のケアも放置されてしまいました」(同・藤倉氏)

 朝日新聞の記事によると、被害について通報や相談をしたかという設問に対し、「誰にもしなかった」が最多で21件に達した。勇気を出して相談しても「2人以上の目撃者が必要」と言われたこともあったという。

デイリー新潮編集部