拷問を受けたり、食事を与えられなかったりしたわけでもあるまい。日本弁護士連合会は、受刑者の人権救済を求めて栃木県にある黒羽刑務所の所長に勧告書を提出したが、それは不可思議なものだった。

 1月24日に提出された書面には、〈余暇時間に受刑者がヨガを行うのを禁止したのは自由を侵害するため、禁じないように勧告する〉旨が綴られている。つまり、受刑者のヨガ禁止は人権侵害にあたると主張しているのだ。

 全国紙の記者によれば、

「この受刑者は、ヒンズー教の信者。2012年に黒羽刑務所の独居房に収容された当初から、夕食後の余暇時間にヨガをする許可を求めていたのです」

 受刑者が望んだのは、瞑想と6種類のポーズ。仰向けから両手の平と両足の裏を床につき体を反らしてブリッジする「橋」や太陽礼拝、コブラ、弓、肩立ち、頭立ちなど独特な呼称がつく。記者が苦笑しながら続ける。

「黒羽刑務所は瞑想と、運動時間に一部を除いたヨガのポーズを許可しました」

 唯一、禁じられたのが頭立ちのポーズだ。頭部と手の平を床につき、両足を真上に伸ばして倒立、三点倒立の格好になるという。

 黒羽刑務所庶務課の担当者に聞くと、

「独居房では、他の受刑者に迷惑がかかる恐れがあるので瞑想のみを許可しました。頭立ちのポーズは、運動時間でも転倒して大怪我をする危険があるので全面的に禁じました」

 法務省矯正局成人矯正課の担当者が補足する。

「刑務所の刑務官は、逃亡や自殺防止、健康状態のチェックを目的に、独居房を15〜20分に1回のペースで巡回します。巡回中、受刑者がヨガをしていると監視時間を他より多く費やしてしまう可能性がある。それで余暇時間のヨガを禁じたわけです」

 黒羽刑務所は、受刑者の減少や施設の老朽化などを理由に22年3月に廃止される見通しだ。過去にはイトマン事件の許永中や、覚せい剤取締法違反で逮捕された田代まさしといった著名人も多数収監されていた。

 約20年前に秘書給与流用事件で逮捕され、黒羽刑務所に1年2カ月服役した元衆院議員で、作家の山本譲司氏が言う。

「受刑者の人権といっても、すべての自由が認められるわけではありません。刑務所でルール順守を身につけた方が、社会復帰がスムーズにいく側面もある。ですが、受刑者数が激減し、看守のストレスも以前より少ないはずですから、この問題が刑務所の対応を議論する機会になればと思います」

 黒羽刑務所は、今後も基本的にヨガ禁止の姿勢を変更するつもりはないという。

「週刊新潮」2020年2月13日号 掲載