昨年、実施された内閣府の世論調査では、死刑を容認する意見が80・8%に達している。だが、そんな“国民の声”を尻目に、東京弁護士会は“死刑廃止”を求める宣言を決議するという。

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 凄惨な事件で妻子を亡くし、犯人の極刑を求めて戦い続けた遺族の男性(47)は憤りを隠せない。

「そんな決議をするなんて有り得ませんよ。彼らの唱える“死刑廃止”はまるで他人事のように聞こえます。殺人事件で自分の家族や大事な人を失っても、同じことが言えるのでしょうか」

 この男性は、2015年に起きた“熊谷6人殺し”で、妻の加藤美和子さん(41)=当時、以下同=と、愛娘の美咲ちゃん(10)、春花ちゃん(7)を一度に失った。ペルー国籍の被告人に対して裁判員裁判の一審は死刑判決を下したものの、高裁では心神耗弱を理由に減刑。9月9日、最高裁で二審の無期懲役判決が確定している。

 罪のない家族が命を奪われ、凶悪犯だけが生き延びる――。遺族がこれほど不条理な判決を突きつけられた折も折、東京弁護士会は“死刑廃止”を錦の御旗に掲げようとしているのだ。

 決議に反対する米田龍玄弁護士はこう語る。

「昨年4月に日弁連は、死刑廃止を求める決議を全国の弁護士会に要請しました。これを受けて東京弁護士会の執行部は、今年開催されるはずだった刑事司法の国際会議“京都コングレス”に間に合わせるため決議を急いだ。そして、会員の意向調査アンケートすら行わず、9月24日の臨時総会で決議を採ることになったのです。ただ、これまでに決議した弁護士会は数えるほどで否決された例も複数あります。それなのに、会員数が8700人を超える東京弁護士会が決議すれば、他の弁護士会にも影響を及ぼしかねません」

殺人事件が増える

 やはり東京弁護士会に所属する北村晴男弁護士も異議を唱えるひとりだ。

「個々の弁護士によって死刑制度に関する考え方は千差万別です。にもかかわらず、強制加入団体である東京弁護士会が“総意”であるかのように死刑制度の廃止を訴えてよいのか。これは弁護士の思想・信条の自由を脅かす事態です。一般の方々に対しても、“法律の専門家が言うのだから、死刑は廃止しなければならないのだな”という誤解を与えかねない。弁護士会の執行部は、意図的にそういった誤解を作り出そうとしているようにすら思えます」

 犯罪被害者を支援する上谷さくら弁護士も、

「東京弁護士会が決議を採択すれば、被害者や遺族から“先生も死刑制度に反対なんですか?”と問われる恐れがあります。そうなると、弁護士との信頼関係が損なわれ、十分な支援活動ができなくなってしまう。日弁連は、死刑が執行されるたびに反対声明を出してきましたが、これは被害者や遺族にとっていわば二次被害、セカンドレイプに他なりません。少なくとも、死刑制度のような意見の割れるテーマについて一方的な“総意”を示すこと自体が間違いだと思います」

 また、冒頭の遺族男性が危惧するのは、裁判員裁判への悪影響だ。

「私の家族が犠牲となった事件の一審では、一般人の裁判員が懸命に悩み抜いた末に、死刑判決を下してくれました。しかし、弁護士会が死刑反対に舵を切ったら、裁判員はこれまで以上に苦悩するはずです。当然ながら、国民のふつうの感覚を裁判に反映することなどできなくなってしまう」

 裁判員裁判での死刑判決が覆り、無期懲役が確定したケースは熊谷事件を合わせて6件に上る。凶悪事件の裁判に一般人の感覚を反映させるという裁判員制度の趣旨は、現時点でも有名無実と化している。さらに、

「実際に死刑が廃止されれば殺人事件が増えるのは目に見えています。その時、殺人犯が“死刑にならないから殺しました”と言い出したら、死刑廃止を訴えてきた弁護士は遺族とどう向き合うのか。遺族に自分の命を差し出すだけの覚悟があるのでしょうか」(同)

 弁護士が国民の声を、そして、遺族の悲痛な心情を踏みにじってはなるまい。

「週刊新潮」2020年10月1日号 掲載