異例の適用罪名変更から1年が経過して 母・代里子さんが心境を語る

 埼玉県熊谷市で2009年9月に起きた死亡ひき逃げ事件で犠牲となった小学4年生・小関孝徳(たかのり)君(当時10歳)は、9月30日に11度目の命日を迎えた。孝徳君の母親の代里子(よりこ)さんは、死亡ひき逃げ事件について、「殺人と同様に人の命を奪う交通犯罪」として時効撤廃を訴える活動を続けてきた。

 孝徳君の事件では、昨年9月に自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致死罪)の時効10年となる直前、埼玉県警は、時効が20年の「危険運転致死罪」に適用罪名を変えるという異例の措置を取った。

 死亡ひき逃げ事件では前例のない適用罪名変更から1年。

 埼玉県警は新たな有力情報を得られないまま捜査に苦慮しているようだが、事件解決を祈る代里子さんは、地元のラジオ局に生出演して自ら情報提供を呼びかけたり、国に死亡ひき逃げ事件の時効撤廃・厳罰化を求めて嘆願書を出したりと、懸命な活動を続けている。

「ひき逃げ事件は危険運転致死傷罪で捜査を」

「1年前に危険運転致死罪に適用罪名が変更になったことで、私自身も改めて犯人を捜し出すという強い決意で情報提供を呼びかけてきたが、コロナ禍で遺族活動に制限がかかり、もどかしさもある」

 9月下旬、孝徳君の命日を前に、代里子さんはこう現在の心境を述べた。

 代里子さんは孝徳君の事件発生から約3週間後、孝徳君の同級生の母親ら協力者と一緒に、現場周辺で通行車のナンバーを控えて県警に提出する活動を開始。

 現場に立ち続け、これまでに記録した通行車両はのべ10万台にも上った。

 さらに、「同じような辛い思いをする遺族を出したくない」との思いから、昨年6月には、「死亡ひき逃げ事故の時効撤廃を切実に求めます!! 逃げ得が許されない社会になってほしい!!」と題し、死亡ひき逃げ事件の時効撤廃、重軽傷ひき逃げ事件の厳罰化を求めるインターネット上の署名活動(http://chng.it/TF9FSH8fjj)を始めた。

 代里子さんの熱心な活動の成果もあってか、孝徳君の事件は1年前に適用罪名が危険運転致死罪に変わり、時効が20年に実質延長となった。

 ただ、「死亡ひき逃げ事件の早期の法改正による時効撤廃」を望む代里子さんは、「孝徳の事件での埼玉県警の判断が『異例』とならないよう、他のひき逃げ事件でも同様の判断が広がるべきだ」と指摘。

 その上で、「運転手が逃走するひき逃げ事件の場合、事故自体の原因が過失によるものなのか飲酒や薬物による影響によるものかなどは不明なので、逃走したという『故意』を悪質として、原則は危険運転罪を適用して捜査してほしい」と訴えている。

コロナに負けじと懸命な遺族活動

 国を動かそうと懸命に奔走する代里子さん。今年4月には、東京・永田町で開催された国会議員らの交通安全議員連盟の総会に出席し、時効撤廃などを求める嘆願書を提出した。

 その後も、国家公安委員会委員長や法務大臣の元を訪れ、時効撤廃を直接訴えることも模索したが、新型コロナウイルスの感染リスクを考え、国家公安委員会委員長や法務大臣宛てに嘆願書を郵送した。

 孝徳君の事件についてもブログやツイッターを更新するなどして情報提供を呼びかける日々を過ごし、命日の9月30日には、警官らと共に熊谷市内でビラ配りをし、地元のFMラジオ局「FMクマガヤ」に生出演して自らの言葉で情報提供を呼びかけた。

 ネット上の署名は、昨年6月以降で5万件を超え、書面で集まった署名も合わせると計6万件近くに上っている。

 代里子さんの熱心な思いは国に伝わっているようだ。今年8月25日に警察庁に対しても嘆願書を送り、ひき逃げ事件については全国的に危険運転致死傷罪を適用して捜査すべきだと要望したところ、警察庁交通局から9月10日に以下のような回答書が送られてきたという。

警察庁が異例の反応を示した理由とは

「ひき逃げ事件の場合、発生直後の段階では、直ちに事故の態様が明らかとならないことから、初動捜査の段階においては、過失運転致死傷罪のほか、危険運転致死傷罪も視野に入れ、判明した現場の状況や目撃者証言等の客観的事実に基づき捜査を進めております」

 事件・事故の遺族らが国に対して嘆願書などを提出して法改正等を訴えることは珍しくはないが、国側が今回のように文書で具体的に回答するケースは異例だ。警察庁から「危険運転致死傷罪も視野に入れて捜査に臨む」という姿勢を引き出せたのは、代里子さんの熱心な遺族活動の賜といっても差し支えないだろう。

 ただ、代里子さんは「警察庁の誠実な対応には感謝したい」としながらも、警察庁の回答にある「目撃証言等の客観的事実に基づき捜査」という文面には懸念を示しており、「未解決のひき逃げ事件は、孝徳の事件のように目撃証言や客観的事実が全くないケースだってある。ひき逃げ事件は原則、危険運転致死傷罪を適用すべきだ」と訴えている。

 危険運転致死傷罪は、「アルコール又は薬物の影響により走行中に正常な運転に支障が生じる恐れがある状態で運転」などを立証する必要があるため構成要件のハードルが高いとされるが、昨年に検挙された死亡ひき逃げ事件128件のうち1割近くは実際に危険運転致死傷罪が適用されており、ひき逃げ事件を原則、危険運転罪で捜査するというのは非現実的なことではないだろう。

 死亡ひき逃げ事件の時効撤廃についても然りだ。

 そもそも、刑事事件に公訴時効が存在する理由は、「長い年月が経過し、証拠が散逸して立証が困難になる恐れが強い」「長期間の逃亡生活で犯人に事実上の社会制裁がなされている」などが挙げられるが、遺族感情への配慮やDNA鑑定技術の進歩などを背景に、改正刑事訴訟法が施行された 2010年4月以降、殺人罪や強盗殺人罪など人を死亡させた罪のうち、最高刑が死刑となる罪では時効が廃止された。

ひき逃げは「交通犯罪」

 一方で、交通事故で人が死亡した場合、道路交通法の救護義務違反(ひき逃げ)の時効は7年、自動車運転死傷行為処罰法の過失運転致死罪の時効は10年にすぎない。

 殺人と同様に人の命を奪う「交通犯罪」になぜ時効が残っていることに異議を唱え、社会に問題提起する代里子さんの気持ちはよく理解できる。

 代里子さんは最愛の夫を病気で亡くした後、母親想いの優しいサッカー少年だった孝徳君と二人暮らしの中で、突如、その幼い命を奪われた。

 その悲しみ、犯人への憤りは計り知れないものだ。

 幼くして将来を奪われた最愛の息子のために、懸命に活動を続ける優しい母親は、犯人への思いをブログなどに掲載した手紙でこうつづる。

「事故が起きた時 孝徳は生きていましたか 痛がっていませんでしたか 泣いていませんでしたか 助けを求めていませんでしたか!! 事故の日、孝徳の状況を教えてください。お願いします」

「必ず探し出します。諦めません。真実を聞くまでは、犯人と私には終わりはない」

 代里子さんの思いが犯人に届き、犯人が自首する時、事件が解決する時が訪れるのを心から祈るばかりだ。

※代里子さんは事件から10年以上が経過した今、犯人が全国のどこにいるか不明のため、「突然、明確な事情もないまま引っ越した人を知っている方」「運転した車を突然、廃車した人を知っている方」「何年も放置されている車両を知っている方」「車を処分せずにどこかに埋めている可能性もあるため、突然、庭などに不自然に大きな穴を作った人を知っている方」などについて広く情報提供を呼びかけている。情報は、代里子さんのブログの専用ページを通じてか、埼玉県警熊谷警察署(048-526-0110)まで。代里子さんは、SNSでも情報発信を続けている。

週刊新潮WEB取材班

2020年10月2日 掲載