いかな富豪とて、あの世に財産を持ち込むことは叶わない。それゆえ我々は、残される者たちへ円滑に資産を移行すべく腐心するのである。贈与か相続か――。現行の仕組みを踏まえつつ、税制改正を見据えながら「人生の総仕上げ」を進めるための指針をお伝えする。

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 昨年末に決定した与党の2021年度税制改正大綱では、贈与税に関して大きな変更がみられた。とりわけ注目されるのは、子どもや孫へ教育資金等を贈与する際の優遇措置が延長された一方、節税目的による利用に歯止めをかけるべく、特例の要件が見直されたという点である。

 それらについてご紹介する前に、まずは贈与と相続を取り巻く状況について、税理士でもある長谷川裕雅弁護士に聞くと、

「一般的には、相続税よりも贈与税の方が重く設定されています。というのも贈与税には、相続税の課税回避を防止する意味合いが含まれているからです」

 とのことで、

「歴史を遡れば、相続税が最初に登場したのは米国の南北戦争の時だと言われており、もともとは戦費調達のために用意された税金でした。一方、日本で相続税が導入されたきっかけは日露戦争で、やはり戦費調達が目的だったわけです。相続税が導入されると、亡くなる直前に財産移転をして課税逃れをしようとする人が現れました。そうした動きに対応するため、贈与税が設けられたとされています」

 もっとも現在では、相続税の基礎控除が大きく減らされたこともあり、生前贈与を上手に活用することで節税が可能となっている。

「生前贈与には相続税対策のほか、相続時のもめ事を防ぐ目的もあります。事業継承を行う人など、特定の相続人に遺産を集中させなければならないケースがあり、その時、例えば他の相続人に“悪いがお前に財産は残せない。代わりに贈与するから”と言って遺留分を放棄してもらうことがあります。遺言と生前贈与、遺留分の放棄という“3点セット”によって、事前に相続争いを防ぐことができるのです」(同)

 中でも、「単純贈与」あるいは「暦年贈与」と呼ばれるものが手軽に用いられている。これには1人あたり毎年110万円の非課税枠が設けられており、

「子どもやその配偶者、孫も受贈者に含めると結構な額になりますから、基礎控除を利用した、いわゆる暦年贈与は使い勝手が良いといえます」

 ちなみに、毎年同じタイミングで同じ額を贈られていると連年贈与と見なされ、課税されるというまことしやかな説があるのだが、現在、実務レベルではそうした調査はなされておらず、一種の“都市伝説”と化しているという。

「教育」「結婚」「住宅」の特例

 税理士の深代勝美・深代会計事務所理事長は、

「現在、男女とも平均寿命は80歳を超えました。そうなると、お金が必要な時期と、実際にお金が入ってくる時期にずれが生じることになります」

 そう前置きしながら、

「“家庭を築きたい”“持ち家に住みたい”と考えるのが大体30代だとすれば、親から財産を相続するのは50〜60代ということになるでしょうか。同じ財産を移すのならば、より必要と思われ、喜ばれるタイミングにしよう、そんな気持ちで生前贈与を選ばれる方もいます。政府もまた、世代間の財産移動の円滑化を進めることで消費拡大や経済活性化を図っている。そのため、生前贈与にはさまざまな特例が用意されているのです」

 とはいえ、財産を移すにあたっては相続税と贈与税、どちらが有利なのかを見極めなくてはならない。

「一般に、贈与税の実質負担率が相続税のそれよりも少なければ、生前贈与のほうが得だと言えます」(同)

 例えば夫婦と子ども2人の家庭で、夫が現預金で5千万円、不動産で5千万円、計1億円の財産を有していたとする。夫の死後、法定相続通りに相続を行った場合は、

「相続税の総額は315万円になり、実質負担率は3・15%です。一方で、贈与の実質負担率を計算すると、160万円で3・125%となります(掲載の計算式を参照)。つまり、毎年160万円より少ない金額を子に贈与すれば、相続するよりも少ない負担で済むわけです。このように、家庭での“節税分岐点”を調べることで、贈与と相続のどちらがよいのか見極めることができます」(同)

 現在、子や孫に贈与する場合の特例としては、

「まず『教育資金の一括贈与特例』です。祖父母や親から30歳未満の子や孫に教育資金を贈る場合、子や孫1人あたり1500万円までなら非課税となる制度です。贈られた資金は学校の入学金や授業料などに使えるほか、500万円までは学校以外の塾や習い事の月謝にも使えます。また『結婚・子育て資金の一括贈与』という特例もあります。これは20歳以上50歳未満の子や孫に対し、1千万円まで結婚・子育て資金を非課税で贈れるというもので、不妊治療費からベビーシッター代までカバーすることができるのです」(同)

 このほか「住宅取得資金の贈与特例」もある。

「いくつかの条件を満たせば、住宅資金の贈与が最大1500万円まで非課税となります。まず受贈者の所得が年間2千万円以下で、贈与を受けた年の翌年3月15日までに住宅を取得して居住すること。そして家屋の登記簿上の延床面積が240平方メートル以下50平方メートル以上であり、2分の1以上が居住に供される必要があります。細かい条件がついているものの、そのぶん相続財産の大幅な圧縮が見込めます」(同)

 実際に取材では、以下のようなケースがみられた。

〈神奈川県在住の50代女性は、夫と10年前に離婚。以来、息子の養育費を毎月受け取っており、離婚時の取り決めで大学の費用も前夫が支払うことになっていた。ところが、ちょうど息子が大学に入ったタイミングで、再婚していた夫に子どもができ“金がない”と言い始めた。そこで女性が前夫の父親に相談したところ、教育資金の一括贈与の特例を利用して大学の入学金と授業料の合計600万円を贈与してくれた〉

 文字通り“金の切れ目が縁の切れ目”となりそうな危機を、孫への愛情が繋ぎ止めてくれたわけである。もう一つの事例は、

〈大阪の60代男性は5年前に離婚し、一人娘は前妻が引き取った。男性が亡くなれば遺産はすべて娘に渡ってしまうが、かつて前妻には精神的なDVを受けていたこともあり、その元には1円たりとも渡したくなかった。

 男性には行きつけのスナックがあり、ママの娘によくなつかれた。店に通ううち、前妻にお金が流れるくらいならと思い始め、ママと再婚してその娘を養子に。血縁関係を作った上で、暦年贈与の非課税枠を使って毎年110万円ずつママに贈与をし、また養子となった娘には『住宅取得の特例』を用いて自分が持つ土地に家を建ててあげた〉

 いまはその家に3人で暮らしているという――。

 さて冒頭で述べたように、こうした特例が今回、大きく変わろうとしている。先の深代理事長が続けて、

「21年度の税制改正大綱が決定する過程で、自民党税制調査会は“相続税と贈与税の一体化”に触れました。実際に甘利明税調会長は改正前に“資産の移転は公平であるべき”だとの見方を示し、暦年課税制度の見直しも検討されていたのです。結局、見直しは行われませんでしたが、今後は二つの税の一体化の動きに伴い、生前贈与に設けられた特例は随時廃止されていくものと思われます」

「駆け込み贈与」も

 今回はまず、教育資金の一括贈与の特例について、制度自体の適用期限が2年間延長されて23年3月末までとなったものの、

「同時に制度の厳格化が行われました。現行制度では、贈与者である親や祖父母が亡くなった時点で、贈られた教育資金の残額には相続税が掛かることになっています。ただし、対象となるのは“死亡日以前3年以内の贈与”に限定されていました。今回の改正ではこの3年以内の枠が撤廃され、贈った人が亡くなった時点で残っている教育資金は、すべて相続税の課税対象にされることとなったのです」

 なお、受贈者が23歳未満、あるいは学校に在学中、それから「教育訓練給付金」を支給されている訓練受講生の場合は、引き続き相続財産への加算はなされない。

 また、通常の相続では子どもを経ずに祖父母から孫へと相続させた場合、税額が2割加算される仕組みなのだが、

「改正後は、贈与者が亡くなった後、贈った相手が孫であればこの2割加算が適用されてしまいます。この制度は今年4月から適用されるので、教育資金の贈与を考えている人はそれまでに済ませておくことをお勧めします」

 若い世代に未来を託す「駆け込み贈与」もまた、一案であろう。さらには、住宅取得資金の特例にも変更が。

「贈与の対象となる家屋と受贈者には、先に述べたような条件が付けられていましたが、ここに新たな項目が加わりました。贈られる人の所得が1千万円以下の場合、家屋の床面積が40平方メートル以上であれば認められることになったのです。夫婦だけの世帯や単身者など家族のあり方が多様化したことを受け、ワンルームや小さな家屋も対象となるよう、間口が広がったともいえます」

 およそ30年前、世の相続財産のうち5割以上が不動産だった。が、現在は大きく様変わりし、現金や有価証券の割合が半分を占め、土地は25%にまで減少。換言すれば、生前贈与がしやすい財産構成となったわけであり、これから徐々に特例の廃止がなされることを差し引いても、目下、生前贈与には最後の“追い風”が吹いていると言えよう。

 それでも、行政書士の露木幸彦氏はあらためて言うのだ。

「贈与の際にはまず、自分たちの老後の資金をきちんと計算する必要があります。日々の生活費はどれくらい残っていて、残りの人生はあと何年くらいか、そしてどの程度なら贈与できるのか。子どもや孫に頼まれると、つい財布のひもを緩めてしまうお爺さんお婆さんが少なくありません。気前よく贈与しすぎて、今度は自分たちの老後資金がなくなってしまうといった事態に陥らないよう、注意しなければなりません」

 かけがえのない孫を想うあまり、自らの首を絞めることになっては本末転倒である。

「週刊新潮」2021年2月4日号 掲載