愛子さまお一方

 眞子さま(29)と結婚が内定している小室圭さん(29)は5月末にフォーダム大のロースクールを卒業した。7月に予定されるNY州の司法試験を終え、五輪期間中の日本に一時帰国するのか、あるいは混乱を避けて帰国を回避するのか、予断を許さない。そんな中、様々な状況についてシミュレートを続ける宮内庁周辺からは、その苦労ゆえか「そもそも眞子さまはなぜ学習院大に進学されなかったのか?」という愚痴とも嘆きともとれるような疑問の声まで聞こえてきた。

 すでに廃止されたが、皇族就学令というものが1926(大正15)年に発令されている。どうしても隔世の感は否めないが、その第2条には、「皇族男女ハ(中略)学習院又ハ女子学習院ニ於テ就学セシム」と明文化されている。上皇さまは初等科から大学まで、天皇陛下、秋篠宮さまは幼稚園から大学まで通われた学習院は名実ともに皇族の学校だった。

 皇族の減少という現状はあるにせよ、差し当たって学習院にご在学の皇族方は、天皇皇后両陛下の長女、愛子さまお一方となっている。

 秋篠宮家では、眞子さまが幼稚園から女子高等科を卒業して学習院大には進まずICUへ、佳子さまも同じく幼稚園から女子高等科を経て学習院大に入学したが退学してICUへ。そして悠仁さまは少なくとも高校までは学習院で学ばれたお二方と違って、お茶の水女子大付属幼稚園に入園され、現在は同付属中の3年生だ。

 他の宮家を見てみると、高円宮妃久子さまの長女、承子(つぐこ)さまは学習院女子大を中退し、早稲田大を卒業された。三女の絢子(あやこ)さまも城西国際大、同大学院を修了された。

すれ違い

 秋篠宮家のお三方の“選択”について、宮内庁担当記者によると、

「眞子さまが学習院に進まれなかったのは、最初から専門分野を絞りたくないというお気持ちがあったというのは聞いたことがあります。当時、学習院には学部が4つしかなく(2016年4月、52年ぶりに国際社会科学部が新設された)、ニーズに応えられなかったとの評価もあるようです」

 佳子さまの場合は、

「眞子さまと似たような印象ですが、“特に広く教養科目や英語を学びたい”という動機でICUを選ばれたようです。佳子さまは学習院女子高時代に別の大学を受験されており、その時点で学習院大への関心は薄れていたと見てよいでしょう。学習院はというと、在籍されていた文学部教育学科をご入学と同時に作ったんですが、これもニーズに応えられずという風に捉えられていますね」

 そして、悠仁さまの場合は、

「秋篠宮ご夫妻が3年保育を希望されたというのは大きいようです。学習院幼稚園では3年保育は行っていません。ちなみに、黒田清子(さやこ)さんは学習院幼稚園入園前の1年間を、柿の木坂幼稚園で過ごしており、悠仁さまが例外というわけではありません」

 その一方で、別の担当記者に聞くと、また違った相貌が見えてくる。

「宮内庁の人と“眞子さまはどうして学習院大に進まれなかったのか?”という話になったことがあります。“眞子さまがICUに行かなければ小室さんと出会わなかったとは言わないけれど、その確率は相当下がっていただろう”とも言っていました。それはともかく、取材をしてみたところ、秋篠宮家さまの学習院への思いというのか、すれ違いというのが見えてきました」

他の大学を希望され

 具体的には、

「学習院にいる人間が“(秋篠宮さまには)一度も同窓会にいらしてもらえない”と話していたことがあるようです。逆に秋篠宮さまご自身も、学習院でご苦労をされたという思いがあり、良い印象を持たれていないと聞きました。そもそも大学については、学習院ではなく他の大学を希望されていました。しかし、父上である上皇さまの反対でその道を諦められ、学習院に進学されたということです」

 学習院との距離はその後も埋まらず、眞子さま、佳子さま、悠仁さまの進路を見るにつけ、今に受け継がれているようにも映る。

 最後に、眞子さまと小室さんの今後についてこの記者に聞くと、

「眞子さまは小室さんに“できるだけ早く会いたい”という意思が強いようです。それをそのまま捉えるとNY州の司法試験を終えれば一時帰国する可能性が高いですが、その予定で固まったという風には聞いていません。宮内庁としては、お二方のお考えを慎重に見極めている状況だと思われます」

デイリー新潮取材班

2021年6月8日 掲載