累計40万部を突破したノンフィクション『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』(二宮敦人・著)は、社会現象にもなった前人未到、抱腹絶倒の探検記。二宮氏は謎の学科・工芸科で、鋳金(ちゅうきん)、彫金(ちょうきん)、鍛金(たんきん)の“金三兄弟”の存在を知る。いずれも金工(金属加工)の技術で、鋳金は奈良の大仏を作るのに使われ、彫金はピアスや指輪など主に装飾品や飾り金具を作りだし、そして鍛金は自由の女神として結実した。教室が砂場になっている鋳金、材料となる貴金属の価格を毎日チェックする彫金、命取りになる機械しか置いていない鍛金――。『最後の秘境 東京藝大』から個性が爆発する第7章「大仏、ピアス、自由の女神」を全文公開する。

謎の“金三兄弟”

 工芸科は謎の学科だ。

 そもそも、彫刻科と工芸科は何が違うのかよくわからない。展示を見に行っても、どちらも動物の像を並べていたりするのだ。

「どう違うの?」

「…………」

 妻は僕を正面から見つめたままフリーズする。

 妻は工芸高校の出身で、現在は彫刻科に在籍している。どちらも経験しているのだから違いがわかるものと思ったが、そうでもないようだ。

「彫刻は美術品、工芸は実用品かな」

「でも、工芸の人も美術品を作るよね」

「うん……」

「実用品でも、装飾が凝ってれば美術品になるのかな。だとしても、どこからが美術だという境界線はないわけだし。作り手の意思次第ってこと? それとも見る側の受け取り方次第?」

「……ご飯食べる?」

 妻は話を逸(そ)らす。

「もらう」

 あれ。食器棚を見て僕は戸惑った。僕にはお気に入りの箸(はし)があって、いつもそれしか使わない。しかし、目の前にはその箸が二対あるのだ。

「僕の箸、増えてるんだけど……」

「あ。作った」

 色も形も重さも手触りも、そっくりな箸が二膳(ぜん)。そういえば昨日、妻は顔を赤くしながらカッターと紙やすりで木の棒を熱心に削っていた。

 なぜ作る。お気に入りがどちらなのかわからないじゃないか。

「へへ」

 それにしてもこれは美術品なのだろうか。工芸品なのだろうか。

 藝大の工芸科は基礎課程と専攻課程に分かれている。二年の夏までは基礎課程として全専攻をまたいだ授業が行われ、以降は一つを選んで専攻していくのだ。専攻の数は六つ。陶芸、染織、漆芸、鍛金、彫金、鋳金だ。

 前半はまだイメージできるのだが、後半の“金三兄弟”は何だろう。読み方からしてわからないのである。それぞれ鍛金(たんきん)、彫金(ちょうきん)、鋳金(ちゅうきん)と読むそうだ。

「あ、鋳金(いきん)じゃないんだ……」

 妻もわからないくらいだ。君は工芸高校にいたのだろうに。

 これらは全(すべ)て金工……金属加工の技術である。日本の金工技術は、基本的にはこの三つに分類されるそうである。僕は早速、一つずつ覗(のぞ)いてみることにした。

■命取りになる機械しか置いていない

「鍛金の研究室を見ていただくとわかるんですけれど、ほとんど町工場なんですよね」

 まるで山男のような風貌(ふうぼう)。工芸科鍛金専攻三年生の山田高央さんが、誇らしげに言った。

 鍛金は簡単に言うなら、鍛冶屋(かじや)だそうだ。金槌(かなづち)を持ち、金床(かなとこ)があり、金属を叩(たた)いたり、切断したり、あるいは熱してくっつけたりして、望んだ形に変える。玉鋼(たまはがね)を叩いて日本刀を作るのも鍛金のうちだ。

「一枚絞りと言って、一枚の銅板を金槌で叩いて、曲げて曲げて曲げて……器ですとか、そういった形を作る技法もやります。ただ、そういった技法だけでなく、うちでは機械加工もやらせてもらえる。旋盤とか、フライス盤とか。こないだも『スピニングの神様』と呼ばれる工場技術者の方が講師に来てくれて、直接習うことができました。あ、スピニングというのは成形加工のひとつの方法で、新幹線の先端とかを作る技術です。僕はもともと機械が好きなんで、この機械加工が面白いなと。受験する前から鍛金に行こうと思ってたんですよね」

 旋盤もフライス盤も、工作機械の一つである。

「それを使って、どんな加工を行うんですか?」

「いろいろあって、一口には申し上げにくいのですが、例えば木目金(もくめがね)という技法がありまして。これはですね、色合いの違う金属を組み合わせて木目のような模様を作る技法なんです」

「え。金属で、木目を……?」

「そうです。まず違う金属を重ねるんです。主に銅合金なんですけど、中に銀とか金を挟んだりして、パイみたいに。それをガス炉に入れて、八百度くらいまで温度を上げて、一日まるまる焼きます」

 中に入れた金属が真っ赤に輝くという。

「そうして焼いたら、金属がアツアツのうちに出してきて、ひとまずプレス機で物凄い圧力をかけて、ある程度まで潰(つぶ)します。それが冷めないうちに、今度は鍛造機っていう機械のでっかいハンマーで、ガッツンガッツン叩いて潰します。これ、もっの凄い音がするんですけれど、もう、ガンガン叩いて潰します」

 鍛造機は自動販売機よりも少し小さいくらいの大きさだが、動いている時の迫力は凄(すさ)まじい。ハンマーが動くたびに衝撃が走り、鼓膜がびりびり震える。固定に失敗すれば材料が吹っ飛ぶそうだ。

「金属って叩いていくと、だんだん硬くなって動かなくなってきちゃうんですね。無理に叩き続けると、ひびが入って割れてしまう。なので、焼き鈍(なま)しと言って、バーナーで金属の色が変わるまでブワーッと炙(あぶ)るんです。そうすることでまた軟らかくなって、叩けるようになる。この鈍しと、鍛造機のガツンガツンを何回か繰り返します。最後の方では手で、金槌持って叩きますね。最初に十センチくらいの厚みだった金属の板が、一センチくらいになります」

「金属がそんなに、潰れるんですか……」

「はい、潰します。ここまですると、違う金属同士がくっつくんですね。これをグラインダーや鏨(たがね)で彫ると、色の違う金属が繋(つな)がった縞(しま)模様が見えてきます。これをさらにローラーにかけて、薄い板にします。そうすると模様が木目のように見えてくるわけです。これが木目金。三年生の前期で習う技法です」

「…………」

 絶句。

「日本独自の技法です。江戸時代に考案されたみたいですね」

 飾り箱の蓋(ふた)や、日本刀の鍔(つば)などに使われていたという。機械がない江戸時代だから当然、人力だけで叩いたのだろう。どれだけの労力だったことか。

「凄い情熱を感じますね。金属をそこまでして、加工したとは……」

「独特の技法は多いですよ。煮色(にいろ)着色という作業がありまして、作品を最後に薬品に漬けて表面処理をするんです。手順としては、例えば銅板から作ったお椀(わん)を煮色仕上げするとしましょう。まず、付着した手の脂(あぶら)なんかをとるためにお椀を重曹でよく磨いて、それから……大根おろしをかけます」

「大根おろし?」

「大根おろしです。なぜ大根おろしをかけるかは、具体的には先生方もわかってないそうですけど。そうすると、綺麗(きれい)にできるんですよね。大根の中の何らかの成分が、還元剤の働きをしているんじゃないかと僕は思ってるんですが。とにかく大根おろしのついたお椀を、緑青(ろくしょう)とか明礬(みうばん)とか薬品の入った寸胴鍋で、半日くらい煮込む」

「何だか料理みたいですね」

「ちなみにその半日の間、ずっとこう、動かします。籠(かご)みたいなものの上にお椀を載せて、その籠をずっと上げ下げして。じゃぼじゃぼ。筋肉痛になるくらい」

「そうすると、色がつくわけですか?」

「はい。赤とオレンジの間みたいな色になります。元が銅なんで、最初は新品の十円玉の色なんですが。それが本当に綺麗な、独特な……均質な色に変わるんです。面白いですよ」

 にこにこ顔の山田さん。それにしても大根おろしとは。最初にそれを見つけた人は、一体どれだけの数の材料を試したのだろうか。

「鍛金の作業場は、気を抜けない場所です。命取りになる機械しか置いてませんから」

 エアープラズマ溶断機、大型高速カッター、ガスバーナー……。名前だけでも危なそうな機械が勢ぞろいしているという。

「機械の力で金属板が飛んで行ったら、そこにいる人、真っ二つになります。他にも旋盤に巻き込まれたらぐちゃぐちゃになるし、シャーリングも指とか飛んじゃうし、火も扱うし」

 シャーリングマシンは、金属を切る巨大なハサミのような機械だ。

「緊張感がありますね」

「ズボンとかぼろぼろ、穴だらけですよ。グラインダーの火花で。あと、綿の服を着るようにしてます。化学繊維の服だと、火がついた時に一気に燃え広がっちゃいますからね。他にも金槌で自分を叩いてしまうこともありますし。金属の断面は鋭利ですから、切っちゃうことも。生傷は日常茶飯事です。ハンマーだこも」

「絆創膏(ばんそうこう)を持ち歩いてる?」

「そういう人もいます。ま、僕は瞬間接着剤でピッと止めちゃいますけど」

 実に豪快だ。

「金槌なんかは、たくさん種類を持ってるんですか?」

「金槌なら二十本くらい持ってますね」

「二十本も?」

「足りないくらいですよ。多い人は何百本も持ってますから」

「使い分けるだけでも難しそうですね。そんなにいろんな種類、お店にあるんですか?」

「あ、僕らは金槌を買うと言っても、頭の部分だけ買ってきて、自分で仕立て直して使うんです。面をベルトサンダーで綺麗に削って、紙やすりで磨いて、研磨して。木の柄も削って、くっつけるわけです」

「金槌も作るし、新幹線の先っぽも作るとなると、本当に何でもできるんですね……」

「鍛金は『大きいもの“も”できる』とよく言うんですけど、そこが魅力ですね。小さいものも、大きいものも、本当に幅が広いんです。好きにやっていいような空気もありまして。あんまり幅が広すぎて、放置されてる機械とかありますからね。誰も教えられる人がいなくて、置きっぱなし」

「工芸の中でも特に幅が広いんですか」

「そうですね。鍛金、正直、何でもできます! 他の研究室でできないものを、相談されることは多いです。うちの設備があれば何でも作れちゃうんですよ。こないだは漆芸の佐野君のために鉄板を切りましたね、シャーリングで」

「何でも屋、なんですね」

「よく彫金の学生も、うちの研究室に来てシャーリングで金属切ってますよ。まとめて大きな板を買って、細かく切って使うんです。その方が経済的なんで」

「技術もそうなんでしょうけれど、そういった設備のあるなしも大きいですね」

「そうなんですよね。だから大学にいるうちにできるだけ勉強しないと。大学でなら、機械も溶接もバーナーも使い放題ですから。一から個人で揃(そろ)えるとなったら、こりゃきついですよ」

 卒業したらどうやって作品を作ろうかなあ、と山田さんは首をひねった。何でもできるという鍛金の世界。あの自由の女神像も、鍛金の技術で作られているそうだ。

「ところで、工芸科も鞴祭(ふいごさい)をやると聞いたんですが」

 山田さんは頷(うなず)いた。

「ありますよ。各専攻でいろいろやってますね。鍛金の鞴祭は楽しいです。例のガス炉でピザと、マグロの頭を焼いて振る舞うんです」

 さぞかし美味(おい)しく焼けるだろう。

「あと、鍛金は何でかわかんないんですが、毎年ゲストの神様が来るんですよ」

「ゲストの神様?」

「学生がやるんです。おととしは、町野先輩という方が全身を赤い絵の具で塗って。発泡スチロールで作った鼻をつけて。自分で溶接して作った鉄の下駄履いて、防塵(ぼうじん)マスクをかぶって、ヤツデの葉っぱを股間(こかん)につけて。『本日はどこそこの山からマチノ坊さまがいらっしゃいました〜』と」

「物凄いカオスですね……」

「実は、今回は僕がやらされまして。科のボス的な先輩に『今年お前な』と指名されるんですよ。先輩が鍛造で作った花と、スピニングで作ったコップを持って、裏でとってきた適当なツタを頭に載せて。上は裸で、先輩が日暮里(にっぽり)の繊維街で買ってきた布を巻きました。『ギリシャからお越しの、酒と健康の神、ヤバッカス様です〜』と……」

「ヤバッカス?」

「僕、山田じゃないですか。山田とバッカスかけて、ヤバッカスです」

 山田さんが苦笑いしながら写真を見せてくれた。正面を向いて佇(たたず)む山田さんは、思ったよりも威厳があり、神様っぽかった。

 なお、ヤバッカス様がお召しになられた綿百パーセントの布は、その後細かく切って、機械の油汚れなどを拭(ふ)くウェスとして無駄なく活用されたという。

貴金属の相場は毎日確認

 鍛金の次は、彫金だ。

 スケールが大きい鍛金とは対照的に、彫金は何かと小さく、細かい方向にいくのだという。

「彫金は細かい人が多いですね……、『ちょっとの傷も許せない』ような性格の人が」

 どちらかといえばおおらかそうな印象の岩上満里奈さんは、工芸科彫金専攻の三年生。彫金のインタビュー、私なんかでいいんですか、と少し恥ずかしそうにしながら説明してくれる。

 彫金は、主に装飾品や飾り金具を作る技術だそうだ。金属をねじって曲げ、磨いてピアスにしたり、鏨(たがね)という鋼鉄でできた鉛筆型の器具で金属板に複雑な模様を彫りあげたりする。

「彫金はですね、金とか銀とか、場合によってはプラチナとか、貴金属を使うので材料にお金がかかるんですよね。だから、学生はみんな相場を毎日チェックしてます! 安い時に買いだめしておくんですよ」

 一つ作品を作るのに、材料費だけで数万円かかってしまうそうだ。

「仕上げで銀をヤスリでこすると、銀の粉が出るじゃないですか。私たち、受け皿を置いてその粉を溜(た)めるんですよ。業者に買い取ってもらえるんです。最初は捨てちゃってたんですけど、先輩に『お金捨ててるんだよ!』と言われて、本当にその通りだと思って」

 僅(わず)かな粉でも無駄にはできない。文字通りの金銀財宝。

「彫金をやるようになってから、貴金属のありがたみを感じるようになりましたね。料理屋さんに行っても、食器の素材がわかるんです。このスプーン、本物の銀だ!とか。さすが高級店だって、テンション上がっちゃいます。本物は重みがあるんですよね」

 例えばですけど、と言いながら自分の作品をいくつか見せてくれた岩上さん。その目は自信なげに下を向いている。

「まだ素人(しろうと)に毛が生えたようなレベルですから。恥ずかしいです」

「あ、指輪ですね」

 大きな白い石がはめ込まれた、銀製の指輪。やや大きめで、僕の親指でもなんなく入る。

「ジュエリー作りの課題がありまして。宝石の専門家の方が講師に来られて、原石の削り方から学ぶんです。これは瑪瑙(めのう)を使っているんですが、グラインダーという回転するヤスリみたいなもので、原石を削って磨いて丸くしていくんです」

「ヤットコなどで、原石を挟んで?」

「いえ、素手です」

「素手なんですか!」

「最初はもう、怖いですけど。だんだん慣れてきますね」

 怖いなんてものじゃない。失敗すれば爪(つめ)がなくなるという。危険と隣り合わせだ。

「こちらは……クマノミが泳いでますね」

 金属製で楕円(だえん)形のジュエリーケース。大きさは眼鏡ケースより少し大きいくらい。蓋の部分にクマノミとイソギンチャクが描かれている。

「これ、銀製ですか?」

「はい、銀です。まず問屋さんから笹(ささ)吹(ぶ)き……純銀を買ってくるんです。こういうやつなんですけど」

 見せてくれたそれは直径数ミリ程度の、銀色に輝く細かい粒。ケーキに乗っているアラザンにそっくりだ。昔は、水中の笹の葉の上に溶かした銀をほんの少しずつ垂らし、粒状に凝結させて作ったことから笹吹きと呼ぶ。

「これを溶かして型に入れて、ハイチュウみたいな形にします。それをローラーで伸ばして、板にして。板を丸めて円柱状にしたら叩いて、楕円の形にして、ケースにしていきます」

「このクマノミとイソギンチャクの模様は、どうやってつけるんでしょう」

「これは、切り嵌(ば)めという伝統技法で作りました。色合いの違う金属を切りだして、組み合わせるんです。赤い色が銅で、白いのが銀。黒いところは四分一(しぶいち)。銀が四分の一で、残りが銅の合金です」

「微妙な配合の違いによって、色合いを表現するんですね」

「はい。それぞれの金属を模様の形に作って、パズルみたいに嵌めこむんです。丸い模様なら、板に丸い穴をあけて、そこに同じ形に切った銅の板を嵌めて、銀ロウで接着する。銀ロウというのは、ハンダ付けのようなもので。溶かした金属を接着剤にして、つなげるんですね」

「凄く細かい作業ですね」

 イソギンチャクの模様、一本の幅は三ミリ程度だろうか。それくらい細かい部品を嵌めこみ、繋ぎ合わせるのだ。組み合わせた時に隙間(すきま)ができないよう、切る鋸(のこぎり)の厚みまで考えて設計するという。

「最後にヤスリで表面を削って、平面にして。最後に煮色で着色して、完成です」

 溶かして。潰して。叩いて。嵌めこんで。

 とてもそんな工程を経ているとは思えない、美しい楕円のカーブと、印刷のようにつるりとした表面だった。

「手先の器用さと、根気がいりますね。私、苦手です」

 岩上さんは眉(まゆ)を八の字にした。

 彫金の達人は日本刀に龍(りゅう)を描くという。胃に穴が空きそうだ。

熱気で睫毛(まつげ)が燃えそう

 次は鋳金である。

「彫金はどちらかと言えば一人で机に向かって、地道にやる作業。鋳金は逆に、一人じゃできません。チームワークが必須(ひっす)です」

 工芸科鋳金専攻の城山みなみさんは、大きな目をまばたきさせながら、そう言った。

 鋳金は、型を使って金属を加工する技術である。例えば壺(つぼ)なら壺の鋳型(いがた)を作り、そこに溶かした金属を注ぎ込む。冷えてから型を取り除くと、金属の壺のできあがりというわけだ。

「教室が砂場になってるんです。土間砂といいまして、川砂から作っているようです」

「床が全部、砂なんですか? どれくらい深いんですか」

「さあ、どれくらいでしょう。大きな作品もできるくらいなんで、相当深いですよ。底まで掘ったことがないんで、わかりません」

 どれくらい深いかもわからない砂場。不思議な作業場だ。「たぶん鋳金が、金工の中では一番失敗が多いと思います」と城山さん。思い通りにいかないことがとても多いそうだ。

「まず原型を作ります。いろいろなやり方があって、これはその一つなんですが……粘土で作りたい形を作って、それをシリコンで置き換えてから、耐火材を混ぜた石膏(せっこう)で型をとります」

「型を作るだけで、粘土、シリコン、石膏……と使うんですか?」

「そうなんです。この型を作るのにとても手間がかかるんですよ。型そのものを電気窯(がま)やレンガ窯で何回も焼いて作ることもありますし。粘土、石膏、シリコン、ワックス……といくつもの素材を利用して作ることもあります。土で型を作る時は、様々な種類の土を何層にも重ねたりします。それから、鉄骨を入れて型を補強したりとか」

 型の材質によって、複雑な手順があるのだ。

「型ができたら、シャベルで砂を掘って砂場の中に埋めます。型の上には穴があけてありまして。そこに、溶かした金属を入れます」

「金属は、そばで溶かしておくんですか」

「そうですね。型にどれくらい金属を入れるかを導き出す計算式があって、それに従った量のインゴットを買ってきて、温めながら叩いて割って……大きな壺の中で溶かします。一千度とかで。この溶かし方にも手順があるんですよ。ゴミが入っちゃいけないので、藁(わら)の灰で蓋をしたり。脱酸のためにリン銅というものを入れたり……」

 お菓子を手作りするために、板チョコを割って溶かすのとは次元が違う。

「溶かした金属を流し込むのを吹きって言うんですけど、この作業が一人じゃできないんですよ。特に男性の協力がいりますね。重い壺を、何人かでせーの、で持ち上げて、よいしょって流し込むんです」

「真っ赤に溶けて、輝いている金属をですよね」

「はい。熱気で睫毛が燃えるかと思うくらいですよ……」

「凄くダイナミックな光景でしょうね」

「吹きは一人ではできないので、みんなでスケジュールを合わせてやります。そのためか、ちょっとイベント的なところもあって。吹きをやる日には、お神酒(みき)を供えて……作業が終わったらみんなでお酒を頂きます」

「なるほど、チームワークですね」

「他にも窯立てといって、型を焼くための窯を一から、煉瓦(れんが)を組み立てて作ることもあります。これもみんなでやります。協力する機会は多いですね」

「窯まで自分たちで作るんですか!」

「鋳金の鞴祭では、自分たちで作った窯でピザを焼きますよ。美味しいです」

 工芸科では、何かとピザを焼くようだ。

「これが、城山さんが作った作品ですか」

 僕は城山さんのポートフォリオをめくる。そこには、細い棘(とげ)が無数に生えた巻貝があった。

「はい。その巻貝の型が、これです」

「これは、また……凄いですね」

 見せてくれた写真はもはやSFだった。巻貝の型なので、中心に巻貝らしき形はある。しかしそこに無数の色とりどりのパイプが繋がっているのだ。巻貝の棘一本に対し一本のパイプが繋がっていて、それらパイプは互いに合流しながら上へと流れて太いパイプになっていく。動物の血管を思わせる。

「そうか、金属がちゃんと隅まで流れるように、道を作るんですね」

「はい。湯道(ゆみち)です。それから金属からはガスも出るんですよ。そのガスを抜くための道もつけないとなりません」

 型自体が、美術作品として成立するんじゃないかと思うほど、複雑な形状だった。

「金属を入れたら……冷えるのを待ちます。半日か一日くらいで固まるので、そうしたら掘り出して、型を割ります。石膏だとハンマーで割り開けますね。土の型ならバリバリ剥(は)がしていく感じで」

 当たり前のように言う城山さんだが、ちょっと考えてみるとこれも驚きである。あれだけ苦労して作った型は、この時点でなくなってしまうのだ。

「それから仕上げです」

 この仕上げもまた、手間がかかるのだという。

「ちゃんと、端っこに金属が行きわたってなかったり、穴が空いていたり。そういう失敗がだいたいあるんですよ。それから、作った道のところに不要な金属が入ってしまうことも多いし、はみ出してバリもできますから。いらないところを削って、穴を埋めて、足りないところは付け足して……最後に着色をして、ようやく完成、です」

 ふう、と城山さんは息を吐く。

 型で作ると聞くと、入れて冷やしてそれで終わり、のような気もしてしまう。だが実際には、複雑な作業の連続なのだ。

「ちなみにバリとか取り除いた部分は、とっておきます。また次回、溶かして使うんですよ」

 大事な金属は、無駄にはしない。

「しかし、これは大変な作業ですね」

「そうですね、手間がかかります」

「大きな作品を作るとなると、かなり難しいんじゃありませんか?」

「難しいでしょうね。奈良の大仏は鋳金で作られたそうですが、どれだけの手間がかかったのかと思います」

 見上げるほどの巨大な大仏を思い、僕も城山さんもため息をついた。

離れたくても、離れられない

 藝大生たちの話を聞いて、よくわかった。金属という素材は、つくづく扱いにくい。硬くて重くて何かと手間がかかり、値段は高く、危険も隣り合わせ。何もそこまでしてモノを作らなくてもいいじゃないかと思えてくる。

 工芸科のこの執念とも言うべきモノづくりへの想(おも)いは、どこから来るのだろう?

「それが、自分でもわからないんですよね」

 鋳金専攻の城山さんは、不思議そうに首を傾(かし)げる。

「作業が押して、何日か泊まりが続くと、すっぴんですし。粉塵が凄いので、手拭(てぬぐ)いが必需品で、目だけ出るように顔に巻いて。いつも長袖(ながそで)に安全靴、軍手を二重につけて、ジーンズにモンペはいての作業です。たまには綺麗にネイルとかやりたいなーって思うこともあります」

「普通の女子大生が羨(うらや)ましくなったり?」

「うーん。普通の学生になりたければなれたんですけど、でも私、結局藝大に来ちゃったんですよね。どういうわけか離れられないんです。美術は、好きかどうかはわからないんですけれど、腐れ縁的な存在ですね……」

 腐れ縁。決して肯定的ではない言葉が出てきたことに、ぎょっとした。

 彫金専攻の岩上さんも、似たようなことを言う。

「私、もともと藝大に行く気はありませんでした。高校が美術系だったんですけれど、なんというか美術ばっかりやってて、視野が狭いまま将来を決めていいのかなって思ったんですね。環境を変えたくなったんです。でも、他に行きたいところもなくて」

 ぽつりぽつり、続ける。

「それで一年間フリーターしたんです。なんだか、美術が嫌いになってたところもあったので。美術と関係ないバイトをして過ごしてました。でも、暇な時に何するかっていうと……雑誌を読んでは、このレイアウト作ったりする人になりたいとか。ジュエリーを見ては、これを作る人になりたいとか……そんなことばかり考えてしまうんですよね。じゃあ、やっぱり美大行くかなって。どうせなら藝大を目指してみようって」

「結局、美術に戻ってきてしまったんですね」

「離れられないんです。何だか、引き戻されたみたいな。人間って、美術から逃れられないものなのかもしれません。正直、彫金も向いているとは思えなくて。夏休み頃は、いじけてたんです。みんなうますぎ、私向いてないって……。課題に追われてたりすると、作るのが嫌になりますよ。でも、課題とか何もなしに家にいても、やることなくて……結局、何か作りたくなるんです」

 岩上さんが眉を八の字の形にする。

「これから自分がどうなっていくのか、不安になりますね。もう少し美術、やってみようって今は思ってますけれど……」

「僕も、藝大に入るまでは紆余曲折(うよきょくせつ)がありました」

 鍛金専攻の山田さんも頷く。

「もともと、うちの両親が美術系の大学に行くことに反対だったんです。東大を目指せ、そういう方針で。ですが受験に何回も失敗してしまって。その間に妹の方が先に合格しちゃったりして、さすがにそろそろやばいぞ、となったところで親も藝大を目指すことを認めてくれたような次第で」

「そうだったんですか」

「でも藝大に入っていなくても、何かしらの形でモノづくりはしていたと思いますよ」

「モノづくりは、山田さんの中ではどんな位置づけなんですか?」

 しばし考えてから口を開く山田さん。

「人生そのもの、ですかね」

「それがなくては生きていけないということですか?」

「いえ。他にやりたいこともないっていうか。変な言い方ですけど」

 不思議なことに、三人とも燃えるような情熱を持ってモノづくりをしているわけでもないようだ。

 なぜだかわからないけれど、この世界に戻ってきてしまう。何をしてもいいと言われても、結局モノを作ってしまう。そんな自分に、彼ら自身も戸惑っているようだった。

 何だかふわふわした理由だな、と思っていた僕も、三人から同じ話を聞くと考えが変わってきた。

 そういうものなのかもしれない。

 やりたいからやるのではなく、まるで体に刻みこまれているように、例えば呼吸することを避けては通れないように、人はモノを作るのかもしれない。

 鍛金の自由の女神像、彫金の日本刀の龍、鋳金の大仏……どれも、ちょっと凄すぎる。あれだけの技法を発展させるには、やりたい人がいた、くらいでは足りないのではないか。

 つまり美術が面白いからではなく……美術から逃れられない人が常に存在したから、あそこまでの作品が生まれたのではないだろうか? そんな気がしてくる。

「そういえば、こないだ嬉(うれ)しいことがあって」

 取材の終わる間際(まぎわ)に、岩上さんが控えめに笑った。

「私の、父方の祖母の、その父……ひいお祖父(じい)さんですね。その人が、彫金の彫り師だったんですよ。これ私、彫金に入ってから知ったんです」

「そうなんですか!」

「まあ……技術は受け継いでいないようなので、それがちょっと残念なんですけど……でも、嬉しかったです」

 岩上さんに技術が受け継がれているかどうか、僕にはわからない。だけど美術の世界と体が繋がって離れないところは、確かに血として受け継がれているような気がした。

 ひいお祖父さんはひ孫のことを、どこかで優しく見守っているのだろうか。

デイリー新潮編集部

2021年7月26日 掲載