孤独死などで遺体が長時間放置された部屋は、死者の痕跡が残り悲惨な状態になる。それを原状回復させるのが、一般に特殊清掃人と呼ばれる人たちだ。長年、この仕事に従事し、昨年『事件現場清掃人 死と生を看取る者』(飛鳥新社)を出版した高江洲(たかえす)敦氏に、孤独死した80代男性の遺族について聞いた。

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 高江洲氏は、孤独死した人の遺族から、身の上話を聞かされることがあるという。今回ご紹介するケースは、今でも忘れられない、亡くなった80代男性の娘の話である。

「かれこれ15年前のことです。不動産屋から仕事の依頼がありました。神奈川県内の1DKのアパートの風呂場で、80代男性が死後1カ月以上経って発見されたそうです」

 と語るのは、高江洲氏。

「家賃を滞納したため大家さんが部屋を訪れ、遺体を発見したそうです。湯舟に浸かったまま亡くなったため、脂や体液が溜まって、凄まじい悪臭を放っていました。風呂場はリフォームする必要がありました」

 部屋には荷物が多く、卓袱台の上には、腐敗した料理があった。冷蔵庫の中の食品もすべて腐っていたという。

極貧の生活

 亡くなった男性には、娘がいた。依頼主は不動産屋だったものの、料金を払うのは娘である。そこで、高江洲氏は特殊清掃の見積もりを伝えるために彼女に連絡したという。

「娘さんは静岡の伊豆に住んでいました。男性のアパートに来てもらったのですが、彼女の身の上話を聞いて、啞然としました」

 娘は最初は父親について口を閉ざしていたが、突然堰を切ったように語りはじめたという。

「男性は不動産業を営んでいましたが、借金がかさんで、彼女が小学4年の時1人で夜逃げしたというのです。そのため残された娘と母親は、極貧の生活を余儀なくされたそうです」

 母親は、パートを掛け持ちしながら娘を育てた。

「娘は高校を卒業後、福祉関連の専門学校へ進学しました。その後、結婚して子どもをもうけたそうです。決して裕福ではなかったものの、明るい家庭を築いたといいます」

 父親が川崎市のアパートで生活保護を受けながら暮らしていることを知ったのは、亡くなる3年前のことだった。

「市役所が、父親の身元引受人を探したところ、娘さんに辿りついたのです。娘さんは当初、自分と母親を捨てた父親とは会いたくない、もう関係ないと思ったそうです。娘と母親が経験した大変な苦労を考えると、そう思うのも当然ですね」

 その後、娘は介護の仕事をするようになった。

介護で父親を許せるように

「色んな過去を背負って生きている高齢者たちの介護をしていくうちに、だんだんと父親のことが許せるようになっていったそうです。介護する男性が父親と重なって見えたといいます。彼女は父親も色々と苦労したんだろうなと考え、男性が亡くなる1年前、初めて彼を訪ねているのです」

 娘は、小4の時に父親が夜逃げして以来、40数年ぶりの再会となった。父親のアパートの近くの料理店で2人で食事をした。

「父親は、娘が訪ねてきてくれたことで、たいそう喜んだといいます。父親は、妻と娘を置いて逃げたことを涙ながらに謝ったそうです」

 2人で、尽きぬ話をしたという。

「それ以後、3カ月に1度の割合で、娘さんは父親と会うようになりました。男性が亡くなるまで、4回会ったそうです」

 高江洲氏は、ひと通り話を聞くと、特殊清掃の見積もりを出した。

「風呂は解体して全て交換する必要がありました。そのため、見積もりは数百万円になりました。娘さんは、子どもの進学のために預金をしていたので、その中から支払うと言っていました。私の経験では、普通、いくら肉親でも家族を捨てた人のためにそんな高額なお金を払う人はまずいません。私は、娘さんに深い感銘を受けました。生活保護を受け、惨めな晩年を過ごした父親にとって、わずか1年という短い期間でしたが、娘さんと会えたのは唯一の救いだったのではないでしょうか。娘さんに死後の始末もしてもらい、安心して旅立ったことでしょう」

デイリー新潮取材班

2021年7月27日 掲載