日本の公安警察は、アメリカのCIAやFBIのように華々しくドラマや映画に登場することもなく、その諜報活動は一般にはほとんど知られていない。警視庁に入庁以後、公安畑を17年務め、数年前に退職。9月に『警視庁公安部外事課』(光文社)を出版した勝丸円覚氏に、捜査に役立つ瞬間記憶術について聞いた。

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 公安捜査員は、尾行など任務遂行時はメモが取れない状況に置かれることが少なくない。

「そういう時に役立つのが“瞬間記憶術”です」

 と語るのは、勝丸氏。

「この能力は、私も含め公安捜査員の多くが兼ね備えています。上司や先輩に現場で仕込まれるのです。おかげで一度訪れた場所であれば、記憶だけで『現場の見取り図』を再現できます」

 瞬間記憶術を身に着けるために、どんな訓練をするのか。

不審な人物を発見

「例えばレストランに行った時、先輩から『一瞬後ろを振り返って、なにがあるか言ってみろ』と言われたりしました。振り返って、そこに居る人物や家具などをカメラでシャッターを押したように記憶するのです。あまり細かいところにこだわると記憶に残りません。こうした訓練を何度も繰り返すのです」

 瞬間記憶術は、捜査でどのように活用するのか。

「尾行していると、ターゲットが途中で服装を変えたりすることがあります。そういう場合に備え耳の形や骨格、靴底の減り具合などを覚えていると、見失うことはありません。靴底は歩き方によって、踵の減り方が違ってきます。左より右の踵が減っているなど、個人によって減り方が違うので、その特徴を捉えることも重要です」

 勝丸氏は、瞬間記憶術を使って本能的に不審な人物を所轄署に通報したこともある。

「ある時、マンションのベランダから外の様子を眺めている男を見つけました。勿論それだけで犯罪者扱いするつもりはありませんが、何かしでかしそうな気配が感じられたのです。瞬間記憶術で男の表情などが細かく見えました」

 勝丸氏は、マンションの形状を脳に焼きつけ、部屋番号を特定し、管轄警察署に照会した。

「その結果、その男には複数の犯罪歴があり、近所から不審者に見られていたという情報が得られました。管轄の警察官に『あの男はマークしたほうがいい』と伝えました」

 指名手配犯を検挙したこともある。

脳が活性化

「指名手配中の極左暴力集団のメンバーを街中で目撃しました。彼は内ゲバ、つまり仲間内で喧嘩し、駆けつけた警官に暴力をふるって公務執行妨害で指名手配されたのです」

 男は変装していたという。

「サングラスをかけてマスクをしていましたが、彼のことは以前から知っていたので骨格や耳の形、歩き方で特定できました。彼は右肩にバックをかけ、少し右に傾きながら歩くクセがありました。デモに参加している時と違う靴を履いていましたが、私が目撃した時と同じで右の踵が減っていました。こういう細かい特徴は、瞬間記憶術で頭に刻みつけていました」

 極左暴力集団に所属する人は単独行動することは少ない。

「そのため私一人で逮捕しようとすると、仲間が現れて邪魔されてしまいます。すぐに捜査員に連絡しました。捜査体制を整え、逮捕しました」

 瞬間記憶術を身につけるためにはコツがあるという。

「魚眼レンズのように広い範囲を見ることです。頭を動かさずに目だけ動かすのです。すると視界が広がってきます。レストランなどでターゲットを監視する際、相手に顔を向けたらすぐにバレてしまいます。相手をまじまじとは見ずに、視界の片隅に入れておくのです」

 瞬間記憶術は、日常生活にも役に立つという。

「メモを取る必要がなくなるし、人の顔や名前も一度見ただけで覚えてしまいます。一度訪れた土地は頭に刻まれていますから、道に迷うこともありません。地図や時刻表を見ても、すぐに頭に入ります。脳が活性化し、記憶力が大幅にアップします。ボケ防止にもなりますね」

デイリー新潮編集部