20歳の誕生日を迎えて成年皇族となられ、3月中旬に記者会見に臨んだ愛子さま。そして4月9日に筑波大附属高校に入学され、新生活への抱負を述べた悠仁さま。この春は、お二人それぞれにとって大きな節目となったはずだ。

 いとこ同士のお二人とはいえ、そのお立場にはさまざまな違いがある。

 女性皇族と男性皇族という違いがあり、さらに天皇家の「本家」と「分家」であるという違いがある。

 そのため、実は生まれてすぐ、命名のプロセス一つとっても大きく違うのだ。以下、『愛子様と悠仁様――本家のプリンセスと分家のプリンス』(大島真生著)をもとに見てみよう。

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名付け親の大きな違い

 平成18年9月6日午前8時27分、悠仁さまは、秋篠宮さまと紀子さまの第三子として、東京都港区の愛育病院で誕生した。

 身長48.8センチ、体重2558グラム。紀子さまにとっては、40歳の誕生日を目前にしての出産だった。

 名前は、一般のお七夜にあたる12日、母子が入院していた病院内で「命名の儀」を行って、決められた。皇室では、命名までは「新宮(しんみや)さま」と呼ばれる。

 命名の儀では、秋篠宮さまが名前を決めたが、この段階ですでに、「宮家のプリンス」と「皇太子家のプリンセス」の立場の違いが、いろいろと鮮明になった。

 天皇と皇太子の子供は、厳密な手順を踏んで天皇が名前を決めるが、宮家の場合は父親が命名する決まりである。

 また、皇族を呼ぶ際に使われる「宮さま」には、「称号」と「宮号」という二つの種類があるが、「幼い時の呼び名」である称号も、天皇と皇太子の子供に限られている。

 愛子さまが生まれたのは平成13年12月1日午前2時43分。身長49.6センチ、体重3102グラムだった。雅子さまは当時37歳で、安産だった。そして、愛子さまには、前述の決まりの通り、命名の儀で天皇陛下から、「敬宮(としのみや)」という称号と名前が与えられた。

 愛子さま誕生の5日後、まず天皇陛下は皇居で湯浅利夫長官(当時)に、新宮へ名前を贈ることを伝えた。称号と名前とが高級和紙「大高檀紙(おおたかだんし)」に書かれた「名記」が、菊の紋章の付いた黒塗りの檜の箱に納められ、それが長官から侍従長へ伝達された。さらに東宮御所の東宮大夫(とうぐうだいぶ)に届けられ、皇太子さまがそれを見て名前が正式に決まった。

「名記」はその後宮内庁病院へ運ばれ、東宮女官が雅子さまに見せてから愛子さまの枕元に置かれた。

 一方、41年ぶりの慶事だったとはいえ、宮家の悠仁さまには、称号が与えられることはなかった。

男の子は「仁」、女の子は「子」

 皇室では、平安時代からの伝統で、名前は2文字が原則となっている。男の子は「仁(ひと)」、女の子には「子」を入れる。「仁」は天安2(858)年に即位した清和天皇の「惟仁(これひと)」が始まりで、「有徳の人」などの意味があるとされている。

 また称号は、江戸時代の中期ごろから、誕生の7日目に天皇や上皇が贈るようになった、といわれている。

 明治以降は旧皇室親族令に基づき、お七夜の日に命名の儀を行って、天皇が自分の子供と皇太子家の子供の名前と称号を選ぶようになったことから、戦後もそれが踏襲されている。

 この名前と称号は、四書五経や「万葉集」など中国と日本の古典や、詔勅(天皇が意思を表示した文書)を出典にするのが通例だ。

「ヒサヒト」さまは「Hi・Hi」

 父親が名前を決める宮家では、命名の方法についての厳密な決まりごとがない。

 秋篠宮さまは、長女の眞子さまと二女の佳子さま誕生の際、命名の儀の前に、学者の意見を参考に、紀子さまと相談しながら、すでに自分で名前を決めていた。

 悠仁さまのケースでも同様だった。秋篠宮さまが、出典より大事にしたのは、「音の響き」と「意味」だったという。宮内庁によると、命名の儀の前日まで迷い、「悠」の字の意味や「ひさひと」という響きで決めたそうだ。「悠」の文字は、秋篠宮さまが国語学者や漢学者の意見を参考に、天皇、皇后両陛下や紀子さまとも相談した上で決めた。

 選考は妊娠8カ月目になる7月ごろに始まり、記録が残っている範囲で、歴代の天皇や男子皇族の名前に使われていない文字であることが、前提とされた。

「悠」の字には、「ゆったりとした」とか「長い」といった意味があり、ゆったりとした気持ちで長く久しく人生を歩んでほしい、という秋篠宮ご夫妻の願いが込められている。

 だが関係者は、このネーミングにはもう一つ隠された意味があるのではないか、といい、「昭和天皇を意識されたネーミングではないか」と打ち明ける。鍵は「音の響き」である。

 秋篠宮さまは、「ひさひと」という読みの響きを、先に気に入り、三つほど候補にあがった「ひさ」と読む漢字を、その意味から、一つに絞っていったそうだ。

 画数などは一切、気にしなかったという。

「ひさ・ひと」は昭和天皇の名前「ひろ・ひと(裕仁)」の響きに近い。どちらも文字の始まりがローマ字で「Hi・Hi(ひ・ひ)」となり、韻を踏んだようになっている。

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 この韻について、筆者の大島氏は「将来の天皇候補にふさわしい名前にしようと、祖父を意識していた可能性は高い」と記している。

 また秋篠宮家については、天皇陛下の即位に伴って、秋篠宮さまが皇位継承順位1位の「皇嗣」となられた大きな変化もあった(2020年11月)。

 現時点では、皇位を継承できるのは男性皇族に限られるため、継承順位2位が悠仁さま、3位が上皇さまの弟で86歳の常陸宮さまとなっている。

 愛子さまと悠仁さまそれぞれの新生活に、国民誰もが幸多かれと願っていることだろう。

デイリー新潮編集部