社会的には輝かしい経歴を持ちながら、夜の仕事を続ける女性は珍しくない。某国立大学のエリート研究員の女性について以前書いたが、今回取材した紘子(仮名=46=)も、誰もが知っている有名私立大学を卒業し、いまは性風俗店で働いている。その学歴に足を引っ張られながら……。【酒井あゆみ/ノンフィクション作家】

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 紘子とは以前、知人を介した飲み会で知り合った。高学歴の風俗嬢ということで印象に残っていた。特別、親しく付き合っていたわけではなかったが、ある日、Facebookを通じてこんなメッセージをもらった。

〈この話、酒井さんにしかできない、って。すみません。すっかりご無沙汰してるのに突然で。でも、それくらい私は、壊れていく自分を知ってしまったのです〉

 要はいまの生活に疲れてしまったのだという。改めて話を聞くことにした。

 紘子が働いているのは格安デリバリーヘルスだ。ハードなプレイのオプションがあるのに、一般の風俗店と同じ料金しか取らないことが人気を博し、都内および近郊で複数の店舗を展開しているグループだ。出勤する女性は連日100人近い。系列店で源氏名を変えて掛け持ちしているのだという。

「MAXで稼げたのは月に50万円ぐらいでしょうか。コロナの時は最悪でした。朝から夜中までずっと待機しててもお茶。今はだいぶ良くなって、月に30万円は稼げるまで回復してきました」

 時に、ここに書くのが憚られるような過激なサービスも求められるというから、疲れたというのももっともである。そもそも風俗業界にあっても“墓場”のような店で、なぜエリートであるはずの紘子が働いているのか。

3度の大学受験

 由緒正しい東北地方の名家に生まれた紘子は、小学校1年生の時に両親が離婚。母に引き取られ、祖母、祖父に愛情をたっぷり注がれて育ったという。祖父母は優しいながらも日本舞踊、ピアノ、クラッシックバレエといった習い事を彼女にさせ、さらには「結婚するまで処女であれ」といいつけた。髪の毛を伸ばすことも、“女の色気を出すな”と禁じられたそうだ。だがそんな環境に紘子は反発した。

「17歳の時に、伝言ダイヤルで知らない男と3万円で『援助交際』をしたのが初体験です。結婚前に処女じゃなくなったら本当に死ぬのか試したかったんです。ずっとそう教えられて育ったので」

 もちろん、セックスをしても死ななかった。稼いだ金は、家では禁止されている「お菓子やアイスなどをたくさんコンビニで買って」消えた。以来、地元で100人以上は「エンコー」したという。

 高校卒業を機に上京。志望していた大学に落ちてしまい、浪人生活は東京で送ることとなった。一人暮らしの生活費は、実家からの仕送りのほか、こっそり再会していた父親がくれたという。それでも足りない分は喫茶店でバイトをした。翌年、こんどは第一志望の大学に合格。理系の一流大学だ。だが、紘子はすぐに退学してしまう。

「なんか、想像していたものが学べない。そう感じてしまったんです」

 こんどは仮面浪人で、また別の大学を受験し合格。超有名私立大学である。学びたかった環境にようやく落ち着くことができた。だがここで大きな転機が訪れる。バイト先の喫茶店で知り合った4歳年上の同僚との間に子供ができ、結婚、出産したのである。

「生活はもう地獄でしかなかったですね。夫は結婚しても定職につかず、『俺はパチプロになる!』って言い始めて。生活費は無いし、子供は泣き叫ぶばかりだし。おまけに旦那のDVが凄くなって。子供を守るのに必死で。私自身はもう精神崩壊していました」

 たまらなく児童相談所に避難した。だが相談員たちは口を揃えて「大学を辞めて育児に専念して」としか言わない。だが3度の受験を経て、ようやく入学した大学を諦めたくなかった。結局、子供は田舎にいる父が引き取り、育てることになったという(ちなみに旦那とは離婚したのちに再婚しまた離婚。結局、3回結婚、離婚したそうだ)。

 多くはなかったものの、夫が稼ぐ分の生活費も失ったわけである。考えた挙句、向かったのは新宿だった。高校時代の援助交際の経験から、身体を売ることにはそれほど抵抗がなかった。はじめから“売る”仕事を求めていた。

「風俗求人誌の存在を知らなかったんです。そこまで頭が回らなかった。新宿に行けば何かしらの高給の仕事があるだろう、って。いま思い返すと夢遊病みたいな状態で、たまたま見つけたピンクサロンで働き始めました」

 学校が終わると、遅番の17時から24時の閉店まで働いた。時給3500円で、1日で1万7000円の稼ぎになる。毎日、ひたすら生活費を稼ぐために働いたという。後に「もっと稼げるお店、紹介してあげるよ」とスカウトに誘われたのをきっかけに、吉原の大衆向けソープに移った。1日出勤すれば10万円は稼げ、ピンサロよりも遥かに稼ぎは良い。少しまとまったお金ができたタイミングで、吉原近くの物件に引っ越し、通勤時間を短縮した。

 そしてようやく大学を卒業したが――紘子はソープを辞めなかった。

「君の学歴では勿体ない」

 彼女ほどの学歴があればまともな企業に就職できるのではないか。私でなくても、そんな疑問が浮かぶはずだ。

「大学卒業した時がちょうど就職氷河期で。たくさん受けたんですけど、どこも受からなかったんです。どの会社も『君の学歴でうちの会社には勿体ない』といわれました。でも『私は昼職に向いているのだろうか』っていう迷いを読まれていたのかもしれませんね」

 本人はこう言うが、いくら氷河期とはいえ……である。

 紘子のように大学在学中に身体を売る女性は、近年、増えている印象がある。授業料を稼ぐため、奨学金を返済するため、といった事情だ。大卒の肩書が無ければ一流企業には受からないことは分かるが、学歴のない私からすれば、自分の体を売ってまで学歴が欲しいことが不思議でならない。そんな私の疑問を紘子は超越している。3度大学受験し、手に入れた学歴を活かすことなく、風俗業界で働き続けているからだ。

 往々にして、風俗などを利用する男は「学歴もない、こんな仕事しかできない女たち」と女性を蔑むことが多い。そういう男は風俗でしかマウントを取れないのだろうし、女性としてもお金さえもらえればいくらマウントを取られてもいいだろう。だが紘子の場合は、むしろ「学があること」が足を引っ張り、なかなかいい条件の店に採用してもらえないという。「君の学歴では勿体ない」という、大卒時に面接官から聞かされたものと同じ理由で。

 若い時期は良い条件のソープで稼げたが、やがてそれも難しくなっていく。もちろん学歴のせいだけではなく、46歳という年齢もあってのことだが、いまの紘子には前述した激安デリヘルしか行き場がない。

 現在、家賃10万7000円、駅近オートロック宅配ボックス付きのマンションに住んでいる。貯金はゼロ。不安はないのか。

「ありますよ。もの凄く。もう安定が欲しくて欲しくて、先月も昼職の面接に行きました。時給900円のライブハウスです。私はイケメン好きでもあり『隠れバンギャ』なのでバンドマンと知り合いになれるし、一石二鳥かな、って。でも、そこでもまた『君みたいな高学歴の方にはうちには勿体ない』と言われてダメだった。それでまた精神的に落ちちゃって。やっぱり私には風俗で頑張るしかないんだな、って思い直しました。50歳までは頑張ろうって」

 大学を出てよかった、いまの仕事に活かせることはないのか、そう問うと、

「私、写メ日記(※風俗店舗のサイトに掲載される所属女性のブログ)が得意なんです。結構、それを見て指名してくる方が多いですね。他の子と違って私の写メ日記は、官能小説のようにストーリー性を持たせて書くようにしてます。それで写真で魅せて言葉でも魅せる、みたいな」

 大学生の時に、サークルで書いたエッセイが佳作を取った。その文才が活かされていると胸を張る。

癒しを求める先は…

 そんな生活のなか、紘子がいまハマっているものがある。女風、女性用風俗だ。「男を買う」のである。出張ホスト、レンタル彼氏、とも呼ばれるジャンルで、サービス内容は様々。中には性的な「ラブマッサージ」を売りにしている店もある。紘子が利用するのもそういった店だ。

 彼女は一年ほど前からある全国展開している大手グループを利用しているそうだ。お気に入りの男性は、“バンギャ”の紘子らしい、 L'Arc〜en〜CielのHYDE似のイケメンだ。初回で200分という長いコースを予約したのは、風俗経験者ならではの“配慮”といえるだろう。男でも女でも、稼ぎの良い長時間利用の客には、喜んでサービスするからだ。

「実際に会ってみて、もう写真以上のイケメンで、もうそこでドハマりしましたね。顔もそうですけど、体も綺麗に、適度に鍛えられてて。そのイケメンが私を……」

 目を細め、満面の顔でうっとりと話をする。夜の仕事でタイプの男性と会うのは稀である。どんな女だって自分の好みの相手と体を重ねたいし、愛されたい。多くの売る女たちはホストクラブにハマるが、紘子はホストではなかった。

「ホストってコスパ悪いじゃないですか。シャンパンタワーで100万円使ってもセックスできるかどうか分からない。そんなものに大金を注ぎ込むほど私は若くないので。その点、女風は確実。実は昨日も彼に会ってきたんです。もう彼しか買いません。来月は彼のバースデーがあるので、その日は買い取っちゃう気でいます。彼はBARの店員もしていて、いずれは自分の店を持ちたいって言ってるんです。その力添えができたらと思っています。その為には仕事、頑張らないと! って気力が溢れます。それがあるだけで随分、精神安定剤になってますね」

 父親に預けているという息子を「彼」に重ねている部分もあるのでは、と聞くと、

「もう成人していますが、小学生の時に『ママの人生だから、頑張ってね』って言われたんです。もう申し訳なくて……仕方なくて。酒井さんがおっしゃるように彼を買うのは『子供をきちんと育てられなかった自分の懺悔』かもしれません。実は彼、孤児院育ちなんです。だから私が愛を教えてあげたい、子供にできなかったことを彼にしてあげたいんです」

 風俗は50歳までと言った。その後にはこんな目標があるそうだ。

「東京大学を受験しようと、いま勉強してるんです。『公認心理士』になりたくて。修士の資格をとろうと。どうせだったら、って。風俗嬢の、現場を知ってるカウンセラーになって、少しでも私のように悩んでる女性を救いたいんです。あとはアダルト女優じゃない方の女優にもなってみたいし。あ、私、AV単体で10本ぐらい出てるんです。ギャラは一本6〜8万円で1日拘束の3カラミとかですね。あとは詩集も出版したいですね」

 その前向きな姿勢は羨ましい。

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 取材を終えた数日後、紘子からまたこんなメッセージが来た。

〈女風の担当者(※例の「彼」のこと)が既婚者の可能性が高いことがわかり、心が折れています。お金で愛が買えないと分かっていましたが、女風という非日常で癒されても、現実で癒される訳ではないので、心の闇がより深くなりました 泣〉

酒井あゆみ(さかい・あゆみ)
福島県生まれ。上京後、18歳で夜の世界に入り、様々な業種を経験。23歳で引退し、作家に。近著に『東京女子サバイバル・ライフ 大不況を生き延びる女たち』ほか、主な著作に『売る男、買う女』『東電OL禁断の25時』など。Twitter: @muchiuna

デイリー新潮編集部