自分が年寄りになったように感じることがある。

 たまたまNHKを観ていたら「勤労奉仕がSDGs」という発言が聞こえてきたのだ。戦前の国家や天皇に対する勤労奉仕がSDGsとはどういうことか。しかしキャスターや共演者はその発言に黙ってうなずくばかり。頭の中の妄想左翼が怒り出すのだが、SNSを確認してみても発言を問題視する人はわずかだった。

 番組は5月20日に放送された「首都圏情報 ネタドリ!」。テーマは明治神宮外苑の再開発である。神宮球場と秩父宮ラグビー場が建て替えられ、高層ビルも建築されるのだが、900本の樹木が伐採される可能性があるのだという。

 スタジオに呼ばれた専門家、原科幸彦さんは次のように述べる。「全国から寄付が集まって、勤労奉仕もあったんですね。要はみんなで作ったんですよ。これはまさにSDGsなんですよ。SDGsの流れが100年前にあったってことね」。

 確かに神宮外苑の完成までには、渋沢栄一たちの外苑奉献運動や、青年団奉仕運動、そして市民の尽力があったのは間違いない。1926年の完成後も、緑化整備にはたびたび市民が動員され、奉仕事業が実施されていた。

 そして原科さんの言うように、SDGsには「パートナーシップで目標を達成しよう」という項目があり、持続可能な開発に対するグローバル・パートナーシップの活性化が呼びかけられている。だから神宮外苑の緑と市民参加だけに注目すれば、ある意味でSDGs精神との親和性を指摘することもできるだろう。

 でもですね、そもそも神宮外苑の創建は、「明治天皇とその皇后、昭憲皇太后のご遺徳を永く後世に伝えるため」(公式ウェブサイト)の事業なのだ。1943年には外苑で出陣学徒壮行会が催され、中には特攻隊として命を落とした学生もいた。

 偏狭なナショナリズムを超えて、地球規模で持続可能な世界を目指すSDGsと、天皇を中心とした国家主義の中心地だった明治神宮外苑の歴史は、素朴には相容れるわけがない。

 NHKの番組では、「無償の勤労奉仕」を「公共性」と読み替えていた。本来は明治神宮外苑の歴史を語る上で欠かせない「天皇」と「戦争」が、すっぽりと抜け落ちているのである。

 ただ単に「みんなで協力したこと」を「公共」と呼ぶのなら、侵略戦争だろうが特攻隊だろうが全て公共的だ。協力は必ずしも素晴らしいことばかりではない。

 だがこのような批判はもはや古いのだろう。敗戦から80年近くが経った。「天皇」と「戦争」抜きで歴史を語るべき時代が来ているのかもしれない。

 原科さんは、外苑再開発にあたって「国民はみんなボランティア」などの「支援をする」ことも重要だという。戦前の勤労動員を復活させるつもりか、という声は聞こえてきそうもない。「SDGs」や「パートナーシップ」といったはやり言葉で「自然を残そう」「伝統を守ろう」とでも訴えるのが今時の態度なのだろう。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

「週刊新潮」2022年6月9日号 掲載