少し前まで「ドラえもん」を、工業化社会という20世紀の夢を追求した作品だと思っていた。

「ドラえもん」の連載が始まったのは1970年1月号の小学館学年誌。藤子・F・不二雄がこの世界を去る1996年秋まで作品を発表し続けた。その26年間というのは、製造業や建設業が好調な時代だった。「ドラえもん」に登場するひみつ道具の「タケコプター」や「どこでもドア」は、物理的な移動を助けてくれるものだし、「クリーナーロケット」など家電の延長のような道具も少なくない。

 一方で原作には、インターネットもスマートフォンも登場しない。「オコノミボックス」というスマホにも思えるひみつ道具はあっても、そういった技術が遍在している様子はない。

 1996年は、折しもインターネットや携帯電話が本格的に普及し始めた時期だった。その意味で、漫画「ドラえもん」はIT社会の洗礼を十分に受けていない。現代的な感覚からすれば、わざわざ「どこでもドア」や「タケコプター」で他人に会いに行かなくても、リモート会議でいいのではないかと思ってしまう。

 だが歳月を経て、「ドラえもん」のひみつ道具が、次々と実現しそうな時代が訪れた。舞台はメタバース上だ。

 VRゴーグルをかぶって訪れるメタバースの世界では、多くのひみつ道具が現実のものとなる。「どこでもドア」や「タケコプター」はもちろん、「もしもボックス」や「タイムふろしき」も不可能ではない。

 むしろ発展途上のメタバースの世界において、ひみつ道具がヒントとなって、実現していくアイデアも多いのではないか。物理法則を無視することも可能なメタバースで枯渇しているのは、発想だからだ。

 最近、メタバースのイベントで、経営者や政治家が嬉しそうに、バーチャルオフィスで会議をしたりする。だが、わざわざVRゴーグルを装着してまで会議をする必要はあるのか。せっかく体験的にも視覚的にも多くのことが可能なVR空間で、会議室とテーブルを再現して会議をしたい人は、どれだけいるのだろう。

 1997年、NTTデータ通信が「まちこ」というバーチャルモールを発表した。ヨーロッパを模した空間で買い物やチャットが楽しめるというのがウリだった。コアなファンはいたが、わざわざ買い物をするのにバーチャルモールを訪れるのは面倒だ。結局、ネットショッピングは、ボタン一つで欲しいものが買えるアマゾンなどが覇権を握った。

 新しい技術を手にしても、つい人々は既存の発想にとらわれてしまう。

 SFは人類の思考実験の集積である。特に「ドラえもん」は「あったらいいな」という夢が詰め込まれた作品だ。枡野浩一さん撰の『ドラえもん短歌』(小学館文庫)には「僕たちが今進んでいる方向の未来にドラえもんはいますか」という歌が収録されている。だが20世紀に「ドラえもん」が誕生したことによって、未来は定まったのかもしれない。ドラえもんの先に未来はある。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

2022年8月11・18日号 掲載