毎年発表される司法統計には離婚の申し立てを行う際の「動機」についての調査項目がある。令和2年度の調査では、「異性関係」を動機とする申し立てが、夫側から2132件、妻側から6505件あった(婚姻関係事件数 申立ての動機別申立人別 全家庭裁判所)。異性関係、すなわち不倫を理由に別れようという夫婦がこれだけいることになる。

 だがトップというわけではない。夫、妻ともに「性格が合わない」という動機が最も多いし、妻側では「生活費をわたさない」「精神的に虐待する」といった理由での離婚申し立ては1万件以上ある。「異性関係」は全体との割合でいえば、夫で約14%、妻では約15%だ。案外、不倫発覚が離婚に直結するわけではないのかもしれない。

 実際、夫の不倫が発覚してもそのまま結婚生活を続ける例は珍しくない。タレントの三田寛子にしても、夫・中村芝翫の3度目の不倫騒動でようやく別居を決断したと報じられたが、今のところ離婚しそうもない。一方、先日フランスに移住を決めた杏は、不倫発覚後に「離婚しない」と決めたものの、8カ月後にやっぱり離婚となった。

『不倫の恋で苦しむ男たち』などの著作があり、男女問題を30年近く取材してきたライターの亀山早苗氏が今回レポートするのは、夫の不倫がバレたあと「離婚しない」形に一度落ち着いた夫婦だ。しかし妻の冷たい態度に夫は耐えきれず、結局、関係は破綻。やはり不倫発覚後の夫婦関係の再構築は容易ではないようだ。もっとも夫にとっては、離婚以上の悲劇が控えていたのだが――。

 ***

 不倫をして配偶者にバレたとする。その事実は消せない。あとはどうするかを話し合うしかないのだ。離婚するのか、このままの生活を維持するのか。結論としてはふたつにひとつ。ただ、それですっきりすべて解決とはいかない。離婚するにはそれなりの取り決めが必要だし、再構築を選択するならその方法を模索しなければならないだろう。

「離婚はしない。今の生活を続けていく。そう決めたんですよ。それから2年、とうとう離婚しました。いったい、何がどうなってそうなったのか……。もちろん僕が不倫をしたのがいけないのはわかっているけど、最後は誰がいけなかったのかもわからない……」

 陰鬱な表情でそう語るのは、中島則晃さん(43歳・仮名=以下同)だ。彼が不倫をしていたのは39歳からの2年間。仕事時間が不規則なのをいいことに、3日にあげず不倫相手の和歌子さんの家に寄っていた。和歌子さんとは同じ職場だった。

「妻には言っていませんが、本当は離婚してもいいかとさえ思っていた。それほど和歌子に惚れ込んでいました。実は和歌子の妊娠がわかったタイミングと、僕の不倫が妻にバレた時期が同じだった。そこから話がおかしくなっていったのです」

 妻のこずえさんと一悶着あってから和歌子さんは精神的に不安定になり、流産。要求された200万円を渡すと、和歌子さんは去って行った。三者での話し合いの場が持たれた時、和歌子さんは去り際、妻に「則晃さんは、奥さんに愛情を感じたことは一度もないと言っていましたよ。それに最後は暴力で無理強いされて妊娠したのです。だからいくらもらっても私の傷は癒やせない」と告げたという。

「ひどいでしょ。僕は妻を愛していないなんて和歌子に言ったことはないし、生涯で一度も暴力なんてふるったことはありません。子どものころから空手を習っていたので、人に手を挙げるなんて恐ろしくてできないと思っている」

 中肉中背、顔立ちもソフトな則晃さんが武道をたしなんでいたとは想像していなかったので少し意外だった。

「空手以外では優柔不断なのです。だからこういう目にあうのですけどね」

 こちらの気持ちに気づいた彼は、ニッコリ笑いながらそう言った。

保ちたかった妻のプライド

 ただ、夫の不倫、相手が妊娠、手切れ金と、キラーワードが3つ続くと妻の精神的なショックは大きかっただろう。

「そこは僕も反省しました。でも夫婦関係はそれまでも決していいわけではなかった。和歌子も妻にひどいことを言ったけど、その前に妻が彼女に『あんたみたいな女に子どもを産めるはずがない』と言っているのですよ。僕の不倫がバレたとき、妻から和歌子に電話をかけてと責められたのです。この場で別れを宣言してくれれば、もう二度と責めないからって。『見届けたいの』と泣くので、その場でかけたのです。『ごめん、もう会えなくなった』と。そうしたら妻が電話をひったくって、子どもを産めるはずがない、人の夫を取る女は泥棒だからねと……。あわてて電話を取り上げて『今度ゆっくり話そう』と切ったのです」

 そこまでひどいことを言う必要はないだろうと妻に言うと、妻は「あんたは彼女をかばうのね」と。悪いのは僕だから、僕を責めればいいと彼は妻をたしなめた。

 妻というものは、夫が「悪い女に騙された」ほうが気が楽なのかもしれない。夫が女性を求めたわけではなく、騙されたからしかたがなかったのだ、と思いたい。それが妻のプライドなのだろう。

 だが和歌子さんにも和歌子さんの意地があった。だから去り際に妻に致命傷になるようなことを言ったのだ。「奥さんを一度も愛したことがない」と。女性ふたりが傷つけあったのは、もちろん則晃さんに原因があるのだが……。

正反対のタイプのふたり

 則晃さん夫婦はずっと共働きだった。友だちの結婚パーティで知り合い、1年ほどつきあって結婚した。ふたりとも29歳のときだ。則晃さんはもう少しつきあってから決めたかったのだが、こずえさんが30歳までに結婚したいというので従った。

「今思えば、結婚をなめていたのかもしれません。なんとなく30歳前後で結婚したほうがいいのかなと感じて、なだれ込んでしまったような気がします」

 ひとり息子は12歳になった。来春には中学生になる。息子が小学校に上がったころから、夏には必ずふたり旅をしてきた。それ以外はほぼ放任だ。勉強なんて、本人が必要性を感じればやるようになると思っている。だがこずえさんは、子どもを管理、支配したがる傾向が強かった。

「小学校に上がってすぐ、塾に行かせるというので大反対しました。息子も行きたくないと言っていましたしね。本人がやりがたっていたサッカーとスイミングは習わせました。両方とも今も続けています。僕の姉一家が近くに住んでいて、僕らがどうしても仕事で遅くなるときは息子のめんどうを見てくれています。僕は姉には頭が上がりませんが、こずえは『お義姉さんにはちゃんとお金を払っているのだから、恐縮する必要はない』と言い放ったこともあります。どこか感情的に尖った人なのですよ」

 それが不倫に走った原因ではない。ただ、和歌子さんはこずえさんとは真逆に近い、繊細でやさしいタイプだった。だから200万円をもって去っていった和歌子さんが、実はつらい思いを抱えていたはずだと彼は心を痛めている。彼の和歌子さんへの思いは今も消えていないように思える。

「僕の不倫云々で揉める直前、息子に中学受験をさせるかどうかで妻とバトルがあったのです。もちろん僕は地元の中学でいいと思っていた。息子もそのつもり。だけどたまたま、姉の息子がけっこういい中高一貫の私立に受かったのです。そうしたらこずえがライバル意識を燃やしてしまって。子どもを私利私欲の道具に使うなと言って、妻に睨まれました。妻は自分が常に努力してきたから、努力は尊い、いちばんを目指せというタイプ。でもがんばったって思うようにならないのが人生でしょ。妻はそれを認めないのですよね」

 だからこそ、夫の不倫がわかったとき、妻は和歌子さんに致命的な言葉をぶつけて自分のプライドを保とうとしたのかもしれない。

無反応を続ける妻、「ずっとこのままか」と告げると

 結局、和歌子さんが去り、彼は心身ともに家庭に戻るしかなかった。戻ってみると、離婚してもいいと思っていたことが不思議に感じられた。

「熱に浮かされていたのかもしれません。息子のいる家庭を捨てていいはずがない。だから妻には心から詫びましたよ。ただ、『きみが離婚したいなら考える』とも言いました。こずえにはこずえの意志があるはずだから」

 こずえさんは「離婚はしない」と言った。このまま今まで通りの生活を続けていいのかと尋ねると、彼女はしっかり頷いたという。

「なかったことにはならないけどねと言われたので、『信頼を取り戻すためにがんばるよ』と言ったら、『信頼なんて一度崩れたら取り戻せるはずがないでしょ』と。だったら信頼できないオレと一緒に生活していく意味はないんじゃないか。そう言うと『そうかもね』と。直後だったから妻も冷静ではいられないのだろうと思って、その場は言い返しませんでした」

 ただ、それからこずえさんはよそよそしい態度を崩さない。則晃さんがふともらした言葉には、いっさい反応しない。

「たとえば息子の贔屓のプロサッカーチームが勝ったことをニュースで見て、『お、勝ったな』言ったら、以前だったら『あの子、大喜びしていたわよ』と返してくれたのに、それがなくなった。僕とは口をききたくない感じ。話さなければいけないときは、妙に事務的な口調でしたね」

 それが数ヶ月続いたとき、則晃さんは「ずっとこのままか」と妻に問いかけた。会話はしないつもりなのか、このまま80歳生きるとして、まったく会話なしでやっていくのか、と。妻はじっと彼を見つめていたが、「許せないのよ」とつぶやいた。

「どうしたら少しでも気がおさまるのか聞いたら、本人もわからない、と。『あなたが触ったものに触れない』『顔を見ると吐き気がする』とまで言われました。カウンセリングを受けたほうがいいと思うと言ったら、本気で怒られました。『あんたのせいでこうなったのに何言ってんのよ』って。不倫したことを怒っているのはわかります。だけど、結婚生活を続けると言った以上、心地よく続けたいじゃないですか。おまえが言うなというのはわかるけど、無言のまま家庭を続けることはできない。妻が僕を許せるようにカウンセリングを受けたらどうかというのが、そんなにおかしいのでしょうか」

 不倫が発覚したとき、こずえさんは和歌子さんにはひどい言葉をぶつけているが、夫にはぶつけていない。そこに無理があったのではないか。ショックと怒りのあまり、夫に罵声を浴びせたり、暴力をふるったり、ものを投げつけたりする妻は多々いるが、こずえさんはどこかで自分を押し殺してしまったのではないだろうか。

「文句があるだろうから言ってと言ったことがあります。でも妻は『許さない』『信頼していない』とつぶやくばかりで、怒りをストレートに表していないんですよね。彼女は心のどこかで、感情を露わにするのはいけないことだと思っているみたい。理知的であろうとしているのでしょう。泣いたり騒いだりするタイプじゃないんです。無理がありますよね。僕は加害者だけど、和歌子が去って行ったときは泣きましたよ、妻の前で。それもまた妻を傷つけたことになるとは思うけど……」

「加害者だから何も言えない」

 本気で恋した夫を前に、妻の感情は冷めるばかりだったのかもしれない。だが家庭を失うことは、世間体も含めて耐えられなかったのだろう。こずえさんは、夫の姉にもすべて話したらしいが、彼女が期待する反応はなかったようだ。

「うちの姉はバツ2で、3度目の結婚をしている自由人なのです。そんな人に言ったって、こずえが満足する答えが返ってくるはずもない。でもこずえは不満だったでしょうね。姉は『思い切り則晃をぶん殴ってすっきりしなさいよ』と妻に言ったそうです。もちろん、そんな感情的な行動を妻はよしとはしませんが」

 少しずつ話し合い、少しずつ歩み寄るしかない。則晃さんは腹を据えた。時間があれば家事に取り組み、息子と一緒に台所にも立った。妻は息子には「料理を作るより、勉強しなさい」と言い放ち、雰囲気をぶち壊した。

「男2人で、きみに食べさせたいから作ってるんだよ、少しは歩み寄れよと言ったら、黙って食べていましたけどね。息子はぶんむくれていましたから、あとで息子の部屋に行って、『ごめんな。お父さんとお母さんがケンカしているからきみにまで迷惑をかけて』と謝りました。人間同士だからケンカすることもある。だけど仲直りしていく過程を見せるから、何か感じ取ってほしいとも伝えました。すると息子は『もともとそんなに仲がいいわけではないじゃん』って。10歳の子なのにすべてお見通しなのだなと思いました」

 1年たっても事態は進展しなかった。妻の口数は少し増えたがよそよそしさは消えない。いったいいつまで我慢すればいいのかと則晃さんも苛立ったが、「加害者だから何も言えない」と思うしかなかった。

息子の「離婚すれば」の一言に…

 その後、家事をやろうが、妻の好きなケーキを買って帰ろうが、ほとんど事態が改善しないことが虚しくなり、則晃さんは週の半分くらいは、妻子が寝ついてから帰宅するようになった。息子には会いたいが、妻の不機嫌そうな顔を見るのが嫌だったのだ。

 今年の春、夕飯を食べながら息子が急に言った。

「無理矢理仲良くしないで、離婚すれば、と。僕がいるから離婚できなかったってあとで言われたくないんだよって。『何言っているの』とこずえは慌てていましたが、僕は『わかった』と答えました。これ以上、この関係を続けていてもしかたがない。夜、妻に『もう無理なら無理と言ってほしい』と頼みました。お互いに先を見よう、希望がない人生は虚しくてたまらないとはっきり言ったんです」

 妻は「3日だけ時間をちょうだい」と言った。そして3日後、「わかった、離婚しよう」と離婚届を差し出した。

「正直、びっくりしました。やり直すと言ったはずなのに、どうしてこういうことになるのかわからない。『私が出ていくから』と妻は言って、本当に数日後、出て行ったのです。帰宅したら妻の置き手紙があった。息子と2人、あっけにとられました」

こずえさんの消息を探ると…

 その後、則晃さんの姉がこずえさんの消息を探偵事務所に頼んで探ったところ、こずえさんは仕事関係で知り合った男性の家に転がり込んでいた。

「しかも探偵事務所の調査によると、ふたりはかなり前からつきあっていたらしい。男はバツイチ独身、5歳年下です。ただ、離婚が成立したのはその3ヶ月ほど前。もしかしたら、妻は彼の離婚を待っていたのではないか。離婚するまでは両天秤をかけていたのではないか。そうとしか思えなくて……」

 何よりショックだったのは、あんなに過干渉だった息子に知らん顔をして出て行ったことだ。ということは中学受験を諦めたころから不倫をしていたのか、あるいはそれより前からなのか。

「オレの結婚は何だったんだ。そんな気持ちです。確かに不倫をした僕は悪い。だけど妻もしていたんじゃないか、それなのに僕だけ責められて、あげく離婚されて。息子は何も言いませんが、ショックは受けているはず。もちろん、こずえの行方は知らせていません。離婚したことは言った上で、お母さんともいつでも会えるよと伝えたら、『会わなくていいよ』と言っていた。何かを感じているのかもしれません」

 則晃さんの憶測も多少、入っているから、すべてが事実とは限らない。ただ、こずえさんが今、別の男性と暮らしていることだけは真実である。

「こずえは身の回りのものしか持って行かなかった。財産分与についても何も言わず、ただ離婚届だけ置いていきました。共働きでしたから、彼女もそれなりに貯めていたんでしょうけど、探偵事務所の報告によれば、こずえと一緒にいる男は、かなり稼いでいるようです」

 則晃さんは、フッと笑った。結局、女は稼ぐ男が好きなのでしょうかね、とつぶやく。不倫が発覚したとき、もっと怒ってくれればよかったのに。大ゲンカすればよかった。

「そういえば子育てではいろいろ揉めたけど、彼女は最後には言いたいことを言わないままふいっと引いてしまうんですよね。最初はガンガン言うけど、途中でパッとやめる。諦めが早いというか。だからきみには信念がないと言ったこともあります。そういうのも彼女には堪えたのかもしれません」

 だが息子に無関心なのが、彼にはどうしても許せなかった。だからこの夏、思い切ってこずえさんの会社まで会いに行った。

「僕を見て、さすがにこずえも驚いたようです。ちょっと時間を取ってほしいと言ったら、黙ってついてきました。喫茶店に落ち着いて、『息子のことをどう思っているんだ』と聞くと、『あの子はあなたがいればいいんじゃない?』と。思い通りにならない息子を愛せなかったと言ったんです。どうしてきみと結婚したのか、オレは今、当時の自分を呪っていると思わず口から出てしまった。こずえは憎悪に満ちた目で僕を見て、立ち上がって去って行きました。彼女の本音がわからない。本当は息子と離れて寂しいはずだと思いたい」

 結婚14年にして、あっけなく幕が下ろされた生活。そんなに長く一緒にいても、人と人とはわかりあえない。もちろん、30年40年一緒にいても、おそらく人間はわかり合えないものなのかもしれない。人は変わる。関係も変わる。則晃さんが不倫をしなければ、今も結婚生活は続いていたのだろうか。それは誰にもわからない。

 ***

 結果的にみれば、最後まで夫婦関係の修復を望み息子と一緒にいる道を選んだ則晃さんと、家族を捨てて不倫相手の元へ走ったこずえさんという構図になる。一読、こずえさんが悪者という気もするが、本当にそうだろうか。

 修羅場の後でこそ「息子のいる家庭を捨てていいはずがない」と反省していた則晃さんだが、和歌子さんとの不倫に熱中していた当時を振り返って「本当は離婚してもいいかとさえ思っていた」と白状してもいる。不倫相手を妊娠までさせていたから、タイミングさえ違えば、則晃さんが家族を捨てていたことだって十分ありえる。

「加害者だから何も言えない」と則晃さんは口にしていた。生活を共にしていた頃は色々と意見を異にすることもあったようだが、根っこの部分ではどちらも加害者の「似たもの夫婦」だったのではないか。離婚してそれが分かるというのが、なんとも皮肉である。割れ蓋に綴じ蓋のことわざもある。再構築にはお互いの「違い」をすり合わせる必要があるのかもしれない。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部